『女装して、一年間暮らしてみました。』マッチョな俺に、さようなら

栗下 直也2015年06月10日 印刷向け表示
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女装して、一年間暮らしてみました。
作者:クリスチャン・ザイデル 翻訳:長谷川 圭
出版社:サンマーク出版
発売日:2015-04-14
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「変態!」
「目立ちたがり屋!」

突然のカミングアウトに、著者の妻は罵る。罵りまくる。驚きは隠せないだろう。楽しい外食中に夫から「ガーターフリーのストッキングを履いている」と告げられたら。若くしてテレビ業界で成功して名声と富を得た夫がいきなりストッキングを履いて興奮している姿は、地獄絵図である。

だが、ストッキングを履くことは著者の壮大な実験の序章に過ぎない。化粧をして、女性らしい歩き方の講習を受け、挙句の果てに人口乳房の重さを熟慮する。

「あなた本当におかしくなったの?私が結婚したのは男よ、女じゃないわ!」
「もう、やめて!」
「私に満足していないの?」。

妻の叫びは悲痛なものになっていくが、著者は実験をやめるどころか、のめりこんでいく。

本書は自己啓発系の本を多く手がけている出版社から刊行されており、「女装して自己啓発しちゃいましょう!」というファンキーな内容を予想したのだが、見事に期待を裏切られた。タイトルどおり、女装して断続的だが一年を過ごしたオジサン(既婚者)の話である。ページを捲る前に妄想が膨らみすぎたせいか、期待を裏切られたと書いたが、怖いもの見たさで好奇心を刺激されまくるのは間違いない。毛嫌いする人も多そうだけれども。

著者は「なんでわかってくれないんだ」と心の中で叫ぶ一方、「変態だと思われるぞ。このまま突っ走って本当に良いのか?」と自問自答する。そこまでの葛藤がありながら、なぜ、女装することになったのか。

寒いからストッキングを履いてみたのが引き金になったが、根底にあるのは、「男ってなんでこんなにも不自由なのだ」という疑問だ。

男とはこうあらねばならない、女はこうふるまうものだ、などといった堅苦しい偏見に対抗するための手段として、僕は女性に変身することを思いついた。

著者は男社会の物差しでは前述のように成功している。誰もがうらやむ美女とも浮名を流した。それでも男社会を取り巻くマッチョな志向に縛られ続けて、安堵するときを迎えられなかった。

女性の前では格好良くなければいけない。物分りがよくなければいけない。機知に富むジョークを飛ばさなければいけない。タフであり、やさしくなければならない。自分を大きく見せるために、威厳を保たなければいけない。男の社会はどこまでも「しなければいけない」世界の連続であった。女装は著者にとって、固定概念からの退却であった。

自我を壊すことで、狙い通り開放的な気分になる。当初は周囲の目を気にしていたが、意外にも世間の目は想像していたよりも女装した著者に優しい。産婦人科の検診を受け、飛行機に乗って海外旅行に出かける。著者の心配と対照的に出国審査は素っ気なく済みのが印象的だ。女装したことによる著者の大胆な行動は同時に周囲の男のプライドの高さやコミュニケーション能力の低さを浮き彫りにするのだが。

女装に伴う著者の内面の変化と同時に、他者が著者に投影していたイメージも変わる。「イメージの交換であり、イメージを本質と考え、評価する」ことに息苦しさを感じることにもなると語る。

興味深いのは、女装をやめて男性に戻るや、女装時代を知る女友達は距離を置き、行きつけのレストランのウェイターは気軽に声をかけてくれなくなるところだ。男であり女である存在から「単なる男」になったと周囲は落胆する。

女装は自由になるツールである一方、所詮、男社会の枠組みの中での一時避難にすぎないのである。「女性の解放」という言葉をよく聞くが、男性の解放はどうなっているんだ?男が古臭い役割を自ら捨てたとき、それはいったい女性にどんな影響を与えるのだろうか。著者は思考を巡らせる。

タイトルと表紙からは想像できないほど示唆に富んでいるが、本質的には読みながら腹を抱える本である。目次を眺めれば明らかだ、「初めてのストッキング」「初めてのおっぱい」「初めてのむだ毛剃り」「初めての婦人科検診」「初めての女子会」などなど。目次だけでは全く啓蒙される気が起きない。

実際、男と女のオーガズムについて考えたり、クラブでナンパされたり、夜道に暴漢に襲われたり、危険な目に遭いながらも女装を全力で楽しむ姿を生き生きと描いている。それだけで梅雨の鬱屈とした気分を吹き飛ばしてくれて、こちらも元気が出てくるではないか。  

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