ブータンや北欧も越える?! 災害をものともしない『世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論』

アーヤ藍2016年03月13日 印刷向け表示
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世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論
作者:永崎裕麻
出版社:いろは出版
発売日:2015-11-27
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先月2月20日、南太平洋に浮かぶ島嶼国フィジーに、史上最大規模のサイクロンが上陸し、大きな被害をもたらした。それから間もない、復興に向けて大変な時期に、SNSに現れたフィジーの人たちの写真がこちら。

溢れんばかりの満面の笑み。見ているこちらのほうが元気をもらえそうだ。

世界各国で様々な天災・人災が起きているが、その直後で、これだけ明るい現地の人の表情を見たのは、記憶にあるかぎり初めてだ。苦境に陥ろうとも笑顔でいられる彼らの強さはどこにあるのか…。本書を手にせずにはいられなかった。

フィジーは幸福度調査で1位に躍り出た国だ。

「いやいや、1位はブータンでは?」「え?北欧の国じゃなかったっけ?」と思う人もいるだろう。調査の基準が異なれば、それによって結果も変化する。

たとえばブータンは、2005年の国勢調査で「97%の国民が幸せ」という結果が出たことから、「世界で一番幸せな国」と言われるようになった。だがこの調査は、「あなたは今幸せですか?」という質問に対し、回答項目が「①とても幸せ」「②幸せ」「③あまり幸せではない」と3段階しかなかった。「97%」は①か②を選んだ人の割合だ。2010年に選択肢を「とても不幸=0」から「とても幸福=10」の11段階に増やして行われた調査では、平均値が「6.1」の結果となった。

また、幸福度調査には大きく「主観系」と「客観系」がある。

フィジーが1位になったのは主観系の調査だ。「あなたは幸せですか?」と質問し、「幸福を感じている人の比率ー不幸を感じている人の比率」で割り出された「純粋幸福度」で順位づけられる。調査対象全58カ国の平均値が40のところ、フィジーは2倍以上の85で1位。ちなみに日本は23位だった。

一方、客観系の調査では、“幸せを構成すると考えられる要素”を指標にして評価される。たとえば、平均寿命や成人の識字率、就学率や、失業率、報道自由度、男女格差指数などだ。「これらの指標のスコアが高ければ、人は幸せになれるはずだ」という考えに立脚した調査といえる。この客観系調査の1つ、2014年の「人間開発報告書」では、1位ノルウェー、2位オーストラリア、3位スイス、日本は17位でフィジーは187カ国中88位だった。

この主観系と客観系の調査の違いを受け、筆者はこう問いかける。

いくら寿命が長くても、字が読めても、学校に行けても、お金を稼げても「あなたは幸せですか?」と質問されたら、「YES」とは素直に答えられない。

・・・客観的調査で「幸せの構成要素と信じられているもの」は、主観的な調査では意味を成さないということを意味しているのではないでしょうか?

では主観的な「幸せ」は何から生まれるのか。主観的「幸せ」世界一のフィジー人の4つの習慣を筆者は挙げる。

(1)モノもお金も何でも「共有」する習慣
(2)自分にも他人にも「テキトー」な習慣
(3)どんな時も「現在フォーカス」する習慣
(4)光の速さで「つながり」をつくる習慣

この4点を読むだけでは、特に驚きはしないだろう。本書の面白さは、これらを地で行くフィジー人たちのエピソードの数々にある。

たとえば(1)の共有。フィジー人は「僕の物はみんなの物、あなたの物もみんなの物」と、いわば“優しいジャイアン”の哲学で生きている。私有の感覚がなく、たとえば、洗濯していたTシャツを、同じ家に暮らすフィジー人がいつの間にか着ていたり、バーで自分が注文した瓶ビールを、隣に座っていたフィジー人が勝手に飲んでいたりする。ただ、逆に他の人の瓶ビールをもらっても、怒るどころか歓迎され、そこから会話が生まれて、繋がりが育まれる。

物だけではない。フィジーでは、子育てが困難な貧しい家庭の子供が、貧困レベルが“若干マシ”な家庭に里子として預けられることも多い。子供ができない女性が、5人目の子供を妊娠している近所の女性に「その子が生まれたらちょうだい」と言ったところ、即決でOKしてくれたという話も。子供も家族も、血縁も人種も関係なく「共有」し合っているのだ。

「共有」の習慣は泥棒にまで根付いている。あるフィジー人の泥棒が民家に忍び込んだとき、運悪くおばあちゃんが一人で留守番していた。引き返すわけにもいかず、おばあちゃんに金を出させたものの、その後なんと、「これ、おばあちゃんの分」と一部キャッシュバックしたという。

泥棒にまで浸透している共有の習慣と、助け合いの繋がりに常に包まれて生きているフィジー人たちは、貯金をすることもない。「なんとかなる」「誰かが助けてくれる」という確信と安心感のもとに生きているのだ。

他にも“目から鱗”で思わずクスっと笑ってしまうようなフィジー人のエピソードの数々は、都市化した社会で忙しい日々を送る日本と、ある意味「対極」。どちらも極端ともいえる。本書も決して、フィジーの生き方を手放しに礼賛しているわけではない。

ただ、5年前の今の時期、東北での大地震を受けて、多くの日本人が、生と死について、有限な人生について、モノの価値について、向き合ったことと思う。5年が経過した今、再び自身の生き方を振り返ろうとしている人には、本書は絶好の友になるはずだ。

※写真は本書著者より特別に提供いただきました

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