『アテンション 「注目」で人を動かす7つの新戦略』日本語版解説 by 小林 弘人

2016年2月27日 印刷向け表示
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トリガーを構成する要素を使って、あなたと社会を変える

もし、わたしが起業の準備をしていて、7つのトリガーの中からひとつだけ選んで、多忙な億万長者から支援を受けるとしたら、「破壊トリガー」を選ぶだろう。しかし、勘違いしないで ほしい。このトリガーをそのまま用いるわけではない。まず、破壊トリガーを使ううえで必要な 3Sを思い出してほしい。そのなかでも、「単純さ(シンプリシティ)」に磨きをかけたい。

時折、メディアでプレゼンテーションや執筆時に「こういう機能やレイアウトを工夫したら、 より効果的である」という記事を見かける。しかし、装飾的な技巧よりも、そもそも表現する内容に価値がなければ、どんなにスティーブ・ジョブズばりの演出を施そうが、鼻についてイタいだけだ。

まず、いろいろと狡獪なテクニックを駆使する以前に、簡潔に伝えることを考えたい。

シリコンバレーでは、「ピッチ」といって投資家へのプレゼン時間は、だいたい数分内に行う。 じっくりと面談してもらえるか否かがそこで決まるのだ。さらに「エレベーター・ピッチ」といって、30秒内(エレベーターに乗っている時間)で紹介しなくてはならない場面もある。日本人なら名刺交換のみに費やしかねない。多忙な重要人物が相手なら超短時間の報告もあながちありえない話ではない。もし、簡潔に伝えられないのであれば、なにかが間違っている可能性が高い。そのアイデアやサービスに触れる前に、長い能書きを聞かないといけないとしたら、それは社会に浸透するのだろうか? 

グーグルを見てみよう。あの検索窓のシンプルさはずっと不変である。高度な検索アルゴリズムの存在をおくびにも出さず、他の消えていった検索エンジン会社のように広告を貼るわけでもない。それ以外の同社提供サービスにおいては、時にその簡潔さが見失われ、使いづらいこともある。しかし、検索窓が簡潔なうちは、彼らは自分たちの力とその影響力を理解し、自信に満ちているはずだ。同社の使命である「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスし使えるようにしよう」も、検索窓と同じくらい単純明快だ。本当はゲノム解析や量子コンピューター、ロボットから人工知能まで、同社はあらゆる領域に手を染めているが、ビジネスの原点はいたって簡潔である。

繰り返すが、普段から提案したいアイデアについては、余計なものを削ぎ落とし、それでも魅力が残るかどうかについて考えるべきだ。残りのふたつのS(驚きと重要性)は、まず単純さがあってこそ元素のように結合し、望む破壊を引き起こしてくれるだろう。

「返礼の注目」に注目だ

あなたがマーケッターなら、覚えておくべきは「自動トリガー」ばかりに傾注することではない。顧客との関係性構築の本質を見極めることである。それについては、「承認トリガー」の章に深い洞察が含まれる。

多くの企業は、テレビや雑誌といった従来のマス媒体を通じた「即時の注目」以外に、もっと長い間にわたり自社ブランドを記憶してほしいと願う。さらに、忠実なファンとして自社から他社に乗り換えないでほしいというのが本音だ。

そのような関係性を、マーケティングでは「エンゲージメントが高い」状態と言う。しかしながら、多くの企業は、顧客側にエンゲージメントを求めるのみで、企業自身は特にその顧客のことを顧みたいわけではない。これは政治家と有権者の関係についても言えるだろう。

たとえば、ソーシャルメディア・マーケティングにおいて、フェイスブックの「いいね!」数やインスタグラムのフォロワー数を指標にし、ただ闇雲にその数を増やすことを目指す施策が散 見される。なにかを訴求する場合に対象となる母数は多いに越したことはないが、はたして、それだけで「顧客とのエンゲージメントが高い」状態を作り出せるのだろうか。

あるいは、メディア企業に多額の広告費を払い、自社の商品やサービスを美化した記事や番組を作らせたとしても、そこに顧客の欲求は反映されていない。

少々唐突だが、こうした企業がもし生身の人間だったら、どういうタイプの人間か想像してみてほしい。その人は誰かに報酬を与えて、自分のフェイスブックページに「いいね!」集めをさせ、常に自分のことばかりしか話題にしない。

そんな人がもし実在したなら、あなたは友だちになりたいだろうか? 答えはNOだろう。だが、 人間ではなく企業となると、そんな行いが大手を振るって許されてしまう。そんななか、相手の 欲求を理解し、顧客に「内的報酬」を与える企業がどれだけ存在するだろうか。前述のように、 パーの言う「承認トリガー」には「返礼の注目」がある。互いを認知し、注目しあうことで共感 を誘い、長期の注目を獲得する。これは注目という言葉を越えている。もはやエンゲージメント が高い状態なのだから。

「返礼の注目」を利用している女性下着メーカー

たとえば、女性下着メーカーのトリンプは、顧客と一緒に商品を開発している。「究極のランジェリー」と名付けられたそのプロジェクトは、顧客との商品開発を2008年から行っている。商品が完成したら、顧客の中からカタログのモデルとなる女性を選び、ウェブサイトで投票も行っている。

また、高級スポーツカーの代名詞でもあるフェラーリは、同社製品のオーナーを集めて毎年さまざまなイベントを開催している。20数年以上続くその活動の内訳は、旅行やサーキット走行、安全な運転の指導などだ。同ブランドは、モデルの新旧問わず多くの同車オーナーたちに「返礼の注目」を行っている。

「報酬トリガー」の章で紹介されるAKB48の事例も気に留めたい。50年代に発見されたという「パラソーシャル関係(交流)」はブランドと顧客についても当てはまるだろう。

パラソーシャル関係とは、あなたがわたしを知らなくても、わたしはあなたをよく知っていますよ、という関係性のことだ。このような「1対N」の交流関係は、ソーシャルメディア時代に おいて、ますます加速する。

「会いに行けるアイドル」ならぬ、「会いに行けるCEO(あるいはブランドの顔)」がいてもいい。実際に、テクノロジー業界で頻繁に行われるようになったハッカソン(プログラマやデザイナーたちがその場に集い、一緒にソフトウェアなどをつくるイベント)では、企業の開発担当者と会い、共創することができる。「承認トリガー」として強力ではないだろうか。

ほかにも、あなたが人事や教育関係の仕事をしているのなら、「承認トリガー」の「内的報 酬」という考え方を見直してみよう。なぜ人はそこで働き、もしくは学んでいるのか。そして、 彼ら・彼女らはどのような満足を得るのか。規約や評価制度ばかりに偏かたよることなく、人間の承認欲求に対する解決策を制度に盛り込むことを考えてみたい。

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