『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』知の力を信じるということ

麻木 久仁子2015年12月24日 印刷向け表示
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五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後
作者:三浦 英之
出版社:集英社
発売日:2015-12-15
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日中戦争当時、傀儡国家・満州国の最高学府として設立された国策大学が「満州建国大学」である。満州国の将来の指導者たる人材の育成と、満州国の建国理念である「五族協和」の実践の場として、日本人・中国人・朝鮮人・モンゴル人・ロシア人といった様々な民族から選抜された若者たちが6年間寝起きを共にしながら切磋琢磨する。すべて官費で賄われ授業料も免除という条件の良さもあり志願者が殺到、2万人の中から選ばれた150人が入学を許されるという狭き門で、まさに彼らはスーパーエリートだった。

満州建国大学は「五族協和実践の成果」を国際社会に発信するための広告塔でもあった。国際化をうたいながら在校生はほとんど日本人だった各地の帝国大学とは違い、日本人は定員の半分に制限され、残りは各民族に割り当てられる。カリキュラムも日本語や中国語の他、英語・ドイツ語・ロシア語・モンゴル語等々自由に学ぶことが出来、禁書扱いになっているような書物も図書館で自由に読むことが出来た。

なにより驚くべきことに、学生たちにはある特権が与えられていたという。
「言論の自由」である。
学内では民族に関わらずすべての学生に等しく「言論の自由」が認められており、公然と日本政府の政策を批判することも許されていたというのだ。

その特権は彼らのなかに独自の文化を生み出した。塾内では毎晩のように言論の自由が保障された「座談会」が開催され、朝鮮人学生や中国人学生たちとの議論のなかで、日本政府に対する激しい非難が連日のように日本人学生へと向けられたのだ

同世代の若者同士が一定期間、対等な立場で生活を送れば、民族の間に優劣の差などないことは誰もが簡単に見抜けてしまう。彼らは、日本は優越民族の国であるという選民思想に踊らされていた当時の大多数の日本人のなかで、政府が掲げる理想がいかに矛盾に満ちたものであるのかを身をもって知り抜いていた、極めて希有な日本人でもあった

「五族協和も建国大学も、侵略戦争をごまかす道具ではないのか。」
徹底的に議論する。様々な言語が飛び交う。時にはつかみ合いにもなる。徐々にお互いが何を考えているのか、何を背負っているのかわかってくる。互いの痛みがわかってくる。

互いの痛みがわかるようになると、人間は大きく変わっていくのです

こうして学生たちは出自を越えて絆を結んだ。傀儡国家の広告塔という大学設立の思惑を越えて、それぞれの理想を実現しようと必死に学び始めるのである。

だが、日本の敗戦ですべては幻と消えた。
わずか8年しか存在しなかった満州建国大学に関する書類はことごとく焼かれ、卒業生たちは口を閉ざした。

日本人学生の多くは敗戦直後のソ連の不法行為によってシベリアに送られ、帰国後も傀儡国家の最高学府出身者というレッテルにより、高い学力と語学力を有しながらも多くの学生が相応の職種に就くことができなかった

中国人やロシア人、モンゴル人の学生たちの多くは戦後、「日本の帝国主義への協力者」とみなされ、自国の政府によって逮捕されたり、拷問を受けたり、自己批判を強要されたりした。ある学生は殺され、ある学生は自殺し、ある学生は極北の僻地に隔離されて、馬や牛と同じような環境で何十年間も強制労働を強いられた

多くの卒業生たちが記録を残すことを好まなかったのは、文字として記録されたものが証拠となって異民族の学生やその家族に弾圧が及ばないかということを極度に恐れたからだという。が、いつかまた、顔をあわせて自由に言論を戦わせることの出来る日がきたときのためにと、戦地や抑留先から戻ったかれらは互いに連絡先を探り合い、密かに同窓会名簿を編み続けていた。国交が断絶しているときでも様々なルートをつかって学友の行方をたどってはひとりひとりの連絡先を記録し続けていたのである。建国大学出身者、約1400人。だが安否がわからないものも多い。

五族協和という偽善のスローガンを、そのまま実践しようとして歴史の中で消えていったかつての若者たちは、どんな思いで学び、どんな戦後を生きたのか。日本、中国、モンゴル、韓国、台湾、カザフスタンと、各地に散らばる卒業生たちを訪ねる著者の旅が始まる。存命の卒業生も、取材当時ですでに85を過ぎた高齢である。まさにひとりひとりとの一期一会の機会が積み重ねられていく。たがいの祖国が交戦状態にある、あるいは植民地をして支配する側とされる側に分かれているなかで、かれらはほんとうに対等な関係を築けていたのだろうか。それぞれ故郷をはなれて人工国家の満州で学ぶことを決めたのはどんな思いがあったからなのか。何をもとめていたのか…。

国民党軍の捕虜となり、国共内戦の最前線で戦わされた日本人学生。抗日運動に身を投じ獄につながれた中国人学生。ソ連に送還され収容所おくりになった白系ロシア人の学生。戦後70年を生き抜いて、今日ようやく語られるそれぞれの人生はとても重い。

が、それぞれが様々な道のりをたどっていても、かれらに共通しているのは「知の力」を信じていることだ。満州建国大学がどんな理想を掲げようが矛盾をはらんでいることを彼らは当然感じていた。それでもなお、だからこそ、かれらは真剣に悩み答えを求めて議論し続けた。国家とは、民族とは、故郷とは何か。自分の使命とは何か。その答えにたどりつこうと悩みもがいたことで身に付いた知の力が、理不尽に耐えなくてはならないときにも心の支えとなったのである。

そして、政治体制にかかわらず、権力というものが知の力を恐れるのもまた共通している。とくに「野にある知」を権力がいかに疎んじるか。「まつろわぬものたちの知」をいかに恐れるか、いかに粗末にあつかうか。取材が重ねられるなかで浮かび上がってくるのだ。

衝突を恐れるな。知ることは傷つくことだ。傷つくことは知ることだ

歴史を学ぶということは、悲しみについて学ぶことである

いつの日か、私たちが再び会える日が来たときに、恥ずかしい思いをしたくないと思ったんです。

だから、私も頑張ろうと思ったんです

建国大学同窓会は事実確認などの原稿の裏取り作業にも多大な協力を惜しみなく注いでくれたそうである。いまだ満州建国大学の記録が身の危険につながりかねない環境に生きている同窓生もいることに配慮し、同窓会の幹部たちと何度も話し合って本書は完成した。

無念をいだいたままこの世を去った同窓生たちの声なき声にも思いを馳せ、学ぶということの意義にも謙虚な気持ちにさせられる作品だった。

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