『雇用身分社会』歴史とデータで掴む雇用の現在地

山本 尚毅2015年12月26日 印刷向け表示
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雇用身分社会 (岩波新書)
作者:森岡 孝二
出版社:岩波書店
発売日:2015-10-21
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  1970年代の日本では、中間層の膨張が誇張され、「一億総中流」という言葉がよく使われた。しかし、90年代初めのバブル崩壊後の長期不況の中で、年収300万円未満の所得階層が大幅に増加し、全体の過半数に達した。その一方で、300万円以上の所得階層が大幅に減少して、日本は「中流社会」から「格差社会」に移行したと言われるようになった。その格差社会への移行の本質は、雇用身分社会への移行であったのではないか、といのが本書の大筋だ。

すでに隠蔽できない事実として、正社員、派遣、パート、アルバイトと雇用形態の違いにより、待遇に明確な差がある。たとえば、待遇では、派遣社員は社員食堂を使うことはできないこと、正社員とパートは同じトイレは使えないことだ(本書内では会社名も明らかにされている)。

また、雇用形態ごとの賃金格差は学歴の違いによる賃金格差よりはるかに大きい。他にも労働時間、未婚率、若者の非正規雇用率、子どもの貧困など、身分別にデータがまとめられており、身分ごとの格差が浮き彫りにされている。そして、どの立場であろうと、時系列データを見ると目を塞ぎたくなる右肩下がりの現状に、暗い気持ちにならざるを得ない。

そのような労働者の置かれた状況が、戦前の雇用状況や労働環境と類似した構造があると著者あは考察する。『あゝ野麦峠』や『女工哀史』の時代だ。東洋のマンチェスターと呼ばれていた当時、徐々に労働問題が噴出しはじめており、労働者保護のための法律制定の是非が農商工高等会議で取り上げられた。その際、『論語と算盤』の著者である渋沢栄一は、大阪紡績の提唱者かつ東京商工会議所会頭の立場から次のように述べた。

夜間の仕事をさする方が、算盤の上で利益であるから、やって居る、為に衛生の上から云うと、害があって職工がだんだん衰弱したと云う事実は、能く調査は致しませぬが、まだ私共見出さぬのでござります

当時、紡績工場での労働時間は公表11時間だったが、実際には居残り残業を含め、12時間を超え、長い場合17〜18時間に達していた。労働者は雇用主にいいように使われる弱い立場であり、今でいう過労死、自殺は当たり前、人身売買に近しい契約で女工は集められ、自由のない厳しい監視下で働き詰めの生活を送り、使えなくなれば消耗品のように捨てられていた。

戦前の劣悪な労働環境は1947年に労働基準法が制定され、法定労働時間が8時間に定められた。しかし、2011年の調査では30代から40代の働き盛りの男性の三人に一人は週60時間以上働く。また、正社員の16%は年次有給休暇を1日も取得していないというデータもある。2014年に問題になった牛丼チェーンでは、恒常的に月500時間以上働いていた社員がいたという驚愕の事実も報告された。

一度は改善されたように思えた労働者の環境が変容したのは、1980年代後半から雇用・労働分野の規制緩和がきっかけである。派遣法に限っても、労働者派遣法の成立、対象業務の拡大、派遣受入期間の延長と、改革は現在もとどまることはない。

また、正社員の扱いは現政府の改革テーマであり、「多様な正社員」を普及する道の半ばだ。改革論における正社員の特徴は、終身雇用を意味する「無期雇用」であり、正社員の職務、勤務地、労働時間が無限定であるのは無期雇用の代償と見なされている。今後は、サービス残業や長時間労働を強いられる可能性がある無限定正社員と、一方で職務、勤務地、労働時間などが特定され賃金が抑え込まれている限定正社員に二分化していく。

改革が実現すれば、非正規雇用の労働者の立場から見れば、条件付きで正社員の転換への道は開けることになるが、正社員の地位そのものが、すでに安定したものではない。業績悪化による突然のリストラ、社内失業や追い出し部屋、うつ病診断からの病気休職・自主退職の勧奨など手口は巧妙化している。さらに改革案には、40歳定年制の導入も検討されている。たてまえでは「雇用形態の多様化」となるが、実態は雇用形態間の身分差により、社会的序列を生んでいる。

一労働者としてお先真っ暗な気持ちにさせられ、心乱される本だが、冷静に労働環境の現状を理解するにはもってこいだ。年末年始に、転職や独立など身の振り方を定めようとしているサラリーマンには、読むに値する一冊である。

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21世紀の資本
作者:トマ・ピケティ 翻訳:山形浩生
出版社:みすず書房
発売日:2014-12-09
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  ちょうど、一年前に世間を騒がせた。格差は長期的にはどのように変化してきたのか?がわかる。

AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)
作者:小林 雅一
出版社:講談社
発売日:2015-03-19
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  昨年から今年にかけて、人工知能と仕事の話は話題になったテーマ。冬木のレビューはこちら

年収は「住むところ」で決まる  雇用とイノベーションの都市経済学
作者:エンリコ・モレッティ 翻訳:池村千秋
出版社:プレジデント社
発売日:2014-04-23
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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