7つのトリガー概観―性質を知って、注目をつかもう
では、それらのトリガーについて、ひとつずつ見ていこう。
まず、「自動トリガー」は、感覚的刺激を与えて注目させるやり方だ。
これらは色やシンボル、音など人間の視覚、聴覚、触覚等に働きかけるものだとパーは言う。 それは人間が備える本能を用いて、注目を促す。危険の察知やチャンスを知るために発動される 原始的な注目を使うのだ。
この自動トリガーは感覚から働きかける種類のものであり、「即時」の注目に寄与する。前に も述べたが、それは「感覚」の状態であるため、やがて記憶に留められるためにも、この注目は 「短期」か「長期」の注目に振り向けねばならない。
次に「フレーミング・トリガー」だ。
わたしたちのもつ経験、性質、興味、文化的傾向など、そういったあらゆる文脈が判断基準に 及ぼす影響は甚大だ。判断する際に、そんな枠組み(フレーム)を人々は利用している。なにかを好きになるかどうかも、フレームに従うわけだ。
わたしたちは、普段から見慣れたものや経験から得た判断の枠組みを無意識に使っている。そのため、ウェブサイトでは、ある程度確立された「お約束ごと」のデザインがある。ゆえに一般 的な工業製品もそうだが、ふだん使うものはわざわざ取扱説明書を読まなくても、「そこ」に 「それ」がある、という「精神の構造(スキーマ)」を利用して使いこなすことができる。
パーがいう「フレーミング・トリガー」では、それを誰かの思考や判断基準を錯誤させるため に用いる。
例えば「フレーミング・トリガー」のひとつの側面に、「思考の惰性」があるとパーはいう。昔 からの判断に従いすぎる、という傾向のことだ。その思考の惰性は強固でやっかいな扉だ。無理 矢理こじ開けようとすれば、強い拒否にあうだろう。そこを突破するために、パーは「適応」と「議題設定」を用いたらよいことを発見した。
「適応」とは、相手の判断基準に合わせてあげることだ。簡単に言えば、相手の思い込みに沿っ たかたちで注目を売り込む。そのためには相手の受容度がどの程度なのかはかる必要がある。ま た、不安を理解し、その人が大事に思う伝統や規範を知る。これを怠ると、話題によっては予期 せぬ過敏な反応を引き出してしまうだろう。加えて、売り込みたい新規のアイデアがこれまでの 通念と異なる場合、相手のフレームをいきなり否定してはいけない。受け入れやすい素地から探 るべきだろう。
次に「議題設定」は、人々がもともとその事柄を見慣れている、あるいは聞き慣れていると錯覚させることだ。例えば、言葉の言い換えによって、認識の優先順位を変えたりする。また適度な「反復」を繰り返すことで、既視感を抱かせるわけだ。ただし、「議題設定」は議題となる メッセージへの注目や理解が浸透していないときにしか効果を発揮しない。
そんなフレーミング・トリガーは、どうやらパーのなかでは特別なものらしい。それはほかのトリガーが機能するための”舞台”をつくるからだと彼は言う。フレーミング・トリガーにより、「短期」と「長期」双方の注目に影響を与えることができるのだ。
3つめに、いちばんヤバそうな「破壊トリガー」が続く。
それは目新しいだけではなく、相手の予想を裏切り、破壊することで注目を集める手法である。破壊トリガーは3種類の要素から成る。パーはそれらの頭文字を取って3Sと呼称している。
驚き(サプライズ)、単純さ(シンプリシティ)、重要性(シグニフィカンス)だ。この3つの Sを組み合わせることで効果が生じる破壊トリガーは、扱う際には慎重さが要求される。3Sのひとつでも欠けると、ただの破壊となり、無惨な結末が待っているからだ。どうやらこいつは最 後の手段に取っておいたほうがよいかもしれない。そして、このトリガーを用いたのなら、直ちに次なるトリガーで長期の注目を集めなくてはならないと言う。
4つめの「報酬トリガー」は、気前がよいトリガーだ。その報酬には2種類ある。わかりやすいのは、対象がなにかを達成したら金品や物品などを授ける「外的報酬」。もうひとつが、達成感といった心の満足を授ける「内的報酬」である。
外的報酬については、よく日常で用いられているから読者もなじみがあるだろう。クーポンやマイレージなどがその最たるものだ。さらに、ソーシャルゲーム・アプリの多くは、この外的報酬のメカニズムを駆使し、多くのユーザーを虜にしている。
パー曰く、外的報酬は短期の注目を集めるために有効であり、内的報酬は長期における忠誠を 育はぐくむ特徴をもつという。また、内的であれ外的であれ、報酬システムでは「欲するものを見えるようにしてあげる」ことが効果的だとも。それが抽象的な達成目標なら、獲得したときのイメージを見せてあげることが大切だ。
5つめの「評判トリガー」は、わたしたちがなにかについて注目する・しないを判断するとき、 評判に依拠するという脳の特性を利用する。もう少し噛み砕いてみよう。脳は何かに注目を振り 向けるとき、「情報源」を頼りにする。その情報源には、「専門家」「権威者」「大衆」という三種類がある。わたしたちの注目が向かう先は、知らず知らずのうちにそれら情報源に左右されているのだ。また、パーによれば、長期において注目を集めるための評判は、「一貫性」「個性」「時間」によって構成されている。
6つめの「ミステリー・トリガー」は、まだ解明・解決されていない「謎」を用いる。人間なら誰しもがもつ、終わっていない仕事や物語を完結させたいという衝動を巧みに利用したものだ。ここでは、次の4つの要素が必要だという。それは「サスペンス」「感情移入」「予期せぬ展開」「クリフハンガー(がけっぷちの意、転じてハラハラした状態)」だ。
一方で、注目を集めるためだけではなく、「ミステリー・トリガー」によって集めた好ましく ない注目の終わらせ方についてもパーは紙幅を割く。
ネットやメディアにおける炎上は、ミステリー・トリガーが駆動する列車のようなものだ。そんなミステリー・トレインを停めるには、謎を消してしまえばいい。自らによるネタバレをもっ て終結させるのだ。
最後の「承認トリガー」は、わたしたちがもつ、他者や社会から認められたいという欲求を用いる。これについては聞き覚えがあるだろう。高名な米の心理学者、アブラハム・マズローの「欲求の5段階説」のなかの「承認欲求」だ。他者から認められたいという、人間の本能に狙いを定めたトリガーだ。
パーによれば、承認とは「認知」「評価」「共感」の3つの要求を満たすもので、「返礼の注目」と呼ばれる仕組みを使う。「返礼の注目」は、注目をしたら、注目しかえすというもので、 長期の注目を集めやすい。例えば、フェイスブックの「いいね!」返しやツィッターのリツイー ト、あるいはフォロー返しなどは、本能が成す所為だったわけだ。
余談となるが、一時期、マーケティング業界で流行した「ゲーミフィケーション」という概念がある。ひと言でいえば、「ゲーム化戦略」というもので、それはユーザーの自発性を引き出し、行為をゲーム化するものだ。「報酬トリガー」のみではなく、「承認欲求」も巧みに利用し、ユーザー獲得などに用いられている。