『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』 訳者あとがき

河出書房新社2015年11月19日 印刷向け表示
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グアンタナモ収容所 地獄からの手記
作者:モハメドゥ・ウルド・スラヒ 翻訳:中島 由華
出版社:河出書房新社
発売日:2015-11-19
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本書はGuantanamo Diary by Mohamedou Ould Slahi, edited by Larry Siems (Little, Brown and company, 2015) の翻訳である。

キューバ南東部に位置するグアンタナモ湾にアメリカの海軍基地がある。米西戦争後、スペインから独立したキューバ新政府によって、アメリカが租借することを認められたものだ。その後、ローズベルト政権時代の1934年に改めて条約が締結されると、アメリカ側の放棄、あるいは両国の合意がないかぎり、無期限に租借できると決まった。キューバ革命の成功のあと、キューバ新政権から返還を要求されるようになったのだが、アメリカはその条約を楯にし、グアンタナモ基地を使用しつづけた。

2001年の9.11アメリカ同時多発テロのあと、このグアンタナモ基地内に設けられた収容所に「テロ容疑者」が大量に送りこまれるようになった。アメリカは、「テロとの戦い」の名のもとに、テロへの関与が疑われる人びとを世界各地でとらえ、グアンタナモに集めた。領土外のグアンタナモでならば、捕虜の人道的待遇を義務づけた国際条約は適用されないという見地から、事実上、被拘禁者を無期限に拘束することも、残酷な方法で尋問することもできるというのだった。

実際のところ、グアンタナモに拘禁された人びとはどのように扱われてきたのだろうか。それをまざまざと伝えてくれるのが、2002年に無実の罪でそこに収容され、いまだ釈放されていないモハメドゥ・ウルド・スラヒ氏が、2005年の夏から秋にかけて執筆した手記である。その文章は、アメリカ軍の検閲によってところどころ黒く塗りつぶされているものの、いま、まさにグアンタナモの独房に入れられている人物の声であることもあって、たいへん貴重なものだ。

スラヒ氏は、ドイツの大学の学生だった1991年と1992年にアフガニスタンに渡り、共産政権との戦いのため、当時アメリカに援助されていたアルカイダの施設で軍事訓練を受けた。アルカイダとの関係はそこで終わったが、現地で知りあった数人と連絡をとりあうことがあった。さらに、妻の姉妹がアルカイダの重要人物と結婚していたから、義理の兄弟としてその人物とも連絡をとりあっていた。また、カナダのモントリオールに住んでいたころに通ったモスクには、時期は異なるものの、あるテロ未遂事件の犯人も出入りしていた。敬虔なイスラム教徒で、語学に堪能で、イスラム義勇兵として戦ったこともあるスラヒ氏の経歴は、アメリカ側にしてみれば、テロリストであることを疑うに十分なものなのかもしれない。しかし、彼がテロに関与した証拠はいっさいないのである。

スラヒ氏がモーリタニアの自宅から連れだされてから、今年でもう14年になる。彼は、何らかの罪状によって裁判にかけられることもなく、延々と尋問されるばかりの地獄のような日々を送ってきた。本書には、非人道的な扱い、拷問、虐待を含むその実体験が生々しく綴られている。無実でありながら残酷な仕打ちを受けつづけているスラヒ氏だが、怒りや憎しみの感情に流されることなく、起こったありのままを具体的に記し、自分の心のありようを率直にしたためている。異常な状況下にあっても、観察眼を働かせ、周囲の人びとを人間として理解しようとする態度には、彼の誠実さと知性とがあらわれているように思えるのだ。彼が一日も早く釈放され、自分の人生をとりもどせることを祈っている。

2008年のアメリカ大統領選のとき、バラク・オバマ氏は「チェンジ」を合言葉にいくつかの革新的な公約を掲げ、そのなかにはグアンタナモ収容所の閉鎖も含まれていた。実際、大統領就任後まもない2009年1月、グアンタナモ収容所を一年以内に閉鎖することや、テロ容疑者に対する過酷な尋問を禁止することなどを大統領令として発令している。ところが、テロ防止の観点からすれば危険であるという共和党勢力の主張に圧され、それらはいまだ実現に至っていない。2015年7月、アメリカとキューバは54年ぶりに国交を回復した。今後グアンタナモ基地の租借の件がどうなるのかも含め、注意して見ていきたい。

2015年11月 中島 由華  

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