中国権力中枢の最深部に迫る『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』

佐藤 瑛人2015年05月19日 印刷向け表示
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十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争
作者:峯村 健司
出版社:小学館
発売日:2015-02-26
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これは凄い本だ。大手新聞紙の発行部数が下落し始めて久しいが、本書で描かれるような記者の情報収集能力の高さを目の当たりにすると、新聞社というシステムが持つリソースの潤沢さを思い知らされる。

著者は朝日新聞の北京特派員として、6年弱にわたって中国報道の最前線に立ち、共産党内部の権力闘争を追い続けた。体を張って共産党員とのパイプを築き上げ、 当局による幾度のもの取り調べに合いながらも、 中国の権力の最深部に迫っていく様は、日本のジャーナリズムの衰退などどこ吹く風だ。

そして描かれる様々なエピソードはまさに桁違いのスケールである。副題にある「人類最大の権力闘争」はまったく言い過ぎではない。

ロサンゼルスには将来的なアメリカへの移住を見越した中国政府高官の愛人を住まわせる村が存在し、彼らは6億円もの豪邸をキャッシュで買って行く。愛人は高官たちが中国本土で違法に蓄えた資産のマネーロンダリングに使われるのだが、その規模は2008年までの10年で日本円にして14兆円を上回る。

全共産党員8,600万人の中で、習近平の腐敗撲滅キャンペーンで処分された党員は2年で25万人に及ぶ。日本でも最近話題となった薄熙来が失脚までに築いた資産は7,200億円、その薄の後ろ盾で同じく失脚した周永康の一家の摘発された資産は2兆2千億円などなどキリがない。

もちろん、ただ悪事を働いて蓄財すれば出世できるほど中国共産党は甘い世界ではない。前述の薄熙来が重慶市の代表であった際は、40もの河川の水質を浄化、貧困層のために100万もの住戸を建設し、国民的な人気があったという。善行も悪事も日本とは桁違いだ。

8,600万人もの党員が、その頂点を目指して権力闘争を行い、毎日のように敗者が大量生産される。少しでも尻尾を見せればライバルに蹴落とされ親族もろとも投獄される世界を何十年も生き抜いて来たのが今の中国のリーダー達だ。著者はこの生き馬の目を抜く権力闘争こそが共産党の活力の源泉になっていると言う。たしかに数十万円の汚職で逮捕されてしまうようなスケールの小さい世界で育って来た日本の政治家達が、果たしてこの共産党のエリートを向こうに回して日本を守ることができるのか、ちょっと心配になってしまう。

上述のような個々のエピソードだけでも十分面白いのだが、本書のコアは、習近平体制が誕生し権力基盤を固めるまでの、全面抗争の内幕だ。引退後も死ぬまで院政を敷いて中国を支配しようとする江沢民と、江沢民に押さえつけられてお飾りの国家主席でしかなかった胡錦濤。この二人の最後の闘争の産物こそが習近平政権であった。その陰で汚職摘発に怯える最高幹部達は、スタートしたばかりで権力基盤の脆弱な習近平を打倒すべく、起死回生のクーデターを企てる。

本書で明らかにされる膨大な共産党の内部抗争の証言は、そのほぼ全てが匿名の情報源に依拠している。だから注釈もまったくないし、でっち上げが含まれている可能性も否定できないだろう。それでもこの本が信頼に足ると思えるのは、そこに何のイデオロギーも感じられないからだ。

媚中でも反中でもなく、読者に何の思想も押し付けず、ただただ凄まじい権力闘争の内側を淡々と紡いでいく。2012年の共産党大会で胡錦濤の完全引退を正式発表前に誰よりも早くスクープしたのはこの本の著者だ。当時一部のメディアでは「胡錦濤が権力闘争に破れた」という見方も出ていたが、著者はその後も独自に取材を続け、必ずしもそのような解釈が正しくないということを本書で述べている。

魑魅魍魎の現代中国政治を理解するに最適であると同時に、日本のジャーナリズムはまだ死んでいないと安心させられる一冊だ。本書は著者が北京駐在時代に書いていた朝日新聞中国語版の連載が元になっている。当局に公表される2年も前に高官の汚職疑惑などを追求しており、当局側から何度も抗議され、結果的に朝日新聞のサイト自体が中国で閉鎖となってしまった。

共産党から目をつけられるリスクを冒してまで連載を続けることを許した朝日新聞の懐の深さに、改めて一連の吉田証言の不祥事などだけで朝日の全てを判断してはいけないと感じる。現場ではまだ多くの優秀な記者が日夜世界を駆け巡っている。彼らの失地回復を期待したい。

チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男
作者:遠藤 誉
出版社:朝日新聞出版
発売日:2012-09-07
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重慶市のトップとして地方軍隊を意のままに操り、独立王国を作りあげて中央と対抗しようとした薄熙来の半生を通じ、中国共産党権力の内側を探る。実はこの本も朝日新聞出版である。レビューはこちら 
 

毛沢東の大飢饉  史上最も悲惨で破壊的な人災1958-1962
作者:フランク・ディケーター 翻訳:中川治子
出版社:草思社
発売日:2011-07-23
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大躍進という究極に非効率な経済政策の下、農民は飢え、土や葉っぱしか食べるものがなく、人肉食も横行した。党幹部は右派に傾倒しているとしてあらゆる暴力を人民に古い、妊婦を裸にして氷点下で作業させ、性的暴力を振るった。あまりに飢えた農民は自分の子どもさえも二束三文で売り払う。想像しうる限り最悪の地獄がここにある。成毛眞のオールタイムベスト10のうちの1冊

本稿では朝日新聞を絶賛したが、この当時同紙は中国人民の苦しみを無視し、毛沢東の革命を礼賛していたという過去がある。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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