一人では不可能だった、ワクワクするカオスを生み出すこと『世界の辺境とハードボイルド室町時代』

冬木 糸一2015年09月05日 印刷向け表示
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世界の辺境とハードボイルド室町時代
作者:高野 秀行、清水 克行
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2015-08-26
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対談本はこの世に数多く出ているが、質的にはピンからキリまで玉石混交なジャンルである。最悪のケースとしては、忙しくて文章を書いている暇もない人気の著者や著名人を組み合わせて、その場で即興の言葉を拝借する。お互いのことをよく知らないまま表層的な会話に終始し、それっぽいまとめがあって終わってしまい、読後には釈然としない気持ちが残ることになる。

いやなに全ての対談本がそのような粗製乱造された、低コストで売れる本──であると言っているわけではない。何を隠そう本書『世界の辺境とハードボイルド室町時代』も対談本である。もちろん本書の場合、「お手軽に売れる本をつくりましょうぜグヘヘ」などという経緯を辿っていない(そんな経緯は本書に限らずどこにもないと思われるが)。

それではどのような経緯があったのかといえば、本書『世界の辺境とハードボイルド室町時代』は、たまたま編集者が同席した場でノンフィクション作家である高野秀行さんと、日本の中世史研究者である清水克行さんの二人が、「中世日本人とアジア・アフリカの辺境全般に似ているよね」と話をしていたらめちゃくちゃおもしろかったので本にしましょうかという「偶然」によって成立した本なのだ。

両者の経歴と読む前の思い込みについて

もう少し詳しく両者の経歴について触れておくと、高野秀行さんは最近では『独立国家ソマリランド』が注目を浴びたノンフィクション作家である。ふつうの人が行かないアジアやアフリカなどの辺境地隊へ赴いて、時にはアヘンを自ら栽培してアヘン中毒になってみたり、ソマリランドへ行ってなぜかソマリの海賊になった場合の儲けを試算してみるなど身体を張って「面白く」文章を書くエンターテイメント・ノンフィクション作品群を発表し続けている。

対する清水克行さんは、『耳鼻削ぎの日本史』や『喧嘩両成敗の誕生』『日本神判史』など普段なかなか疑問にも思わないものの、「言われてみればそれは疑問だな」と思わせる問いで歴史を見直し、一般向けノンフィクションに仕立て上げる歴史作家であり、本職は日本の中世史を専門にしている歴史学者である。

最初は高野秀行さんがその経験と自由な発想から「面白い」仮説を立て、そこへ清水克行さんが学問的裏付けや見解を示す「両者の役割がきっちり別れた」対談になるのかと思っていたのだが、実際の対談では高野秀行さんの研究者的側面が表に出て、逆に清水克行さんからも面白くてわくわくするような仮説、発想がぽんぽん飛び出てくる結果であった。

「予想」は外れたが、それだけに最初の「期待」をはるかに超えてくる圧倒的カオスな問答が繰り返されていく。その一端を下記にご紹介しよう。

中世日本と世界の辺境はよく似ている?

さて、そもそもの対談の発端となった「室町時代の日本人と世界の辺境はよく似ている」件についてだが、実際にどこが似ているのだろうか? これもいろいろあるのだが、一つには中世日本の魅力として清水さんが語っている「複数の法秩序が重なっていて、それらがときにはまったく相反しているんだけれども、その中で社会が成立しているところ」が挙げられるだろう。

たとえば中世日本の支配者層である荘園領主(供花や武家や大寺社)は、自分の領内で盗みが起きると基本的には犯人を荘園の外に追い出していた。だが、住民は自分の大事な物を盗んだ人間が荘園の外で生きているのは納得できないといって、当時の荘園では「現行犯殺害を容認する」という「支配層側の思惑」と「住民側の思惑」が相反している限定ルールが設定されていた。

で、現代アフリカ等世界の辺境では、市場で泥棒が盗みを働くと捕まえて場合によっては死ぬまでリンチするなど、高野さんが2、3回見たことがあるほどに一般的なことなのだという。当然アフリカでは「盗んだ奴は現行犯なら殺害を容認する」なんて法律があるわけではないが、それはほぼ黙認されていることのようだ。

でも、法律的には絶対にいけないことじゃないですか、殺人ですから。だから、たとえば、その国の大統領なり警察トップなりに聞いたら、「わが国では許されない行為だ」と答えるんでしょうけど、実際にはリンチが行われていて、それを認めないと、 おそらく秩序維持ができないんでしょう。

そもそもなぜ「盗み」程度でそこまで怒って、場合によっては殺しまでいかなければいけないのかといえば、盗みを単なる財産上のマイナスと捉えず倫理的に許せなかったのだろうということで両者合意している。歴史物を読む時の醍醐味の一つは「いまの自分からは想像もつかない視点」を得ることができるところにあるが、世界の辺境(もちろん文化の違う場所でも同様だが)もまた、違った視点を提供してくれる場所なのだ。

多岐に渡る話題〜合理的同性愛、言語の時制についてなどなど〜

このように、最初こそ文化的な共通性や、「応仁の乱」と「ソマリアの内戦」は戦争の中心が都ってところが似ているよねと展開していくのだが、後半に向かうにつれ話題はどんどん世界の辺境と中世日本史の比較文明論へと移り変わっていく。高野さんとくれば世界中を探検している猛者であるし、清水さんも著書は「神判」「耳鼻削ぎ」と多岐に渡るので話題が豊富である。

その話題の移り変わりが、一切予測不可能で実にエキサイティングなのだ。たとえば突然アフリカでは「どこのサッカーチームも自陣のゴールにバリアを張る呪術師を雇っている」という呪術的な世界を未だに信仰する辺境の話に及んだかと思えば、その直後には「かつて日本では未来は「未だ来たらず」で後ろ側にある概念だった」と語句の時制話に展開していったりする。

これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。当然、「サキ=前」の過去は手に取って見ることができるけど、「アト=後ろ」の未来は予測できない。

かなり専門的な言語仕様の話題にも関わらず、高野さんも世界各地を転々としながら言語を学んでいった言語オタクであるから、どんどん食いついていく。「未来のことを言っているのか、過去のことを言っているのかわからないことがしばしばあるんです。ソマリ語もそうなんですよ。」それがどのような話題であれ「そういえばね」と知識や経験から引き出せる高野さんの凄さが際立っている。

個人的に一番おもしろかったのは戦国時代の同性愛文化の合理性についての話。戦国の時代では同性愛が当たり前だったが、「過酷な社会を生き抜くためには女をはべらせてなんかいられない」というマッチョな価値観が、当時はまかり通っていたからなのだという。そりゃ、そうだろうなあ……と思うものの、その後の二人の会話のトーンが実に真面目くさってシリアスなので(別に笑い事ではないのだが)笑ってしまう。

清水 本当に信頼できる部下を身の周りに配置するのが一番安全だし、その部下と肉体的な関係まで結んでしまえば、絆がより強固になるという。
高野 だって、女がいたら守らなきゃいけなくて、大変な手間だけど、男だったら自分を守ってくれるわけだし。
清水 仲間として一緒に戦えるわけですよね。合理的ですよね。

多様な話題を包括していき、次に現れる話題は予測不可能。様々な場所にいって、誰も体験したことのない経験を抱えるが故に「一つ困るのは話相手がいないことだ」と語る高野さんが、同じ経験こそしていないものの事象を抽象化し日本の中世史との比較文明論として語ることのできる清水さんと出会えたこの対談は全編とても楽しそうで、こちらまで楽しくなってきてしまう。

おわりに

時には清水さんが問題提起し、高野さんが世界を回った経験や知識から該当するものを引き出して返答しさらなる問題を提起する。逆に高野さんが日本史に関するさまざまな仮説を並べ立てれば清水さんが当意即妙に類する、あるいは裏付ける歴史資料やエピソードを引き出してくる。

両者の魅力をお互いに引き出しあい、一人では不可能であった、ワクワクするカオスを生み出すこと。それこそが対談本の面白さであり、本書はまさにそのボテンシャルを最大限引き出している。読み終えた時には両者への興味も増し、二人の単著を遡って読みたくなるはずだ。

ちなみに、HONZでは本書の中身を一部公開した連載が全6回、存在しているので気になった方はまず下記からどうぞ。少なくとも、本記事で引用した部分は全て読めます。

【連載】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』第1回:かぶりすぎている室町社会とソマリ社会

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