「鳶」兼「写真家」 『解業』

足立 真穂2015年10月13日 印刷向け表示
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解業
作者:鈴木育郎
出版社:赤々舎
発売日:2015-10-16
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独自の視点で、質の高い写真集をいつも紹介してくれる出版社、赤々舎。今度は、「鳶」として日本を駆け巡りながら、休みを利用して撮影をする「写真家」の作品を刊行するという。しかも、なんと1年間、毎月、月刊体制で連続刊行するとのこと。見れば強烈な生命力を感じる写真が並ぶ一冊だ。撮影したのは鈴木育郎さん、1985年生まれ。いったいどんな人なのだろう。 

「この鈴木さんの撮る、食べ物の写真がたまらないんですよ」
そう熱を込めて語ってくれたのは赤々舎の棚橋万貴さんだ。場所は鎌倉、毎年この月に開かれる「かまくらブックフェスタ」でのこと。

鎌倉駅から歩いて10分ほど、江の電がガタンゴトンと横を走るカフェで開かれるこのブックフェアは2015年で5回目。鎌倉の出版社「港の人」主催で毎年この時期に開かれるそうで、個性的な出版社や出版人が集う。縁があり出かけたのだが、赤々舎の写真集は数冊持っており、「これはチェックせねば」と出展している場をのぞいたのだった。

入り口からいちばん近いスペースに置いてあったのが、『解業』(「げごう」と読む)と書かれたこの一冊(B5判横変形、256頁、上製本。デザインは、塚原敬史[trimdesign])だ。サンプルをめくってみると、非常に印象的だ。映し出される人々の柔らかい表情に触れ、パスタが2点見開きになっている頁が気に入り、購入を考え始めた。値段は4000円とそれなりにするが、モノをみれば高いとは思えない。ちなみに、印刷の方が美しいが、このパスタの写真を紹介しておこう。

「食べるぜ、いまから」。そんな風に語りかけてくるこのパスタ、やたらとおいしそうなのである。 

©Ikuro Suzuki

©Ikuro Suzuki

ただ、内容は同じなのだが、表紙の布張りの布が本ごとに違う。なんと、同じ『解業』なのだが、赤をベースにしつつ6種類の違う布が使われているのだ。赤は赤なのだが、深紅からボルドーまでその赤の内容が違うし、私が持っているものは柄ものだ(下の写真)。いったいどういうことなのかと思えば、なんでも布を揃える予算に乏しかったため、知り合いの製本所で「とにかく赤」を前提に余っているものを安く分けてもらったとのこと。「記念碑的序曲にして総集編」となる12冊連続刊行の最初の1冊目としての位置づけを考え、「そのときの気持ちに合うものを選び、偶然を楽しんでくれたら」という。「アルバム感」を表現しているそうだ。
美しい本を手元に持つ喜びは、こんなところにあるのかもしれない。 

そして、置いてあったチラシの、鈴木さんのプロフィールを見て驚いた。なんと本職は「鳶」だとある。生計は鳶職で立てているそうだ。以前に『鳶』という本を紹介したこともある私だ。これはもう「買い」である。

©Ikuro Suzuki

「鳶」というのは、だれよりも先に現場に入って柵や鉄骨を組む人たちだ。この後、鈴木さんご自身にメール・インタビューのかたちでうかがったところによると、いちばん最初に現場に入り、地盤の基礎を整備し埋め直す「地ならし」をする。近隣との区画のための仮囲いの設置も行い、竣工の際にはこれを撤去するので、最後まで現場にいるのだそうだ。新築・塗装・解体のための作業所となる足場の組み立てや、資材や塗料の飛散防止となる養生(保護するための手当)の設置なども担当。

また、「鳶」とひと言でいっても時代と共に内容は複雑多様化してきており、「街鳶」「鉄骨鳶」「足場鳶」「解体鳶」「PC鳶」(PCとは、コンクリートをつなぎあわせる作業のこと)「重量鳶」と専門化されているそうだ。「一部に特化した鳶もいれば何でもこなせる鳶もいます」というから、「鳶」の守備範囲は結構幅広いのかもしれない。

見知らぬ場を訪れて、その土地の人と出会い、その刹那を写真という瞬間の技できりとる作業を重ねて行く鈴木さんのスタイルは、独特だ。伝わってくる迫力やエネルギーの源は、その刹那性にあるように感じた。鈴木さんは言う。

毎朝6時前後に起きて現場に向かいます。今は解体足場を専門とする鳶の会社でお世話になっています。会社の人に理解があり、作業を中断したり支障をきたしたりしないことを前提に、仕事中に撮影する事を許してもらっています。
月曜から土曜まで8時から17時まで働き、帰りに行きつけの店や友達に会って、日曜は休みなので行ったことのない場所へ出かけて写真を撮っています。

「月刊 鈴木育郎」プロジェクトは、私が今回購入した、第一弾の『解業』(げごう)を皮切りに、毎号、判型・ブックデザイナー・ページ数を変えて、毎月1年間、これから刊行していく予定。これまで鈴木さんが作っていた80冊ほどの私家版の本がこの土台にあり、「生きる」ことの時間と軌跡のエネルギーを体現していくという。すでに撮影したものがあり、フィルム、デジタル、モノクロ、カラーと自在に撮影するからこそできることだろう。

11月の第二弾は、四国の夏と祭りを撮り下ろしての『真晶』(しんしょう)、続けて、デジタル撮影分で構成する第三弾の『最果』(さいか)、モノクロ作品を中心とする第四弾の『月夜』(つきよ)、故郷の浜松で撮影されたものによる第五弾『桑樹』(そうじゅ)、まで決まっているそうな(ちなみに5冊すべてを購入したら6冊目は無料でプレゼントされるとのこと)。

棚橋さんは「社運をかけています!」とおっしゃっていたが、パワフルな写真の存在感とともに、どんなかたちでまとまっていくのか、これから一年が楽しみになりそうだ。

◆著者について

鈴木 育郎

1985年 静岡県浜松市生まれ 21歳より写真を始める

2010年 舞踊家 吉本大輔氏のポーランドツアーに同行
帰国後、東京に移る

2012年 個展「月夜」マチュカバー

2013年 個展「月の砂丘」蒼穹舎
キヤノン「写真新世紀」グランプリ受賞

2014年 個展「月夜」nuisance galerie
写真新世紀 東京展 2013「最果-Taste of Dragon」
東京都写真美術館 地下1F 展示室

2015年 写真集『解業』(赤々舎)を刊行

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