『でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相』驚愕の結末

東 えりか2016年02月17日 印刷向け表示
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でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相 (新潮文庫)
作者:福田 ますみ
出版社:新潮社
発売日:2009-12-24
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2003年、全国で初めて「教師によるいじめ」と認定される体罰事件が福岡で起きた。ひとりの教師が担任の児童を執拗に苛め続けて、「早く死ね、自分で死ね」自殺を強要し、その子供はPTSDによる長期入院に追い込まれてしまった……。

この報道がなされると、雑誌やテレビでは鬼か悪魔かというくらいの勢いで「殺人教師」について大きく特集を割いた。両親、特に母親からの訴えは、息子を守ろうとする必死さに溢れ、学校、教育委員会とも非を認め教師に謝罪させている。

でもそれは、クレーマーな親による「でっちあげ」であったのだ。冤罪であると同時に凄まじい濡れ衣だった。そもそも結局誰も死んでないのに「殺人教師」と名付けることがすごい。モンスターペアレントという言葉がまだない頃の事件である。

事件のあらましはこうだ。被害を受けたとされる4年生の児童、浅川裕二(仮名)の母親、浅川和子(仮名)は、この川上譲教諭(仮名)が、2003年5月に実施した家庭訪問の際に、、和子の祖父がアメリカ人であることを聞きアメリカ批判を展開。「日本は島国で純粋な血だったのに、だんだん外国人が入って来て穢れた血が混ざってきた」と発言したという。

この家庭訪問の翌日から、教諭による凄惨ないじめが始まった。「アンパンマン」(両頬を指でつかんで強く引っ張る)、「ミッキーマウス」(両耳をつかんで体が浮くほど強く引っ張る)、「ピノキオ」(鼻をつまんで振り回す)などを繰り返し、大量の鼻血や耳が切れて化膿したり、「穢れた血を恨め」と暴言を吐き「アメリカ人やけん、鬼」などの差別発言行った。
「自殺強要発言」までしていたという。

もちろん教師は反論した。すべて事実無根であると主張した。家庭訪問はごく普通に行われ、和子の祖父がアメリカ人であることも和子の方から切り出し、教師が言ったのは「ハーフ的な顔立ちをしている」と言っただけだという。ひどい体罰や大量の鼻血が出るような怪我、差別発言も一切を否定する。自殺強要発言に至っては新聞を読んで初めて知ったことだ。

しかし浅川夫婦の強烈な抗議の剣幕に恐れをなした校長と教頭は、事実関係の詳しい調査もせず、川上教諭に謝罪を強要し、校長は川上教諭を担任から外したが、それでもなお抗議を続ける夫婦に、しっぽを巻いて市の教育センターに預けてしまったのだ。このこと知った朝日新聞の取材からマスコミの激しいバッシング報道が始まった。

担任を外され学校を追われた川上教諭は市教育委員会の長時間の事情聴取の結果、停職6か月という厳しい懲戒処分を下された。

これを受けマスコミは「教師によるいじめ」を市教委が全国初認定したとして、大きく報じ、週刊誌やワイドショウなど、教師を吊し上げ状態にしたのだ。目撃者も皆無で、医者による診断書も存在しないのに、だ。

教諭は03年10月、この処分を不服とし申し立てを行った。夫婦は、この処分が出た後で診断された裕二のPTSDを理由に、同じく同年10月、川上教諭と福岡市を相手取って約1300万円(最終的に約5800万円)の損害賠償を求める民事訴訟を福岡地裁に起こした。

2006年8月に言い渡された一審の判決は「相当軽微」としながらも、教諭の体罰やいじめの一部を認めて福岡市に220万円の賠償を命じた。一方で体罰による怪我、自殺の強要、「血が穢れている」という差別発言、裕二のPTSD については原告側の主張を退けた。何しろ、実際はアメリカ人の血はなど一滴も混ざってないことが判明したのだから。一部の体罰やいじめが認められたのは、教諭とともに被告である福岡市が既に懲戒処分を行っていることを重視したのである。刑事事件で例えれば、被告が罪を自白している、ということらしい。

これを不服として夫婦は即座に控訴する。ところがこの控訴審では被告のひとり、川上教諭の控訴は取り下げたのだ。すべてに対して否定を続ける教諭より、PTSDの有無だけを争っている福岡市のほうが組しやすい。教諭は「福岡市の補助参加人」となり、かろうじて裁判に関与だけになってしまった。

この控訴審においても、浅川親子の証言一審以上にひどいものだったが、それにもかかわらず、2008年11月に言い渡された判決は、福岡市に対し一審判決より110万円を上乗せした「330万円を支払え」というものだった。

文庫に書かれているのはここまでだ。無罪を主張し続けていた教諭だが、教育委員会の懲戒処分があだとなり、覆せないところで終わっている。

本書は「本当に人は怖い」と痛感させられる。著者は、この教諭が無罪だと確信して取材をしているが、果たして本当はどうなのか、でっちあげているのはどっちだ?と疑い始めてしまう。実際、この本を読んだ人の感想も、その疑惑を上げている。無実の人が墜ちていくところを傍で見せられるとぞっとするが、それは事実なのか?冤罪事件が起こるのは、思い込みと杜撰な調査。この事件もまさにそうだった。

変な教師が世の中に存在しているのは事実だし、モンペと呼ばれる非常識な親がいることも今ではみんな知っている。だから、どちらが嘘を言っているのか、確信が持てないのだ。本書が興味深く、私の記憶に強く残っていたのはそのせいだ。

2014年4月、本の雑誌6月号で「事件ノンフィクション」の特集をするので協力してほしい、と依頼が来た。そういえば、と思い出したことがあった。文庫が出たときに、万策尽きたかに思えた教諭が、最後の手段として福岡市に停職6か月の懲戒処分を不服として申し立てを行っていたのだ。あれはいったいどうなった?新潮社のHPに行き、『でっちあげ』のページの「でっちあげ事件、その後」をみて驚愕した。

2013年1月、福岡市人事委員会の判定で、処分がすべて取り消されていた。つまり、教諭はそんな事件を起こしていないと認定されたのだ。詳しくは著者のことばを読んでほしいが、まさに冤罪であることが証明された。

いや、こんなことが起こるんだ、としばし呆然とした。事件が起こって(いや実際は起こってないのだが)10年。教諭の気持ちはいかばかりであったか。できれば、この経緯を踏まえた改訂版を出してほしい。

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tirrano2016.3.13 16:44

こちらの書評を拝読し、本書を読みました。そして、新潮社のページを見て、免罪の恐ろしさと、あまりに正直すぎる教論の態度が招く悲劇に戦慄しました。 Googleで検索すると、Wikipediaでもまとめの記事があります。 https://ja.wikipedia.org/wiki/福岡市「教師によるいじめ」事件 反論するブログサイトもありましたが、こちらは論理構成が全くメチャクチャで、最初から教諭を「悪」と決めつけている態度。 http://edudatamemo.seesaa.net/article/383738348.html 最初から、マスコミが語りたい!凶弾したいテーマであったが故に、このような扱いになったのかもしれません。十分に裏をとることなく、自分の主張をしたいばかりに不都合な事実から目を背けつつ、上から目線的に社会悪を正そうとする、そんな「偽善者」としてのマスコミの手法が招いた悲劇でもあるような気がします。

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