『エロ本黄金時代』Wikipediaではわからない歴史がある

栗下 直也2015年12月23日 印刷向け表示
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エロ本黄金時代
作者:本橋 信宏
出版社:河出書房新社
発売日:2015-12-02
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表紙とタイトルから想像できないが、文体も内容も驚くほど硬派だ。エロ本を論じているのに全くエロくない。確かに小中学校のPTA会長のお母様が白目をむくような内容も含まれるが、XVIDEOSで毎日が絢爛豪華のエロのフルコース状態の21世紀の男女には時代を切り取った、ひとつの産業ノンフィクションとして楽しめるはずだ。

エロ本が存亡の危機に立たされて久しい。本書を読んで驚いたが、『べっぴん』、『すっぴん』、『デラべっぴん』、『ビデオボーイ』の英知出版の四誌合計で毎月100万部以上発行していた。『投稿写真』は30万部、『ザ・ベストマガジン』はピーク時には100万部に迫ったとも言われる。出版不況とはいえ、かつて僕らを猿にさせたエロ本は部数減に歯止めがかからず、いずれも廃刊に追いこまれている。

 
90年代中頃には、本書の言葉を借りれば「パソコンのモニターを見ながらオナニーできるわけがない」と業界関係者は楽観視していたが10年も経たずに現実になった。血眼になって全ての頁を3往復くらいしながら吟味し、毎晩のオカズを探し求めた作業は30代未満にしてみれば昭和の遺物なのだ。
 
本書はエロ本に造詣の深い書き手が、エロ本の変遷や関わった人物に取材し、エロ本が担った社会的役割を浮き彫りにしているが、90年代初頭まで、エロ本周辺にはパワーがあふれていた。時代そのものに活力があったとの指摘もあるかもしれないが、エロ本界隈に、むき出しの欲望を受け止めるだけの熱量があったのは確かだろう。
 
そのひとつが丸見えおっぴろげのエロが流通する現代には見られない涙ぐましい努力だ。例えば、英知出版や、AVメーカー宇宙企画のかつての経営者で村上龍も注目して取材に訪れた山崎紀雄は女優を引き立てるために徹底的に素材にこだわった。
ブラウス、スカート、ハイソックス、みんな僕が決めていた。ハイソックスは綿じゃだめだ。セーラー服は紺の汚いものではだめ。光が当たったら、そこだけとんで若干ライトブルーになるセーラー服がいい。イブサンローランの生地を買ってきて、オリジナルの制服を作らせました
肌の質感を浮き彫りにするには、包む素材も繊細じゃないと出てこない。目の細かい絹ごしの下着を選ぶんです。-中略ーあのころのパンティは木綿の雑巾みたいなのがついていたんです。股の部分が二枚重ねになっているのをハサミで切って一枚にしたんです。いまでは当たり前だけど、あのときは無かったんだから
 
透けるのか、透けないのか。どこまで透けるか。そんなに透けちゃってよいのだろうか。今となってはどうでも良さそうな問題であり、実際、どうでも良いのだが、当時の僕らは一念岩をも通すと言う言葉を信じて、モデルの布切れの向こう側を見通そうと必死に目を血走らせていたではないか。制作者の布切れ一枚への極限のアプローチがあったからこそ、僕らは可能な限り妄想を膨らませ、痛いくらい股間を膨らませることができたのだ。
 
もうひとつが、産業の勃興期にある「面白ければ、何でもあり」感だ。
 
業界に詳しい本橋信宏と東良美季の対談における80年代のエロの勃興から衰退への言及が印象的だ。
サブカルチャーっていう斜めから見る視点が許容されるようになった時代でしょ。-中略ー今までのわけのわかんない、エロの広告とネタだけで埋まったものじゃなくて、雑誌でカオスなんだな。だから買っちゃう(本橋)
 
実際、70年代末に自動販売機で売られるエロ本「自販機本」の中には山口百恵のごみ漁りをしたり、蛭子能収のヘタウマ・マンガを載せたり、エロとも関係ない上に、内容に脈絡のない本も登場。その後、自販機本は桜沢エリカがウンコの絵を載せたり、岡崎京子がマンガを描いたり、当時は無名だが今となっては豪華な面子が経験を積んだ。
 
意味を追求せずに、面白いものをひたすら追及する。アダルトビデオが普及しても、その姿勢は変わらない。ビデオ批評のページが設けられたが、駄作を撮った監督に「田舎に帰れ!」など辛らつなレビューが少なくなかった。モデルの融通などで、持ちつ持たれつのエロ本とAVの関係性を考えれば今ではありえないことだろう。
 
だが、エロが巨大マーケットになり、インターネットの足音が聞こえ始め、産業が成熟すると、コストや合理性が見え隠れし、崩壊に向かう。
実用に寄っていけば寄っていくほど売れなくなる。なぜかっていうと、実用を求める人たちは浮動票なんです。--コアなファンが減ると、エロ雑誌って必ず失速するんですーーもちろんエロも欲しいんだけど、いちばん大切なのは、社会のエッジにいるような感覚だと思うんです(東良)
 
AVが成熟化で曲がり角を迎えると、エロ本はDVD付きの単なるビデオ紹介本に成り下がった。AVメーカから提供される素材のみで構成したため、コストも抑えられ部数も当初は悪くなかったが、結果的には自らの首を絞めることになったのは歴史が証明している
 
エロ本の厳しい現状と、あるのかわからない未来にも言及する。多くのエロ本をプロデュースしてきたコアマガジン社長の中沢慎一はエロ本が読まれない理由を「ハッキリ言って、面白くないからだよ」と答える。かつてと異なりエロ本を扱う出版社自体がメジャー化したことや制約が多すぎるため、身動きがとりにくなった背景もあり、アダルト雑誌は消えていく運命だと示唆する。自縄自縛に陥り、健全を志向したエロ本ほど面白くないのは確かだろう。
世の中にはいかがわしいもの、ウサン臭いものは必ずあるわけでさ。ー中略ー社会に受け入れられない部分を本にするのがエロ本屋だと俺は思っているから。だから、反社会的なエロ本屋の本質、それをどう失わずに社会に対応していくか、それが今後の問題だろうけど。まあ難しいだろうな、きっと
 
中沢の上記の発言は09年のインタビューの抜粋だが、彼が発行人だった『ビデオ・ザ・ワールド』も13年5月に休刊した。その意味については「エロ本時代の終わり」として本書でも詳しく触れられている。
 
本書は、本橋と東良が中心に書き手が好きなことを好きなように書いている。例えば、伝説のエロライター奥出哲雄には、本書では全260ページのうち、2編40ページを費やしている。「誰だよ、奥出哲雄」と突っ込まざるをえないし、実際、Wikipediaで調べても出てこないのだが、読み終えると奥出哲雄が気になって仕方がなくなる。内容に統一感がなく雑多だが、読者の関心を思わぬ形で惹きつけるところがまさに全盛期のエロ本の構成そのものであり、黄金時代の息遣いを感じさせる。 
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