『イスラムの読み方 その行動原理を探る』イスラムが都市で過激化する本当の理由

2015年11月15日 印刷向け表示
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世界を震撼させた、パリでの同時多発テロ。この事件を深く読み解くためには、イスラム教そのものを深く理解する必要がある。なぜテロが、止まらないのか? その背景には何があるのか? 九州大学・高橋 淳准教授に、イスラムの行動原理を知るための 「おすすめ本」について寄稿いただいた。(HONZ編集部)

イスラムの読み方 (祥伝社新書)

作者:山本七平 加瀬英明
出版社:祥伝社
発売日:2015-03-01
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愛する花のパリが、テロで燃えている。ニュースを観ながら「イスラムは都市で過激化する」という言葉が頭の中で反響している。

イスラム教は元々、伝統的な土着宗教としての穏やかな特徴があった。ロバート・D・カプランによれば、人間関係が希薄な都市、特にスラムを統制するために、より厳格で観念的に変容してきたらしい。その要素はヨーロッパ大都市の移民でさらに強化されて、原理主義が蔓延し易い土壌を形成しているのだろう。それにしても、すぐそこまで迫って来ているイスラムがどのように生まれ育ち、なぜ現在このような姿をしているのか、今の我々は全く知らないのではないか。

本書は、1991年に亡くなった山本七平が生前に加瀬英明と対談した本の復刊である。昔の人はこんなに知っていたのだと驚く。バブル崩壊以後の失われた20年で、こんな知識と洞察も失っていたかと、多くの読者と語り合いたい一冊である。少し内容を紹介してみたい。

ヘレニズムとミトラス教の影響も入っているキリスト教に比して、イスラムはセム族の先祖返りで、紀元前1250年のモーゼの時代に戻っている。貧富の差が激しく腐敗した社会のメッカで、ハニーフ(一神教的傾向を持つ者達)の社会改革運動の一環として、ユダヤ教、シリア派キリスト教、エチオピア派キリスト教の影響下にイスラム教は成立した。

イスラム法体系は、セム族の伝統的な法の収録に過ぎず、細かいことはイマームに聞きに行くしかない。宗教的大義名分は嫌でも嫌とは言えない面があるため、皆が賛成していても心から賛成しているわけではない。人と人との契約という概念が元来無いため、契約や条約を決定しても宗教法に違反していれば無効である。

新約聖書は複合的で、相矛盾する文書を含むため、様々な発想が出てくる基本になりうる。一方で、コーランはウスマン(三代目スルタン)が異本を全て破棄させたために、ワンパターンになってしまった。ユダヤ教、キリスト教は、聖書の内容自体が契約更改の歴史であるのに比して、イスラム教は、ムハンマドを最後の預言者として規定してしまったために、進歩の思想が欠けてしまった。

ムハンマドは宗教家で、商人で、軍人。教祖の段階で、政教分離、公私の意識が全く無くなってしまった。イスラムは、砂漠から、農耕時代を経ないで、都市に直行してしまったために農耕地に定着した者達の特徴である、勤労を美徳と考える倫理観が育たなかった。闘争が常態で、男は皆戦士。土を耕すのは勇気の無い人間がやることで、勤労的人間は人間のクズ。砂漠を動いて略奪するのが立派で、農民(ファラヒン)は軽蔑する。つまり、一番下層のだらしのない人間は労働する人間なのである。

イスラム圏の広がりは、英雄が計画的に侵略を続けたのではなく、内部で絶えず争いながら、外にふくれていったに過ぎない。自己保全と一族の安全が一番優先する血縁社会であり、地縁社会を形成しなかったため、今の中東には民族が無い。領土が膨張するにつれて、ササン朝ペルシャ文化もビザンチン体制も取り込み、継承した形になり、一時期は西洋を凌ぐ文化的繁栄を極めていた。

ところが、1517-1917年にトルコが400年統治していた暗黒時代に一切の進歩が止まった。その間に西洋は啓蒙時代で、文化が進み、アメリカ大陸から金銀などの富を収奪したことで力を増し、イスラム圏との力が逆転した。つまり、イスラムは西洋の近代に、文化も国力も完全に追い越し抜き去られてしまったのである。その癒し難い劣等感の裏返しか、イスラムは他の宗教や文化を見下し、誇り高く、排他的、閉鎖的である。

近代化して豊かになることや民主主義のためには世俗化が必要である。失うものを持っていないから、イデオロギー過剰がいつまでも続く。宗教が豊かになることを阻み、貧しさが宗教を原理主義的に過激化していく悪循環。どこかで、宗教改革を断行し、世俗化を経て悪循環を脱しないと、イスラム世界の本当の安定は得られないのかもしれない。

読み終えた皆さんの目には、どんなイスラムの未来が描かれているのだろうか。聞かせてほしい。

高橋 淳 1962年北海道生まれ。京大卒業後、京大血液・腫瘍内科から癌研究に転じて、現在九大生体防御医学研究所の准教授。全ての癌を発症前に予防できないか研究中。生来本好きで、父所蔵の日本・世界文学全集を読みあさり、哲学まで読んだのに、国語の成績はどん底だったトラウマを持つ。 

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