『ファシズムの教室 なぜ集団は暴走するのか』日常に潜む小さなファシズム

麻木 久仁子2020年06月24日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ファシズムの教室:なぜ集団は暴走するのか
作者:田野 大輔
出版社:大月書店
発売日:2020-04-17
  • Amazon
  • Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

数年前のこと、ツイッターで奇妙な動画を見た。揃って白いシャツにジーンズを身につけた大勢の若者たちが、「リア充爆発しろっ!」と大声で叫んでいる動画だ。声を揃え息を合わせ、大声で唱和している。「なんだこりゃ?」。
どれどれと検索してみると、ある大学で行われている「ファシズムの体験学習」だという。どうやらその動画は、周りで見物していた学生が撮ったものらしいが…

甲南大学文学部の田野大輔教授のファシズム体験学習である。
田野教授が「田野総統」、学生たちは「田野帝国の国民」となって行なわれるロールプレイングを通して、人々がファシズムを受け入れるときどのような感情の動きがあるのかを体験させ、いわば「ファシズムに対するワクチン」となるような気づきを得ることを目的としている。

体験学習は2回にわたって行う。大教室に集まった250人で行う大規模ロールプレイだ。1回目。「独裁」を体験するのだからなんといってもまず「独裁者」を決めなくてはならない。そこで田野教授が「独裁者役」を務めることを、全員の拍手を持って承認させる。そして、独裁者への敬意を敬礼で示すことを要求し、ナチス宜しく片手を斜めに伸ばして「ハイルタノ!」と大声で唱和させる。

続いて独裁を支える共同体の一体感を実感させるために、全員を立たせ「独裁者」たる教授の笛に合わせて足を踏み鳴らす。さらに、誕生月ごとに席を座り直すように促し、友人と切り離して横のつながりを失わせて分断し、「総統と自分」という縦のつながりへの従属が容易になるようにする…そして「ハイルタノ!」と声を合わせて絶叫させ、いよいよ「共同体の敵(と設定した)リア充を排除するため、「リア充爆発しろ!」を唱和する練習をして、授業は終わる。

2回目。「白いシャツと紺のジーンズ」を身につけてくるように指示された学生たちが勢ぞろいする。「制服」は一体感を支える有効なツールだ。いよいよ「共同体の力を実行する体験」をする。例によって誕生月ごとに座り直させて分断し、「リア充爆発しろ!」の糾弾の練習をする。が、ここに白シャツではなく柄シャツを着てきて(共同体の掟を破る)、そのうえ私語をするなど一体感を壊すような行動をとるものが現れる。柄シャツは教壇に引き出され、首には「総統に反抗しました」という札を下げられ、晒し者にされる。もちろん柄シャツも引きずり出す者も「サクラ」でありすべて台本なのだが、それでも教室は静まり返る。一体感の高揚と、それを乱した者に与えられる屈辱への恐怖をロールプレイするわけだ。

いよいよグラウンドでの糾弾行動である。
隊列を組み、「ハイルタノ!」を叫び、グラウンドを行進する。野次馬も見ているが、恥ずかしがるなと指示され、繰り返し叫んでいるうちに声は大きくなっていく。そして、発見したカップル(もちろんこれもサクラ)を取り囲んで「リア充爆発しろ!」と、耐えかねたカップルが退散するまで怒鳴り上げるのだ。こうして「目的」を遂げた受講生たちは、さて何を思うのか。

受講生たちの体験後のレポートが興味深い。


彼らの多くが集団行動に参加するなかで徐々に没入感を増していき、悪いことだとわかっていても気持ちがどんどん高ぶっていく経験をしていることがわかる。

「最初は乗り気でなかった自分が大声を出すようになっていた」
「ちゃんと声を出さないと逆に恥ずかしいという感情が生まれた」
「いったん従う気持ちに包まれたら、従わないメンバーに苛立つようになった」

レポートには、学生たちが自分の意外な感情の変化に驚いたことが表れている。この体験学習は、そもそも「独裁体制とは厳しい統制に抑圧された大衆が恐怖に縛られ家畜のごとく独裁者に従って成立するもの」ではないことを実感するためのものなのだ。


同じ制服を着て指導者に忠誠を誓い、命令に従って敵を攻撃するだけで、人はたやすく解放感や高揚感を味わうことができる。そこではどんなに暴力的は行動に出ようとも、上からの命令なので自分の責任が問われることはない。この「責任からの解放」という単純な仕組みにこそ、ファシズムの危険な感化力があると言ってよい。
そのような感情を体験することで、ファシズムが参加者にとって胸躍る経験でもありうること、それだけに危険な感化力を発揮しうることが理解できるようになるだろう

この体験授業が話題になると、様々な反応が現れた。もちろん「素晴らしい」という声は多かったが、批判や懸念もあった。わざわざファシズムをいかに実行するかなどと教えて寝た子を起こすことにならないかという声もあった。またこうした「感情を動かす」授業の倫理的な側面についての懸念もあったように思う。「集団の暴走」を体験するのだから、本当に暴走してしまい、コントロールを失う危険があるのではないか、というものだ。
が、本書を見れば、こうした様々な立場からの懸念は事前に十分想定されており、その対策を講じた上でおこなわれていたことがわかる。

まずこの授業は、2回きりの体験授業のみで成立しているものではない。これは「社会意識論」という講座の一場面であり、体験学習の前にファシズムのメカニズムについて十分学んだ上で行う、実は座学をこそ重視したものなのだ。その事前の講義の中では有名なミルグラム実験や監獄実験などについてもとりあげ、「権威への服従」についての知識を学ぶ。体験後も参加者がいかに「実感」を「客観」的に認識できるかという「デブリーフィング」に力を入れている。また、体験学習自体にも多くの配慮がなされている。一つ挙げるなら例えば「ハイルタノ!」だとか「リア充爆発しろ!」などと叫ばせるのは、いわば「滑稽」なのだが、これはあくまでもロールプレイなのだという客観的な視点を失わせないようにするためなのだという。

それにしても、この体験学習のプログラムをみると、いかに我々の日常に「小さなファシズム」が潜んでいるか気づかされて、怖くなる。一体感が与える高揚。共通の敵を見出した時に強まる共同体の絆。「正しい指導者」に従うことで得られる解放感。読者はいまこの令和の日本の日常において目にする、様々な場面を想起することだろう。

我々自身が思う以上に「感情」というものは「持って行かれる」ものなのだ。ナチス政権下ではユダヤ人男性と交際したドイツ人女性がさらし者になったそうである。パリが陥落した時にはドイツ人男性と交際したフランス人女性がさらし者になった。

戦争に反対するような人間を非国民と呼び糾弾した我が国の歴史は言うまでもない。が、私自身、どこに身を置くか次第で「正義の糾弾者」にならないとも限らないという恐れを感じるのだ。理屈でわかっていても声を出し体を動かし、感情を揺さぶられることで得られる解放感の魔力を理解しなくてはならないと、本書は教えてくれる。


全員で一緒の動作や発声をくり返すだけで、人間の感情はおのずと高揚し、集団への帰属感や連帯感、外部への敵意が強まる。この単純だが普遍的な感情の動員のメカニズム、それを通じた共同体統合への仕組みを、本書はファシズムと呼びたい。

このメカニズムを知らないで、いかに「感情の動員」から逃れられるか、見当もつかない。知るしかないのだ。ぜひ、「ファシズムの教室」で学んでみてください。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon Kindle

『ノンフィクションはこれを読め! 2014』電子版にて発売中!