『馬を飛ばそう』 創造的プロセスなどない、あるのは創造的な成果だけだ

2016年1月12日 印刷向け表示
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馬を飛ばそう

作者:ケヴィン・アシュトン 翻訳:門脇 弘典
出版社:日経BP社
発売日:2015-12-18
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 真に創造的な成果は、天才のひらめきによってもたらせられる。過去の偉大なアイデア誕生にまつわる多くのエピソードが、天才の思考法に基づく創造力が凡人のそれとはいかに異なるかを雄弁に語っている。

1815年にある雑誌に掲載されたモーツァルトの手紙は、彼の交響曲や協奏曲は完成された状態で、あるとき突然に彼の脳内に降りてきたことを伝えている。アルキメデスは湯船に浸かっているときに、「ユーレカ、ユーレカ!」と叫んで、純金と金と銀の合金を見分ける科学的に正しい方法を思いついた。モーツァルトの事例はロジャー・ペンローズ『皇帝の新しい心』など多くの書籍で創造的思考を示す事例として引用され、アルキメデスは「アハ・モーメント」の元祖として瞬間的インスピレーションの大切さを教えてくれる。

しかし、モーツァルトの手紙は彼が書いたものではない捏造品であることが明らかとなっており、アルキメデスが瞬時に思いついたとされる「王冠と同じ重さの金塊と銀塊を用意し、それぞれ水に沈めたときにあふれた水をはかってみる」方法では表面張力や測定誤差で正確な測定ができないことが知られている。

それでは、神話のベールを剥がして見えてくる創造のプロセスの真実はどのようなものなのか。それは、地味で苦痛に満ちた道のりだと著者は説く。モーツァルトは下書きを何度も繰り返し、ときには先に進むことができず悩みながらも数々の傑作を完成させ、アルキメデスは思考と実験をしつこいほど繰り返して「王冠の重さを水中で量る」というより正確な手法にたどり着いたのである。

P&Gに勤務する普通のサラリーマン時代にIoT(モノのインターネット)のコンセプトを創りあげた著者は、自らの革新的な創造体験を通して、創造にはあまりにも多くの誤解がまとわりついており、その本質が理解されていないと痛感した。そして、本書では創造が本当はどのようなものであるかを、歴史的な創造の事例や創造力に関する研究結果を深掘りながら追求していく。「創造は誰にでもできる」「思考プロセスは誰でも同じ」「ブレインストーミングは効果なし」という、刺激的な章題や小見出しを裏切ることのない、刺激的な議論が展開し続ける一冊である。

著者は創造の本質を以下のように表現する。その姿は、天才、クリエイティブという言葉から思い描かれるものとは大きく異なる。

朝早く起きて夜遅く帰宅し、デートの誘いを断って週末を返上し、書いては書き直し、見直してはやり直し、機会的な処理とルーティンをこなし、頭を抱えながら白紙をにらみつけ、どこから始めたらいいのかわからないまま足を踏み出し、壁にぶつかっても進みつづける。楽しいこともロマンティックなこともなく、たいていは面白いと思えることもない。

生み出された成果が創造的であればあるほど、その誕生までのプロセスも通常とは異質でクリエイティブなものだ、何か特別なクリエイティブ・シンキンギがあるはずだ、と考えてしまう。ところが、「歩くプロセスが誰でも同じであるように、考えるプロセスもみな同じだ」という。創造とはあくまでも結果なのだ。エベレスト登頂に成功した人が諦めることなく歩き続けたように、創造的アイデアを生み出した偉人達も戸惑い、ルートを修正しながらも諦めることなく思考を続けたのである。歩き方に頭を悩ます前に、まず歩き始めなければどこにもたどり着くことはできない。

もちろん、地図や十分な装備もなく、事前の体力トレーニングをすることもなく冬山に挑むのは勇敢ではなく、ただの無謀である。本書には愚直に、何度も思考を繰り返すために役立つティップスや、創造的プロセスを妨げる様々な罠も紹介されている。例えば、あらゆるビジネスシーンで活用されるほど浸透したブレインストーミング(ブレスト)は、効果があるどころか創造の邪魔になるという。「アイデアを否定しない」「どんなに変わっていて突飛なアイデアでも出してもよい」というブレストのルールはいかにもクリエイティブな雰囲気を感じるが、多くの研究がその効果を否定している。研究結果が導き出した最良のアイデア創出法は、1人で作業をしながら、生み出された成果に都度評価を行うことである。大人数でアイデアを出しあい、評価を先延ばしにするというのは、最悪の方法なのだ。

創造が1人の天才だけによるものではないことを示す、1676年のニュートンの言葉に「私がこれまで遠くを見てこられたのは、巨人たちの肩に乗っているからだ」というものがある。あの大ニュートンによる万有引力の法則などの成果も、先人達の功績がなければ成し得なかったものであることを的確に示した素晴らしい言葉だ。しかし、このニュートンの格言は1615年に出版された本の言葉をもじって作られたものなのだ。つまり、この名言もまた、巨人の肩に乗って創りだされたものだったのである。この話にはさらに続きがあり、この格言の出典は1130年頃の哲学者にまでさかのぼれる。

本書を読み終えれば、創造しないことにもはや言い訳できなくなる。自分は天才ではない、素晴らしい仲間がいない、十分な知識がない、というのは創造の妨げにはならない。必要なのは強い思いと、それを現実のものにしようとする行動だけ。もちろん、性別や人種、性的嗜好などまったく関係がない。人類は創造することなしに生き残ることができないのだから、創造の機会はすべての人類に開かれていなければならない。

創造することで生き残る人間が、創造できる主体を限定してはならない。創造する人数が増えれば創造物も増える。平等は、一部の人間には正義を、すべての人間に豊かさをもたらす。

ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

作者:エド・キャットムル 著 翻訳:石原薫 訳
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2014-10-03
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ピクサーはどのようにして次々とクリエイティブな作品を生み出しているのか。継続的にクリエイティブを創出し続ける組織がどのように誕生し、運営されているのかが詳細に語られる。レビューはこちら

コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと (NHK出版新書 458)

作者:川上 量生
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ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか

作者:ピーター・ティール 翻訳:関 美和
出版社:NHK出版
発売日:2014-09-25
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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