『ファシズムの教室 なぜ集団は暴走するのか』「正しさ」という思考停止、集団暴走の仕組みを学ぶ

栗下 直也2020年07月04日 印刷向け表示
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ファシズムの教室:なぜ集団は暴走するのか
作者:田野 大輔
出版社:大月書店
発売日:2020-04-17
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白いシャツにジーパン姿の約250人が室内で足を一斉に踏みならす。「ハイル、タノ」の大声とナチス式敬礼で指導者に忠誠を誓う。屋外に出れば、いちゃつくカップルを集団で取り囲み、「リア充、爆発しろ」と糾弾する。カップルを退散させた「田野帝国」の構成員は、拍手とともに目標達成を宣言する。

漫画のような光景だが、これは著者の田野大輔氏の授業の一コマだ。ファシズムを体験し、集団暴走の仕組みを理解する。2010年から19年まで、甲南大学の体験学習授業として毎年実施された。

体験学習には、さまざまな工夫や演出を施している。教室では、まず席替えで仲のよい学生同士を分断し、「総統」である著者の話に意識を集中させる。「帝国」のロゴワッペンや「制服」を身に着け、一体感を醸成する。サクラの学生にあえて私語をさせ、教壇に引きずり出し、「田野総統に反抗しました」と書かれたプラカードを首にかけ、さらし者にする。本書は体験学習の様子を中心に、ナチズムの成り立ちなどにも言及し、ファシズムとは何かについて理解できる内容になっている。

著者が何度も繰り返し主張するのは、ファシズムが上からの抑圧だけでは成り立たないという点だ。下からの合意がなければ、集団の一人ひとりが喜んで参加しなければ、成立しないのだと強調する。

ファシズムを過熱させるのが、無責任の連鎖だ。上からの命令に従い続けていると、責任感が麻痺する。構成員は団結して異端者を攻撃するようになるが、権力の庇護の下、責任を問われない暴力には歯止めがかからず、本人も気付かぬうちに攻撃は過激化する。それは集団から異端者を排除するまで止まらない。「正しさ」を信じて疑わない思考停止の集団は、構成員に心地よさすらもたらす。

体験学習後に実施した学生へのアンケートの結果からもそれは読み取れる。あれよあれよと集団暴走の渦に巻き込まれ、その中で高揚感を得たことを隠さない学生も少なくない。

当然、学内外から批判も受けた。「悪」と認識されているファシズムを、なぜ若者に体験させる必要があるのか。日本では差別やいじめなど「くさい物に蓋をする」文化が根強いだけに、正面からファシズムと向き合う著者の真意をはかりかねる人は多い。演出とはいえ、感情を過剰に揺さぶられることや、危険な没入への懸念もあるだろう。

だが、それは著者も想定している。あらゆるリスクを想定し、いかに学生たちに精神面でのきめ細かな対応をしていたかは本書に詳述されているので、取り組みに懐疑的な人には一読を勧める。

しかし結局、外部からのクレームを忖度する学内の声もあり、著者はこの人気授業の打ち切りを決断した。体験学習を実施した10年の間に授業への締め付けが厳しくなり、「充分な教育効果が望めなくなった」とも語っている。

「制服」や「ワッペン」がなくても暴走する集団が身近な存在になったことは、コロナ禍の中での「自粛警察」の出現からもわかる。ファシズムの体験学習が、自分たちの「正しさ」以外を認めないファシズム的な気運の高まりにより打ち切りとなるのは、何とも皮肉で寒々とした現実だ。

※週刊東洋経済 2020年7月4日号

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