地場の小売店が地域の一員として商売を続けていくことのヒント『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』

2015年11月27日 印刷向け表示
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まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す

作者:田口 幹人
出版社:ポプラ社
発売日:2015-11-14

この人を見よ。
縮みゆく出版市場、実家の倒産、東日本大震災…かずかずの苦難をへて、なお前進しつづけるそのバイタリティの秘密とは?地方で生きていくということ、そして本と人が出会うことの意味を問う、生ける伝説の書店員、初の著作!

この本が入荷した日、東京、八重洲ブックセンター本店にはこんな文言のパネルが掲げられた。

この人を見よ。東京駅の前に位置する日本有数の有名書店が、発売初日に伝えたかった言葉。日本中から人の集まるこの書店で、お客様に伝えたかった言葉。この人を見よ。

そんな言葉が添えられたこの本は、さわや書店フェザン店店長田口幹人氏が著したものだ。さわや書店は、岩手県盛岡市に本店を持ち、2県10店舗を構える中堅地方チェーンである。さわや書店は書店業界内では知られた書店だが、大手ナショナルチェーンのように、日本全国で知られた書店というわけではない。そんな、ある意味著者名にインパクトのない本を、大手書店がビジネス書フロア長の一押しとして売り出す理由は何だろうか。多くの客が滞留する新刊のフロアでパネルを付ける理由は何だろうか。業界本であるが故の身びいきかと思われるならば、それは大きな間違いに違いない。日本各地の「地方」から、移動のために人の集まるターミナル駅に構える書店だからこそ、発信したい一冊だったのではないか。東京という「地方」出身者の塊のど真ん中でこそ、おすすめしたい一冊だったのではないか。私はそう推察している。

田口氏は、人口が8千人にも満たない山間部の町で、書店を家業とする家に生まれた。地域の人が店に集まって祭りの話をしたり、お茶を飲んだりするのを見ながら育ち、小学生でレジを叩いた。学生時代の後、盛岡市の書店に就職し、店売だけでなく外商も経験する。数年経験を積み、実家を継いだ氏は、大きな問題に直面する。少子高齢化と人口減少だ。多くの地方の小売業が今もまさに直面している問題、地域に人がいなくなっていく、お客様がいなくなっていく、ということ。人が少なくなれば、地域を回るお金も少なくなっていく、色んなものが零れ落ちていっているような寒々しい感覚は、もしかしたら実際に体験しないと分からないかもしれない。7年の後、支えきれずに看板を下ろした。銀行に頭を下げ続ける日々、家で交わされるのはお金の話ばかり、いつ、どのタイミングで店をたためば人にかける迷惑を最小限にできるのか―。地域で期待される役割を果たしきれないことへの申し訳なさ、仲間への罪悪感。祖父母の代から続く店を、自分がつぶしてしまうやりきれなさ。店を競売にかけた日、商品がすべてなくなった日。いかばかりの無念だったろう。しかしその後、田口氏はその無念を心に秘め、再度書店に就職した。これがさわや書店田口幹人の始まりである。

この本は、田口氏が書店員として積んできた経験の中から、書店の仕事をするうえで大切にしていることを具体例で紹介している。それはあくまでも書店の仕事のノウハウなのだが、実際に読んでみると小売業のノウハウ本であると言ってもいい。例えば、盛岡市にジュンク堂書店が出店してきたときのことである。ジュンク堂書店と言えば大型店舗を構え、多種類の書籍を在庫する全国屈指の書店チェーンである。ジュンク堂書店が700坪を超える規模で出店してきたとき、(しかも地図上で見るとさわや書店本店の本当にすぐ裏手である)160坪の書店はどうすれば生き残れるのか。同じような例は書店に限らない。電化製品、スーパーなど、大型店対個人商店、大型店対中規模店、小売の世界ではよく聞く話だ。田口氏は「身の丈の商売を考える」という。

もともと本屋は身の丈の商売だったはずです。本という「知」の結晶を「血」にたとえるなら、大型店は静脈と動脈であり、まちの本屋は毛細血管です。どちらの血管が優れているということを論じる人はいないでしょう。大型店の出店によって売上を奪われたと嘆く前に、小さな店の役割を再度見つめ直すことが大切だと思います。地域の隅々まで健全な「血」を供給するために、毛細血管としてどんな役割が果たせるかを。

田口氏の「身の丈」に対する考え方が非常に興味深く、またそれこそが、さわや書店が今もジュンク堂書店だけでなくTSUTAYAや未来屋書店、地場書店の雄・東山堂書店各店が林立する中で営業を続け、地元の支持を受け続ける理由なのではないかと思われる。地場の小売店が地域の一員として商売を続けていくことのヒントになるはずだ。

今さわや書店は「外商」を通じて地域と新しい関係を築こうとしている。毛細血管として体の隅々まで届き、体の声を聞き、体が必要としているものを提案し、体がさらに元気になるような栄養を運ぶ。それは新しい売り方を作るということでもあるし、需要を創出するということでもあるが、田口氏は「まちづくりへの参画」であると言う。

店頭も外商もすべて含めて、この本屋は何をしようとしているのかを、トータルで提案していかないといけない時期に来ているのではないかと思いました。そもそもさわや書店というのは、どういう存在でいたいのか。本を売る場所であることは大前提ですが、地域の中でどういう役割を担っていきたいのか。地域のためにどれだけのことができるのか。本を介して、どんなことを地域に提供できるのか…。
そういうことをしっかりと考え、パッケージとしてお客さまに買っていただく方法を確立させていく。先にこうした考えを持って、現場とつなげていく。

まちづくりなどというと、人によっては聞き古した言葉だと思われるかもしれない。しかし、実際の事例を読むと、一冊の本がある場である人々に出会った時に起こる爆発的な力に驚いてしまう。そして、書店が関わる、本を介在させた「まちづくりへの参画」に新しい可能性を感じる。自分の業態が生み出すオリジナリティを武器にする。自分たちがどういう企業でどのように地域に中で立っていきたいのかを明確にする。地域につなげるパイプを作る。それを持って地域に貢献する。そしてそれは献身ではなく、小売業としてのリターンも受け取るものである。その考え方は、むしろ、まちづくりに関わる際に忘れてはならない基本なのかもしれない。

しかし、田口氏がこのような方向に舵をとったのは、本とまちが関わる未来を強く信じる出来事があったからではないか。2011年3月11日、東日本大震災が起こった。津波被害を受けた岩手県釜石市には、さわや書店釜石店がある。津波による直接の被害を被ることなく、地震による被害はあったものの、3月19日より営業再開した。田口氏を含めた系列店のスタッフは車で釜石店に向かった。店の中にはほとんど本が残っていなかったという。

店を開けると、お客さまがなだれ込んできたのだ、と現地のスタッフは話してくれた。とにかく何でもいいから本を、とみんなが奪うように買っていったのだという。あれから荷物も入荷していないので、棚も平台もカラッポになっているのだ、と。

田口氏は思った。少しでも日常を取り戻すために身近にあったものが手に入らないかと考えたときに、人々が思い出したのが本だったのではないか。本は嗜好品ではなく、必需品なのだ。本屋は単なる嗜好品を扱う場所ではない。そこになければならないものだったのだと。

本書を読み進めるうちに感じるのは、やはり、この人は本が好きなのだ、ということだ。本が好きで、本の持つ可能性を信じている。本書で語られることは、小売業としての書店の在り方であるが、利益を出すということと本を愛し、信頼するということは共存できるのだ。まちに本屋があることの必要性を肌身に感じているということもわかる。

このような商材や業態への向き合い方は、果たして特殊なものだろうか。本書は小売業としてのノウハウ本であると同時に、誇りを持って働くとはどういうことか、それを問い直す一冊でもある。

※田中大輔のレビューはこちら

おもかげ復元師

作者:笹原留似子
出版社:ポプラ社
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