【連載】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』
第1回:かぶりすぎている室町社会とソマリ社会

集英社インターナショナル2015年08月12日 印刷向け表示
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かぶりすぎている室町社会とソマリ社会

(左)高野 秀行 (右)清水 克行 撮影:円山正史 ※提供:kotoba

高野 室町時代の日本人とソマリ人が似ているというツイートがあって、清水さんの『喧嘩両成敗の誕生』(2006年、講談社選書メチエ)を読んでみたら、本当にすごく似ているんで、びっくりしました。ちょっとかぶりすぎなぐらいですね(笑)。

清水 僕も高野さんの『謎の独立国家ソマリランド』(2013年、本の雑誌社)を読みましたけど、確かに中世の日本人とソマリ人は似てますよね。

高野 それで、何から話し始めたらいいかっていう感じなんですが。清水さんは、中世の魅力っていうのは、複数の法秩序が重なっていて、それらがときにはまったく相反しているんだけれども、その中で社会が成立しているところだっていうふうにお書きになっているじゃないですか。

それはまさに、僕がよく取材に行くアジア・アフリカ諸国の現実と同じなんですよね。表向きは西洋式の近代的な法律があるんだけど、実際には、伝統的というか、土着的な法や掟が残っていて、それが矛盾していたり、ぶつかり合っている。

日本の室町時代も、複数の秩序がせめぎ合っていたということは、本の字面を追っているだけだとなかなか腑に落ちないんですが、アジア・アフリカの現実をイメージして置き換えると、ああ、同じなんだなって、すんなり実感がわくんです。

清水 そう言っていただいて、ありがたいです。日本の中世には、幕府法など公権力が定める法があった一方で、それらとは別次元の、村落や地域社会や職人集団の中で通用する法慣習がありました。それらは互いに矛盾していることもあって、訴訟になると、人々は自らに都合のよい法理をもち出して、自分の正当性を主張していたんですよ。

高野 本当に似ていますよね。たとえばアフリカだと、市場で泥棒が盗みを働くと、捕まえてリンチするんですよね。それもかなり一般的なことで、僕も見ているんですけど。

清水 しょっちゅうあるんですか。

高野 今までに2、3回見ましたね。まさに袋叩きで、もうすごいんですよ。悪くすると、犯人が死んでしまう。騒ぎが大きくなると警察が来るけど、無理に止めようとすると自分たちが危ないから、適当に収まるところまで待っているわけですよ。で、もし犯人が殺されてしまっても、問題にはならないみたいなんですよ。

でも、法律的には絶対にいけないことじゃないですか、殺人ですから。だから、たとえば、その国の大統領なり警察トップなりに聞いたら、「わが国では許されない行為だ」と答えるんでしょうけど、実際にはリンチが行われていて、それを認めないと、 おそらく秩序維持ができないんでしょう。

清水 「本音と建前」というようなこととも、またちょっと違うんでしょうね。「赤信号は渡ってはいけないというルールがあるんだけど、信号を無視する人もいる」といったレベルじゃなくて、「赤信号、渡って何が悪いんだ」という価値観がもう一方にあるんでしょうね。

高野 そうなんですよ。

清水 日本の中世もまさにそうだったんですよ。盗みの現行犯は殺していいっていうルールが庶民の間にはありました。

支配者層である荘園領主は、自分の領内で盗みが起きると、それによって生じるケガレを除去するために犯人を荘園の外に追い出していました。犯人を逮捕したり牢屋に入れたりすると、ケガレが領内に閉じ込められてしまうし、まして犯人の首を斬るとなると、それによってまた新たなケガレが発生してしまうから、犯人を外に追い出して、荘園が形式上、清浄な空間に再生されればいいというふうに領主は考えていたんです。

だけどその一方で、住民の側には、自分の大事な物を盗んだ人物が荘園の外でのうのうと生きているのは納得できないという論理もあって、現行犯殺害を容認する過酷なルールが定められていたんですよね。領主の論理と住民の論理が、矛盾しつつ併存していたんです。

あれはなんなんでしょうね、盗みという行為を人々が激しく憎むのは。日本の中世は「一銭斬り」という言葉があるくらいで「銭一文盗んでも首が飛ぶ」みたいな社会だったんですけど、盗みを単なる財産上の損害とはとらえていなかったみたいなんですよね。

高野 そうですね。アフリカの市場で売られている物なんて、高い物なんてないんですよ。盗むのも、せいぜいタバコ一箱とか、バナナ一房とか、そんなものです。それでも犯人に対してあそこまでやる。

清水 中世の人たちは、人の物を取るという行為そのものが倫理的に許せなかったんでしょうね。ただ、それは、「物が足りないから」というのとも、また少し違う理由なんですよね。

高野 アフリカでもそうだと思います。

清水 やっぱりそうですか。

高野 でも、住民の間にそういう意識があるからこそ、治安が保たれているんだと思うんですよ。僕なんか誤解されていて、「よくそんなに危ない所へ行くね」って言われるわけですよ。でも、辺境って危なくないんですよね、意外に。どこでも一番危ないのは都市なんですよ。そこから離れて、辺境に行けば行くほど安全になっていく。 というのは、顔が見える社会になって、お互いに監視が利いている状態になるからですよね。だから、旅行者とか外国人に対してうかつなことを仕掛けてこないんです。

清水 知らない者同士がすれ違っている社会の方が、やっぱり危ないんですか。

高野 そうなんですよ。だから危険なのは圧倒的に都会ですね。南アフリカのヨハネスブルグとか、ケニアのナイロビとか、ナイジェリアのラゴスとか、そういう大都会になればなるほど危険で、田舎は、警官なんかどこにも見当たらないけど、治安がいい。それは、何か悪いことをしでかしたら、もう大変なことになるから。そこにもう住めなくなるとか。

清水 田舎には自前のルールができている。そこが都市とは違うんでしょうね。 室町時代の本を書いていると、「あの時代は殺伐としていたんですね」とよく言われるんですよ。確かに殺伐とした時代ではあったんですが、東京で電車に乗っていると、現代の都市の方が危ないんじゃないかと思うんですよ。

高野 危ないって思うこと、ありますよね。

清水 ちょっと肩が触れ合っただけで、相手を威嚇するなんてこと、同じ共同体に生きる室町の人同士はやらなかったんじゃないかなと思うんですよね。暴力の本当の怖さを知っていたから。

僕も、高野さんほどじゃないけれど、学生時代にインドやパキスタンの田舎を旅行したことがあって、そのとき感じたアジアの僻地のイメージを自分が書く日本中世史の本に投影させているようなところもあるんですが。ああいった所の人たちも、いきなり手を出したりはしませんよね。手を出すのは最後の手段で、出したら殺し合いになるかもしれないってわかっているから。

高野 そうですよね。

清水 暴力の怖さを知っている人は制御していて、そうでない人は限度を知らないところがある。東京で起きる暴力の方が、よほど脈絡がなくて怖いなって思いますよね。

高野 あと、東京で僕が怖いと思うのは、仲裁する人がいないですよね。喧嘩が起きると、みんなもう。

清水 見て見ぬふりをしてそそくさと......。

高野 アジア・アフリカなんて、何かトラブルがあると、必ず誰かが中に割って入りますからね。まったく関係なくても。

清水 たぶん入る人は地域の顔役なんですよね。「俺の顔を立ててくれ」って言って仲裁する。

高野 見逃せないんでしょうね、きっとね。

清水 ああ、それもありますよね、気質的に。

高野 でも、そういうのは日本ではもうなくなってきているので、そういう点が怖いですよね。

清水 戦後しばらくは、そういうお節介なおじさんが都会にも田舎にもいました。喧嘩があると、「何だ、何だ」って言って飛んでくる人が。

高野 ちょっとヤバい感じの人もいましたけどね。

清水 今はすっかり見かけないですものね。

以前、神戸市で中学生が子どもを殺傷する事件が起きたとき、子どもたちに「なぜ人を殺してはいけないの?」と聞かれたら、親はどう答えたらいいんだっていうことが、ひとしきり話題になりましたよね。あれは愚問だなって僕は思っていて、中世の日本人なら明確に、「人を殺したら、自分や家族も同じ目に遭うからだ」って答えるでしょう。そのことが肌でわかっているから、そもそも「なぜ殺してはいけないのか」 という問いが生じる余地がないんですよね。ソマリの人もたぶん同じでしょうけど。 今の日本は、殺し殺されっていうことを肌身で感じない社会、死と離れている社会になってるから、そういうのんきなことを言っていられるんだろうなあと思いますね。

※本書に掲載されている注釈については、割愛しております。

世界の辺境とハードボイルド室町時代
作者:高野 秀行、清水 克行
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2015-08-26
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