『死のテレビ実験 人はそこまで服従するのか』

2011年9月16日 印刷向け表示
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死のテレビ実験---人はそこまで服従するのか

作者:クリストフ ニック
出版社:河出書房新社
発売日:2011-08-20
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芝居じみた仰々しいタイトルである。『死のテレビ実験』とはどんなホラ話が始まるかと思えばあにはからんや。看板に偽りのない内容に驚かされる。

本書の内容を一言で表せば「人はどこまでテレビの言いなりになるか」である。視聴者参加番組に応募してきた人の行動を観察するために、2009年にフランスで行われた実験の詳細な報告書でもある。

基礎になっているのは1960年代にアメリカのイェール大学で行われた社会心理学者スタンレー・ミルグラムが行った「〈権威〉から良心に反する命令を受けた時、個人はどれくらいの割合でそれに服従するのか」(通称・アイヒマン実験)という実験結果である。

この実験は、記憶力に関する実験と称した「科学実験」の権威の下、被験者が「先生役」となって問題を読み「生徒役」がこれに答えていく。回答を間違うと、先生は生徒に電気ショックを与える。生徒が間違うたびに電気ショックは強くなり、最終的には450ボルトという人が死んでもおかしくない強さに設定されている。ただひとつ、生徒は実験者が演技していて実際には電流は流されていないということだ。悲壮な悲鳴、止めて欲しいという懇願、やがて叫びが聞こえなくなるまでの声や音は聞かされている。この事実を知らないのは被験者である「先生役」一人である。

驚くべきことにこの実験で最後まで電気ショックのスイッチを押し続けた人は6割以上にのぼった。科学実験のため、あるいは世のためのいうことで死の実験は継続されたのだ。

さて本題のテレビ実験だが社会心理学者やコミュニケーション学の専門家とともに架空のクイズ番組の体裁をとった。『危険地帯(ゾーン・エクストレーム)』というクイズ番組のパイロット版を作るという名目で一般参加者80名を募集した。パイロット版なので映像が外に流れることはないし、本来なら出る賞金も支払われない。それに同意した人たちだけが集められたのだ。彼らは出題者となり回答者へ問題を出し続ける。回答者は“サクラ”で間違うと電流が流され、間違うたびに電流は強められ、最終的には死に至るかもしれないということも説明されている。

50年前の実験と違うところは「科学実験」という権威の部分が「テレビ番組」になっただけである。そして実験結果は驚くなかれ、81%の人が最後までレバーを押し続けたのである。この実験の模様はテレビカメラで撮影され『死のテレビ実験』というドキュメンタリー番組として放映された。ここまでの実験の概要はプロローグですべて明かされている。

最近でこそインターネットの普及で、テレビ以外の映像が私たちの生活の中に入ってくるようになったが、それでもまだ世界中の人々がテレビ中毒に陥っていると言っても過言ではない。日々のニュースもくだらないバラエティ番組も、未曾有の天災も目を覆うばかりの戦争も、同じ装置の画像が入れ替わるだけで、私たちは目にすることができる。

刺激は麻薬だ。どんどんと強いものを求めるようになる。本書の第1章で語られる過激になり続けるテレビでは、賞金を獲得するためには手のひらもの大きさのゴキブリを食べさせる番組や腹を空かしたネズミを顔のすぐそばに放される番組が紹介される。人前でセックスする様子までさらけ出し、夫婦の秘密を暴露する、そんな番組が世界中にはびこっているのだ。

日本でもPTAが子供に見せないように、とか俗悪番組の冠をかぶせられる番組は後を絶たないが、結局は視聴者の興味をそそり視聴率増加の一助になるにすぎない。しかし時には命の危険に晒されることもある。日本でも番組収録中に舞台から落ちたり、過剰な演出のために亡くなったりした例はいくつかあるが、ただ多少の怪我や事故は「あたりまえのこと」として見過ごされているのではないだろうか。

さて2章以降は実験、いや番組の準備から被験者の選抜、スタジオ収録現場裏側、実験、そしてその結果の考察と移っていく。ちゃくちゃくと準備され、シナリオどおりに実験が進み被験者がどのような態度を取るか、それは本書で順々に味わって欲しい。まるで実際の番組を見ているような臨場感が味わえるが、私は裏側を知っているという罪悪感も芽生え、なんともいえない気持ちになった。

被験者は私たちと全く違わない一般市民である。最後までレバーを押し続けた人が極悪非道なわけでも倫理的に問題がある人、というわけではない。反対に、彼らか過剰に罪悪感を持つ必要もないことは、本書を読めば理解できるし、繰り返し繰り返し説明されている。もしこの実験に自分が参加したときは、毅然と反する態度を取りたいと思っても、きっと最後までレバーを押し続けてしまうような気がする。

私は生まれたときにはすでにテレビがあった世代である。大宅壮一が「一億総白痴化」を唱えたのはその少し前のことであった。最初のテレビの記憶はケネディ大統領の暗殺だ。私の人生を振り返れば、その時代に見ていたテレビ番組の記憶が蘇る。いつのまにか刷り込まれてしまった、テレビの掟というかお約束に慣れきってしまっている。

最後に本書の言葉を引いて終わりにする。

人は自分で思っているほど強くはない。

「自分は自由意志で行動していて、やすやすと権威に従ったりはしない」、そう思い込んでいればいるほど、私たちは権威に操られやすく、服従しやすいのである。

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