『ペルシア王は天ぷらがお好き?』言語学から見る食の歴史には、驚きがいっぱい!

鰐部 祥平2015年11月18日 印刷向け表示
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ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史
作者:ダン・ジュラフスキー 翻訳:小野木明恵
出版社:早川書房
発売日:2015-09-17
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天ぷらの語源がポルトガル語の「調理」を意味する「tempero」だとされることは、今日では多くの人の知るところであろう。しかし、この天ぷらという料理の起源をたどると、古代ペルシアの「シクバージ」と呼ばれる肉の甘酢煮料理にたどりつくことを、どれほどの日本人が知っているだろうか。本書はスタンフォード大学で言語学とコンピューターサイエンスを教える教授が言語学の観点から、料理にまつわる様々な歴史的事象を面白おかしく、多くのトリビアを織り交ぜながら紐解いていく、一風変わった作品だ。

さて、話を天ぷらに戻そう。ここまで読んで多くの人は、なぜ肉の煮込み料理であるシクバージが揚物になったかという事に疑問を持つであろう。この問題の鍵は酢という食材と船乗りたち、そして中世キリスト教の厳しい戒律にあるという。ササン朝ペルシアの王ホスロー一世の大好物であったシクバージは宮廷料理らしく非常に手の込んだ煮込み料理だ。レシピは本書に譲るとして、この料理のレシピを見るかぎり、魚の揚物料理に繋がる道は見えてこない。

しかし、酢という食材にそのヒントがある。酢には非常に強い抗菌効果があり、この点に船乗りたちが目を付けた。はっきりしたことはわかっていないものの、酢の抗菌効果で日持ちのするシクバージは保存食の一種として、船乗りたちを通して地中海世界へと広がっていった。肉という食材から魚へと食材が移り変わったのも、こうした船乗りたちの影響があったのかもしれないという。13世紀にはエジプトで揚げた魚に甘酢のソースをかける魚のシクバージ料理のレシピが残っている。

しかし、中東では一般的なシクバージと言えば、やはり肉の甘酢煮料理であったという。亜流である、魚のシクバージを大々的に受け入れ発展させたのは実はヨーロッパだ。

今では想像できないのだが、当時のヨーロッパではキリスト教により厳しい食事制限が課せられていたという。一説では一年の内の半数は肉、乳製品、卵を口にできなかったという。こうした社会背景の下で魚のシクバージは受け入れられ、名称と料理方法を変化させながら普及していくことになる。やがて、この中東に起源をもつ料理はユダヤ人を介してイギリスに渡り、イギリスの伝統料理「フッシュ・アンド・チップス」となり、一部はスペイン人の手により南米大陸に到達し「セビーチェ」となり、ついにはポルトガル人の手で日本にもたらされ、天ぷらへと発展したという。何とも壮大な物語であると同時に人間の活動のダイナミックさを秘めた話である。

さて、その他にも興味深いトリビアとしてはケチャップの話も外せない。ケチャップといえば一般的にはトマトが使われている。しかし、ケチャップはトマト・ケチャップと表記されることが多い。これはよく考えればおかしな話だ。日本で例えるなら、大豆味噌とでもいうようなものだろうか。このことからもわかるように、アメリカのファストフードの調味料の代名詞ともいえるケチャップも実はアメリカ生まれではない。また元はトマトを使った調味料でもなかったのだ。

実はケチャップとは中国語であり、中国の福建省がその発祥の地なのだという。ケチャップとは中国南部、現代の福建省あたりで食べられていた、魚の発酵食品がその起源だという。元々はモン・クメール族やタイ族といった人々が水田などで獲れた淡水魚を発酵させピリッとしたペーストにして食べていたという。この発酵の技術が日本に伝わり、味噌や鮨へと発展していったことは想像に難くない。一方で船乗りたちを介し西へと伝播していく過程でケチャップはその姿を大きく変え、現代のアメリカを代表する調味料へと発展していったという。

他にも現代では西洋料理のように思われているシャーベットやアイスクリームなども元をたどればイスラム圏がその起源であることなど、食に関する驚きで本書は満ち溢れている。

私たちは近代的なナショナリズムが形成された後に生まれた世代だ。そのため、しばしば自国の文化や伝統が孤立した一個の民族の中の創造性からあふれ出てきたように錯覚しがちなのかもしれない。

しかし、本書を読めば、独自の伝統や郷土料理のように思われている物の多くが、どこか別の地域で発生し、膨大な距離をゆっくりと移動して行く過程で様々な風土の下で培われた文化と融合し現代の姿にいたっていることを教えてくれる。

著者はコース料理の名称のアントレという言葉がアメリカとフランスではなぜ異なるのかという問題を解きほぐしていく過程で、本来の言葉の意味や料理が、それぞれの文化でどのように変化し、どう解釈されていくのかを見事に描き出す。一見、本場に見え、かつ格式が高いはずのフランス料理の名称が必ずしも絶対的な正解ではないという事実を炙り出す。何がオリジナルかなどという論争の愚かしさに多くの読者は気づくはずだ。

結局、文化とは様々な風土に育まれた伝統が人間の移動と共に各地に伝わり、やがて絶妙に混ざりあったて形成されていくものなのだ。そう考えれば、ときどき話題になり、日本人のナショナリズムを刺激する、海外の変な鮨に関する問題も新しい視点で見ることが出来るかもしれない。鮨が海外に渡り、その土地の風土や文化と混ざり合いながら現地化していくのは自然なことであり、日本人がその事にとやかく言うべきではないのだろう。ただ、個人的にそのような海外の変わりネタ鮨を食べるかどうかは、また別問題ではあるのだが……

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