『インテル 世界で最も重要な会社の産業史』営業力か、技術力か、宣伝力か。インテルが教えるもっとも会社で重要な部署。
訳者あとがき by 土方奈美

文藝春秋2015年09月10日 印刷向け表示
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「コンピューターの性能は18か月ごとに指数関数的に上昇する」。1965年にインテルの創業者の一人であるゴードン・ムーアが書いた論文の中にあったグラフは「ムーアの法則」として、今日までコンピュータ業界の指標となっている。そのインテルのインサイドストーリーを描いた『インテル 世界で最も重要な会社の産業史』が出版された。訳者で元日経ビジネス記者の土方奈美さんが、本書の読みどころを紹介する。(HONZ編集部)

インテル 世界で最も重要な会社の産業史
作者:マイケル・マローン 翻訳:土方 奈美
出版社:文藝春秋
発売日:2015-09-10
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私の父とインテルには浅からぬ縁がある。

1995年秋、日本の大手電機メーカーで働いていた父は「チップウィスパー」というオーディオプレーヤーを考案した。記憶媒体に当時主流であった磁気ディスクではなくフラッシュメモリを使い、携帯性を高めたのが特徴だ。

インテルに最先端の32メガビット・フラッシュメモリの提供を打診したところ「製造が安定していないので、100個集めるのも難しい」との反応だった。だが改めて製品の構想を説明したところ、数時間後に再度回答があった。「なんとか288個は集めます」

わたしがこの父のエピソードを聞きながら、感じたのは、1990年代のインテルというのは本当に凄い会社だということだ。

インテルが父のオファーを検討したのは、アップルが磁気ディスクを使った「iPod」を発表する5年前、フラッシュメモリを本格採用した「iPodナノ」を発表する9年前の出来事だ。

つまり、そんなことができるのか、という夢物語の時代に、しかしインテルは急速な技術革新をおりこんだうえで、父のオファーに応えることにしたのだ。

「コンピューターの処理能力は、18カ月ごとに指数関数的に向上する」。

創業者の一人である天才科学者ゴードン・ムーアが1965年に着想した論文の中で披露されたその考えは「ムーアの法則」と呼ばれるようになる。その法則にのっとって経営してきたからこそ、インテルは「世界で最も重要な会社」になったのだということが、本書のテーマのひとつであるが、私の父は、そうしたインテルの遺伝子を肌身で感じた技術者だったということになる。

『インテル 世界で最も重要な会社の産業史』は史上最強の半導体メーカーであるインテルと、「トリニティ」と呼ばれた三人の創業者の物語だ。2014年7月にアメリカで発表された原書を執筆したマイケル・マローンは、シリコンバレーの地元紙サンノゼ・マーキュリーニュースの元記者で、全米で最初のシリコン・バレー担当記者になった。

私たちの日々の生活を影にひなたに支える情報機器。その頭脳がマイクロプロセッサだ。1970年代初頭に世界初のマイクロプロセッサを世に送り出し、技術革新を推し進めてきたインテルの存在なくして、現代の情報化社会の実現はなかったといっても過言ではない。少なくともその到来は数十年遅くなっていたはずだ。

しかし、なぜ今、インテルなのか。

それは、インテルの物語は、企業社会にどんな形であれ関わる現在の私たちに様々な示唆を与えると考えているからだ。

例えば本書のなかでこんなエピソードが披露される。

インテルは、いち早くマイクロプロセッサを開発したにも関わらず、本腰を入れるか決めかねているうちにテキサス・インスツルメンツに先を越されそうになった。モトローラに最先端のマイクロプロセッサのスペックで追い抜かれるという失態を、しかし、インテルは周辺製品と組み合わせたソリューション営業という荒業で逆転するのだ。

あるいは、消費者の目に直接触れない「部品」を作っている会社であるにもかかわらず、「インテル・インサイド」キャンペーンによって世界で最も価値のあるブランドの一つになったという経緯。

これらのエピソードは、現在会社組織につとめる人間であれば、かならずつきあたる問題と重なっている。商品が良いことが必要なのか、それとも営業力が大事なのか、それともそれが認知される宣伝力が勝敗を分けるのか、そのことを考えるうえで、非常に示唆的なダイナミズムを本書は活写しているのだ。

あるいは経営のありかた。

経営者の役割分担については、例えばソニーの井深大と盛田昭夫、HPのウィリアム・ヒューレットとデビッド・パッカード、そしてグーグルのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンのように、二人の人間がそれそれの役割分担をしながらひとつの合金として新しい時代を切り開いてきた例はこれまでも幾多の本が書かれてきた。

しかし、インテルはこの本の原題がまさに現すように「トリニティ」、三位一体なのである。

早すぎる死によってノーベル賞(集積回路の発明)をもらいそびれたロバート・ノイスは、生前「シリコンバレーの主」と呼ばれるカリスマであった。そこにいると、その場が華やぐような魅力をそなえた人物だった。アップルのスティーブ・ジョブズはノイスの一番弟子である。しかし、一方で優柔不断なところを持ち、社員の女性に次から次へと手をつけて、その女性を抜擢するなどの欠点もあった。

社員第一号として、創業者と呼ばれることのなかったアンディ・グローブは、そうしたノイスにいらだち、時に憎んだ。

ゴードン・ムーアの存在は、アンディ・グローブという常に一触即発の爆弾のような人物のメンターとなって一流の経営者に育て、ボブ・ノイスとの関係を取り持つなど、トリニティにおいて扇の要の役割を果たした。

ノイスとムーアの会社だったインテルが、90年代にグローブの会社となってさらに飛躍していく様は、創業時の熱をいかに発展させていくか、というどの企業も直面するひとつの答えになっている。そして2000年代、グローブが引退してからのインテルの迷走は、その継続の難しさを教える。

主力のマイクロプロセッサ事業でスマートフォンやタブレット市場に大きく出遅れたことは本書に描かれているとおりだ。稼ぎ頭であるパソコン市場は縮小傾向が続く。2015年6月に同業のアルテラを2兆円(167億米ドル)で買収して話題を呼んだが、アルテラの技術なくしては成長著しいデータセンター市場で優位を保つことが危ういという認識の表れとも読める。

さて、父の開発した「チップウィスパー」はどうなったであろうか。チップウィスパーは翌年、美術展の音声ガイドとして実用化されたが、結局、高性能コンピュータや大規模システムを重視する会社が「ちっぽけなものをやっても意味がない」と判断したためチップウィスパーはそれ以上発展することなくお蔵入りとなってしまった。

娘の私などは、贔屓目で見るせいか、本書で「史上最悪の経営判断」として紹介されるマイクロ・プロセッサーの知的所有権をむざむざ放棄してしまう日本の電卓メーカーの経営判断と重なってしまった。

ただ、父は、インテルが自らの発明の価値を見抜いてくれたことを今でも誇りとしている。

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