『戦後の貧民』無残の中の無念

麻木 久仁子2015年09月24日 印刷向け表示
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戦後の貧民 (文春新書 1042)
作者:塩見 鮮一郎
出版社:文藝春秋
発売日:2015-09-18
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戦後70年。この年月は、長いのだろうか。短いのだろうか。記憶をとどめる時として。記憶を伝える時として。「まだまだ忘れてはならない」という声と、「もうそろそろ忘れたい」という声と。

そもそも何を記憶し何を忘却すべきなのだろうか。あの時代になにが起こっていたのかを総覧するのに、70年は長いのか、短いのか。

有史以来、庶民がもっとも貧困に喘いだのは、このときである。
そう遠いむかしではない。
すぐそばのことだ。数千万の人が絶望的な飢えと病気にさいなまれ、路上に打ち伏して夜をすごした。水をもとめ、まだ熱くくすぶっている焼け跡をさまよった。読者の近親や知人に、その時間と空間を生きた人をまだ見つけることができるかもしれない。

本書がえがく「戦後」は、1945年から1950年くらいまでの、占領下の日本である。8月15日に玉音放送が流れて、それで人々の苦しみが終わったわけではなかった。さらなる苦難を味わうことになった人々がたくさんいた。価値観ががらりと変わり、「さあ、復興だ!」というかけ声の中で、見放された人々に著者のまなざしが向けられる。

終戦の翌日から、何が始まったのか。それは夥しい数の人々の「大移動」だ。このとき「国内」の兵舎に440万人、「外地」に350万人にも日本兵がいた。また、満州の100万人をはじめ朝鮮・中国・台湾・千島樺太・東南アジア等々の地には、300万人ほどの民間人がいた。ぼろぼろになり、着の身着のままで、疲れ果てた人々1000万人強が一斉に故郷を目指して大移動を開始する。とんでもない数の人々である。が、彼らを迎えるべき祖国もまたぼろぼろに疲弊している。

海外へ植民したのは、満蒙開拓団などのイメージもあり、農民が多いように思うが、実際、海外300万人の日本人移住者の多くは農民ではなく商人や技術者、企業からの派遣社員などだったという。彼らの帰る先は、農村ではなく都市である。が、そこは空襲で焼失していることも多かった。命からがら帰ってきても、敗戦のどさくさで混乱を極めている町の、どこに住む場所がみつけられただろうか。親類縁者の家に間借り、家族の疎開先へたどり着く、などは運がいい方で、多くの人々が駅のコンコースや地下道に、家族で肩を寄せ合いながらごろ寝するところから戦後の一歩を歩みだしたのだという。

まともな住居もなく、仕事もなく、寄る辺なき人々は、やがてあちこちにスラムをつくり、たがいに支え合いながら必死に生き延びるようになる。

マッカーサーには「日本が侵略した地域の人々より、日本人がよい暮らしをしてはならない」という考えがあったのではないかという。が、そういった報復あるいは懲罰的な占領行政の影響は、万人に等しく降り掛かるわけではなく、犠牲になるのは弱い人々ばかりなのが世の常なのだった。

打ち捨てられた子供たちの境遇を、本書で見てみよう。

戦後6年、7年とたってもなお、浮浪児はずっとガード下や地下道を埋めていたという。幼い子供は物乞いをし、少し年長ならシケモク拾いからぽん引き、闇物資の買い出しの手伝い、外食券の転売など、何でもやる。やがてはスリや置き引きなど犯罪にも手を染める。年端もいかない身の上で、おとなでも生きていくのが大変なご時世をわたっていくのだから、なりふりなど構ってはいられないのだ。そして始まったのが「浮浪児狩り」だった。「保護」とは名ばかりの排除、あるいは隔離、だ。野犬でも捕まえるようにトラックにのせ、「孤児院」という名の牢獄に割り振る。

当時の新聞に掲載された一枚の写真が本書にのっている。

だいたいが劣悪な環境で、非道なあつかいに終始した。逃亡しないように裸で寝させるのは常識で、「毎日新聞」に掲載された写真のように、檻の中に半裸体で閉じ込めた。

いかに戦災孤児が雑にあつかわれ、社会のダニと思われていたかがわかる。戦後日本の出発もまた、表面の民主や自由をひとかわむけば、やくざな世界なのだ。

子供たちにして、このありさまである。

くず拾いをしながら必死で生きているスラムの人々は、どう追い立てられてどこへ消えていったか。春をひさぐ以外に生きるすべを保たなかった女性たちが、どれぼど蔑まれたか。子供を抱えて苦労しながらもひたすら働く戦争未亡人たちが、どれほど偏見と好奇のまなざしに耐えなければならなかったか。心身に癒えることのない深い傷をおった傷痍軍人たちはその働きに見合った報いを得たのか。

「貧民」とは、社会全体で引き受けるべき矛盾や不条理を、押しつけられた人々のことである。

日本国憲法下のこの国の歩みは、ときに少々の行きつ戻りつがあったとしても、決して時間の針をあの時代にまで逆戻りさせることはないと信じたい。が、本当にあんな時代が二度と来ないと言えるのか、ひそかに忍び寄る足音を聞き逃してはいないかと問いかけてくる、そんな一冊なのである。

それにしても、あの子供たちはこの70年をどう生き抜いたのだろうか。そしていま、この平成の世の中をどんな風に見ているのだろうか。彼らの声は、この国の記憶として充分に記録されたとは思えない。

ましてや生き抜くことかなわず力尽きた人々にいたっては、その声を聞くこともできない。

極限の無残さに投げ出された人たちに無念さを無視するわけにはいかない。

戦争を知らない世代の私は、ただ貧しい想像力に頼るしかないのだと思わずにはいられない。あの「狩られた子供たち」と同世代の著者のまなざしに導かれて思いを馳せるばかりだ。 

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