『フェルメール』写真家・植本一子のフェルメール「全点踏破」の旅

刀根 明日香2018年12月17日 印刷向け表示
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フェルメール
作者:植本 一子
出版社:ナナロク社 ブルーシープ
発売日:2018-09-25
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まだ肌寒い3月、成田空港から11時間のフライトを経て、あなたはオランダ・アムステルダムに降り立った。隣には写真家の植本一子さんがいる。ここからあなたの旅が始まる。オランダ・ドイツ・オーストリア・アイルランド・イギリス・フランス・アメリカー7カ国14都市、17の美術館を巡る旅。全部で35作品、あなたはフェルメールに会いに行く。

あなたはフェルメールについて、どれくらい知っているだろうか。本好きなあなたなら、『フェルメール 光の王国』(成毛のレビューはこちら)を一度昔読んでいるかもしれない。あなたは、知識や情報を何も持たないまま、最初の目的地、オランダのデン・ハーグにある「マウリッツハイス美術館」に足を向ける。異国の美術館を訪れることに少し緊張している。

このように、あなたが実際に旅に出たような錯覚に陥るのは、植本一子さんの文章が、美術館に流れる空気の流れと、彼女の揺れ動く心を緻密に描き出しているからだ。植本一子さんも、あらかじめ予習をすることなく、この旅に挑むこととなった。美術館に入る前、フェルメールの絵を目の前にしたとき、雲が自然光を遮って美術館が一瞬暗くなったとき、撮影が終わり次の目的地に移動しているとき、彼女は常に何かを感じ、あなたはそれに共感するだろう。

本書は、美術館や絵画と今まで縁のなかった人にこそ読んでほしい一冊だ。美術館は音声ガイドを聴きながら知識を蓄えるだけの場所ではない。本書を読めば、美術館が、自分自身と絵画の間に流れる空気や自身の心の動きを楽しみながら、ゆっくり時を過ごす場所になると思う。

フェルメールは、ドラマのワンシーンを切り取ったような一瞬を、光を巧みに表現しながらキャンバスの上に描き出した。植村一子さんは、絵画と街と人を、同じように儚いワンシーンとして、写真におさめていく。

美術館に流れる空気について、日本の美術館とヨーロッパやアメリカのそれと比べると、大きく違うことがあるようだ。例えば、一番最初に訪れるオランダはデン・ハーグ、マウリッツハイス美術館にて、植本一子は次のような印象を受けている。

さっき見た風景しかり、この美術館は流れている空気がゆるく、懐が広い。たくさんの名画が所狭しと飾られているのに、仰々しい雰囲気はなく、本当に人の家にお邪魔しているような感覚。人が多くないこともあり、皆リラックスしながら熱心に絵を見ている。かと思えば大きなシャッター音をさせてiPhoneで写真も撮るし、絵をムービーで撮る人、絵画とセルフィーする人まで。お昼が近づくにつれ、お客さんもだんだんと増えていった。

日本だと、美術館の作品を一点一点を緊張しながら対峙していくのがよく見られるスタイルだが、ヨーロッパやアメリカでは、老若男女が自由に観賞している様子が面白い。

そして、美術館もそれぞれ特徴があり、絵画がかけられている壁の配色、床の素材、絵の配置の順序、照明や自然光の取り入れ方、あらゆるものが個性となってフェルメールを一層特別なものにしている。植本一子さんも旅を重ねるにつれ、見えてこなかったものが見えるようになってきた。

すごい場所だからといって、かしこまっていては見えてこないものもある。

そして、終始植本一子が戸惑いながら自身に問いかけていた疑問がある。きっと、誰もが芸術を鑑賞する際にふと感じる問いなのではないか。

純粋に見るというのはどういうことなのだろう。

知識や情報が邪魔をして、先入観を持って美術品に対峙したとしても、それらの影響を受けてしまう。かと言って、何も知らないまま対峙したときに、表面的な発見しか出来ずにいれば、せっかくヨーロッパまで行ったとしても、残念な気持ちになる。

私は、”純粋に見る”というのは、作品の前だけでは出来ないと思う。例えば、読書もそうだが、鑑賞後に自分のフィルターを通じて、アウトプットした際、自分がどこに強く惹かれたのかを自覚できれば、それは純粋に見るという行為にならないか。植本一子さんにして言えば、写真を現像し、文章に起こして、初めて”見る”という行為は成り立つのではないだろうか。

現在日本では、フェルメール展が開催されており、連日多くの人が訪れていることだろう。東京上野の森美術館では来年2月3日まで、大阪市立美術館では来年2月16日から5月12日まで予定されている。本書を読んで、肩肘を張らずにリラックスして絵画の前に立ったときに、何を感じるだろう。ぜひ、”純粋に見る”ということを感じてほしい。

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