『偶然の統計学』その偶然、意外と起こるかも?

峰尾 健一2015年09月09日 印刷向け表示
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「偶然」の統計学 (ハヤカワ・ノンフィクション)
作者:デイヴィッド・J・ ハンド 翻訳:松井 信彦
出版社:早川書房
発売日:2015-08-21
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良くも悪くも、「ありえない」ことがたびたび起こるのが世の中だ。大多数の人はかすりもしない宝くじで、一等を複数回出した人は何人もいるという。統計モデルでは限りなく低確率とされていた金融市場の大暴落は、近年だけで何度も起きてしまった。

2009年9月6日、ブルガリアの国営ロトは当選番号としてランダムに「4、15、23、24、35、42」を選んだ。その4日後の2009年9月10日、ランダムに選ばれた次のロトの当選番号は、前回とまったく同じ「4、15、23、24、35、42」だった。

52年の歴史を誇るブルガリアの国営ロト史上、異例の事態である。当時のメディアは大騒ぎ。同国のスポーツ大臣は調査を命じた。大がかりな不正行為でもあったのか? 前回の番号が何らかの方法でコピーされたのか?

しかし本書によれば、確率を正しく見積もると、そうした限りなく起こりそうにない出来事が実は起こってもおかしくないということが分かるという。

上に書いたロトは49個の整数から6個を選ぶものだった。これが週に2回、年に104回行われているとすると、実は43年と少しで、その期間内に当選番号の連続一致が起こる確率が2分の1を上回るのだ。始まってから52年が経っていることを考えれば、本来はそこまで驚くようなことではなかったのである。さらに世界中で行われているロトの種類と回数をふまえれば、こうしたことが稀に起こらないほうが異常で、現に同じ当選番号が続いたロトは世界中を探せば他にもあったという。

人間は確率を直感的に把握するのが苦手な生き物だ。確率的に見れば起こってもおかしくない出来事を「奇跡」や「偶然」と感じたり、「異常」だとみなしてありもしない因果関係やパターンを探し始めたりする。迷信や予言、超常現象といった非科学的な話はいつの時代もなくならないが、それは人間の習性によるのかもしれない。

著者はイギリスの王立統計学会の会長を2度経験し、現在はインぺリアル・カレッジ・ロンドン数学科の名誉教授に加え、アルゴリズム取引ヘッジファンドの首席科学アドバイザーも務める人物だ。途方もなく起こりそうにない出来事はなぜ起こるのか。それもなぜ次々と起こるものなのか。そうした疑問を、統計・確率のプロの目線から解き明かしていくのが本書である。

きわめてありそうにないことが起こる理由を説明するために、著者が持ち出す原理がある。

それは「ありえなさの原理」と名付けられたもので、不可避の法則、超大数の法則、選択の法則、確率てこの法則、近いは同じの法則、という5つの法則からなるそうだ。確率的には起こってもおかしくない出来事を多くの人が奇跡の偶然だと勘違いする背景には、これらの法則が複雑に絡み合いながら作用していると著者は説く。

「超大数の法則」は、機会の数が十分にたくさんあれば、どれほど突飛な物事も起こっておかしくないという法則だ。この法則で説明できる事象の多様さには驚かされる。前出のブルガリアのロトの話はこの影響を強く受けているし、この手の問題を「特定のデータが大規模なデータセットのどこかに出現する確率はいくらか?」と捉えれば、クレジットカードの取引での不正、コンピューターネットワークへの侵入、心電図の異常、エンジンの障害など、多種多様な分野で、何かを検出しようという場面にこの法則が絡んでくることがわかる。

本書からもう少し例を引いてみよう。1996年、F-14戦闘機が25日間で3機墜落し、米国空軍による同型機の飛行が見合わせられた。1970年から2006年まで運用されたこの戦闘機の墜落間隔の平均は70日だったため、一見異常が起きていたように見える。しかし、ある5年間においてどこかの1ヶ月に3機が墜落する確率を割り出すと、2分の1をゆうに超える値だったという。短期間に3機が墜落するなんて偶然ではない、何か原因があるはずだ、という考えには何の根拠もなかったのだ。

病気の集団発生のようなケースでも、汚染物質など特定の原因があるのか、それとも単なる偶然なのかを判断するのに超大数の法則が重要な役割を果たす。発見された局地的な疾病クラスターに、偶然見られると予期される最大数よりはるかに多い症例が含まれているならば、そこには何か隠れた原因があると疑えるわけだ。

こうした内容は本書のごくごく一部に過ぎない。世の中で起こる事象にはどれほど複雑な要素が絡み、いかに私たちの確率判断が歪められているか。統計・確率の専門家はどれだけ深く物を考え、読み取る精度を高めようとしているのか。出てくる計算式は四則演算程度と基本的に読みやすい本書だが、思考の手順が細かく綴られているので、事実を突き止めることの果てしなさを感じることができるだろう。

確率や統計に関する本はたくさんあるが、本書のように読み物としての楽しさと学問的な深さをバランスよく兼ね備えた本は稀だと思う(超大数の法則を持ち出されたら何ともいえないが)。2010年サッカーW杯で話題になったタコのパウル君のような「サイキックアニマル」が出る確率や、ホールインワンの確率など身近な話題が豊富なので、扱うテーマの割にはとっつきやすい。一方で、統計・確率理論の発展の歴史を何世紀も前から追ったり、正規分布に着目して金融ショックの想定モデルの間違いを探ったりと、統計や確率の概念の本質に迫っていく側面もあるので、数字についての単なるおもしろ事例集とは一線を画す奥深さもある。

読みながら何度も、今まで受けてきた無味乾燥な統計や確率の授業を思い出した。ロトで高額当選した時に当選金の取り分を多くするコツとか(当選「確率」を上げるコツではない)、占い師として成功するために押さえるべき3つのポイントとか、本書にあるような小噺をまじえながら説明されていたら、少なくともあんなに眠くはならなかっただろう。でもそんな低確率な出来事に期待するよりは、本書を読む方がずっとオススメだ。

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