『マーケティングの嘘』大票田を個で理解する 

吉村 博光2015年03月26日 印刷向け表示
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マーケティングの嘘: 団塊シニアと子育てママの真実 (新潮新書)
作者:辻中 俊樹
出版社:新潮社
発売日:2015-01-16
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副題にある「団塊シニアと子育てママ」は、ご存知の通り、消費の大票田である。その実態を見誤ってしまったら、ビジネスの成功などおぼつかない。定量的マーケティングで一般的にいわれている「若い母親(ヤンママ)の料理は手抜きだらけ」とか、「シニア層の散歩は健康目的」という情報を鵜呑みにしていないだろうか。本書は、その嘘を明らかにしながら、たった一人のサンプル調査で絶大な効果をあげる、画期的なマーケティング手法について詳述した本だ。

最初の章ではまず、ヤンママに関する誤解を解いてくれる。「まごわやさしい」という標語をご存知だろうか。まめ、ごま、わかめなどの頭文字をとってつなげたもので、これらを食生活に取り入れる大切さを示したキャッチフレーズだ。このうち調理時間がかかって面倒なイメージのある煮豆について、今の若い母親たちが厭わず料理しているときいて驚く人は多いだろう。なんでも、煮豆は「お鍋に入れてタイマーをセットすれば、勝手にできる」そうで、簡便な手料理として食卓にのぼっているのである。

一般的にヤンママが作る食事は、インスタント食品か、買ってきた惣菜ばかりと思われているかもしれない。でも実は、一昔前のママよりも今のママのほうが、「まごわやさしい」を実践できているのかもしれない。確かに定量的マーケティングで導かれるように「時短」「簡便」は子育てのキーワードに違いないが、だからといって「料理が手抜きだらけ」ということにはならない。ヤンママたちは、料理に対して非常に意欲的なのだ。本書は、定量調査に基づく主流のマーケティング手法へのアンチテーゼとして書かれている。第一章に次の記述がある。

消費者に対する定量調査によって市場のニーズをつかみ、商品を開発し、広告やプロモーション活動を行ない、販売するというのが、今までの主流のマーケティングの考え方であり、手法である。しかし、サンプルの数だけ増やしたアンケートをいくら重ねたところで、「本当の消費者像」は見えてこない。従って市場も見えてこない。出てくるのは、本当の消費者像とはかけ離れた「幻想の消費者像」だけだ。

そう考えれば、「クックパッド」や「つくりおき」のレシピ集が売れたのも大いに頷ける。思えば昨年、第1回料理レシピ本大賞を受賞したのも『常備菜』というタイトルだった。ヤンママたちは、作られたものを買うのではなく、時短を追求しながら自分で作ったものを食べさせているのである。そこには、意地らしいまでの母心が見え隠れする。先ごろ、おにぎりならぬ「おにぎらず」の本がヒットしたが、時短の代表選手である「おにぎり」のレシピ集にも、今後さらに大きなブレイクの目があるのかもしれない。

もう一方の「シニア層の散歩は健康目的」について見てみよう。シニアになる時期、つまり「義務と責任」から解放される時期は、一般に男性より女性のほうに早く訪れる。多くの女性にとってその時期は子が手を離れるときで、男性が定年でそれを追いかけることになるからだ。本書によると、これまでのマーケティングではこの時「カップルアゲイン」になると考えられていたがこれも“見てきたような嘘”のひとつで、実際には「シングルミックス」ともいうべき生活動線になるという。

「夫はホント飽きもせず鬼平ばかり・・・」「妻は韓流ズッポリで・・・」ダイニングテーブルという生活の交点以外では、それぞれのプライベートな時間を過ごす夫婦が多いのが現実だという。これを把握できる唯一の方法が、冒頭で挙げた“たった一人のサンプル調査(=生活日記調査)”だ。生活動線や感想などをこと細かに記録するこの生活日記調査には、サンプル数をどれだけ集めても得られない、貴重な事実があるという。

この調査によるとシニアは、シングルミックスの生活動線上でそれぞれの趣味の世界を深めたり、一週間の生活サイクルから解き放たれて、季節の変化を愉しんだりしている。「シニア層の散歩は健康目的」というデータは、問われるとそう答えてしまうという結果の集積でしかなく、実際には公園の花の開花を見届けるために外出しているのかもしれない。今後は、事実の集積という意味ではビッグデータの活用が進むだろう。しかしだからこそ、生活日記調査の定性的な情報の必要性は増すように思われる。

書籍の販売に携わっていて常に感じるのは、販売データは事実の集積だが「これから売れる本」のデータではなく「売れた本」のデータでしかないということだ。でも現状では、「売れた本」を店頭に置くというのが、販売の鉄則になっている。しかし、これだけで未来を創ることはできない。誰かの生活日記調査の中に「これから売れる本」を推しはかるカギが潜んでいるのかもしれない、とワクワクしながら私は本書を読みすすめた。

本書のテーマは「団塊シニアと子育てママ」にある。しかし、その他にも読み応えのある記述がたくさんあった。そのひとつが「東京移民物語」である。地方から東京に出てきてアパートに住んだ若者が、住宅双六を経て郊外に一戸建てを構える。そして、その次の世代が首都圏のジモティとして生活をはじめ、三世代の生活エリアが近接し孫への出費が増え「孫は目の中に入れると案外痛い」状況になっているという。いまの若夫婦の懐事情では、団塊世代の財布がなければ生活が難しいのかもしれない。この次の世代は一体どうなるのだろう。

著者のお二人は、長年マーケティングの実務をされてきただけに、論理的なだけでなく内容がとっても具体的だ。時代を映すヒット商品の名前が、バンバン登場してくる。たとえば、今のママの多くが知っているものとして、「エルゴベビーキャリア」と「イングリッシーナ」という育児用品が出てくる。前者は便利な抱っこひも、後者は安定度抜群のベビーチェアだ。商品知識を仕入れる意味でも、大変勉強になった。

ご安心いただきたい。具体的といえば、生活日記調査についても、サンプル付きで具体的に説明されている。その一部を抜粋したい。

通常A3判1枚で1日分、24時間の目盛りが振ってあり、いつどんな行動をしたのか、その時どんな気持ちだったのかを記入するようになっている。必要に応じて、その生活場面や使用した商品の写真を撮って添付してもらう。調査のテーマによって記入欄のタイトルは変わることもあるし、30年以上続けてきているからいろいろノウハウはあるけれど、基本的なフォーマットは変わらない。

つまり生活日記調査は、対象者に一週間分の生活日記を書いてもらう、という実にシンプルなものだ。しかも、30年以上続けているというのだから信頼してよい。過去にこれによって、忙しいママ向けに何度か市場投入されてきた「時短カレー」という商品がなぜ失敗したのかがわかったそうだ。その答えは・・・ぜひ本書でお確かめいただきたい。「なるほど」とヒザを打つものである。なお本書には、この生活日記調査のフォーマットをダウンロードできるURLが記載されている。そちらもあわせて、参考にしてみたいものだ。

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