『フェルメール 光の王国』 産経新聞9月10日号 書評欄掲載

2011年9月17日 印刷向け表示
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フェルメール 光の王国 (翼の王国books)

著者の本職は分子生物学者だが、昨今最高の美文家の一人でもある。本書でもその才能はいかんなく発揮され、「ニューヨークの振動」という文章の冒頭などは、一篇の詩として自立して余りあるほどである。本書は絵を見る目においても才能をもつ著者が、フェルメールの絵を鑑賞するためにオランダ、米国、フランス、英国、ドイツ、オーストリアを4年間かけて巡った美術紀行だ。

それぞれの場所で顕微鏡の父レーウェンフック、細菌学者の野口英世、数学者のガロア、生化学者のシェーンハイマーなど、著者の先達である科学者たちに思いを馳せ、思索を深めていく。たとえば、著者は『レースを編む女』の精密で幾何学的な構図と、世界を記述しようとする『天文学者』の間に数学という共通項を読みだす。フェルメールの静謐さがもたらす美しさと正確さは、数学という秩序だけが放つ美しさと重なると見るのだ。

フェルメールがカメラ・オブスクーラという光学装置を使って絵を描いていたことは良く知られているが、そのような画法や構図だけにこだわるのではなく、描かれているテーマや物体にも目を配っていて隙がない。旅行計画も緻密で、女王が夏休みで不在のときだけに立ち入ることができるバッキンガム宮殿も訪れている。そこでは王室キュレータに伴われて『音楽の稽古』を鑑賞するのだ。

ところで、第1章の前に昆虫の足のスケッチがポツンと掲載されているページがある。著者がロンドンの王立協会で発見したレーウェンフック手稿に挟み込まれていた観察画だ。最終章ではその観察画について著者の驚くべき仮説が展開されることになる。

額の立体感や展示壁の質感にまでこだわって撮影された素晴らしい写真が本書の価値を高めていることを付け加えておきたい。

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