お金の何が、世界を"動かして"いるのだろう?──『貨幣の「新」世界史――ハンムラビ法典からビットコインまで』

冬木 糸一2016年05月05日 印刷向け表示
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貨幣の「新」世界史――ハンムラビ法典からビットコインまで
作者:カビール セガール 翻訳:小坂 恵理
出版社:早川書房
発売日:2016-04-22
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貨幣の歴史について語った本は数多い。

それだけに「新」といえるほどの新機軸を打ち出せるものかと思っていたのだが、本書は貨幣の定義を通常よりも拡張し『そこで私は、お金は価値のシンボルだという定義にたどり着いた。』としてみせることで、より広い視点、それも生物学、宗教、脳科学と一見貨幣とはあまり関係なさそうな分野まで内包し、様々な角度から光を当てた貨幣史を語ることを可能にしてみせた。

貨幣史というよりは、貨幣を通した人類史──といったほうが正確かもしれない。貨幣を使いみちのみで考えると「価値のあるモノやサービスと交換する」ために存在している。が、お金が手に入ると期待をした時に脳にはどんな影響が起こっているのか──と問いかけてみれば脳科学と繋がりうるし、宗教の教えにはお金や富についての言及が頻繁にみられるがその観点からいえば宗教とも繋がっているといえる。貨幣にはさまざまなデザインがなされてきたが、そのデザイン自体も興味深いテーマになりえるし──と貨幣が影響を与える場所はいくらでも存在する。

お金には複数の側面があり、そのどれも私たちにとっては欠かせない。そうなると、疑問の範囲はさらに広くなる。お金の何が、世界を"動かして"いるのだろう?

全体を通して読んでいくとあまりにも話題が拡散していくために、とりとめがなくしっかりとした構造に欠けるようにも思うけれど、その分ハンムラビ法典からビットコイン、生物の共生関係からニューロサイエンスを用いた神経経済学といった新興分野までを貨幣という観点からジェットコースターで駆け抜けるかのようにして、一気に総括できるのが本書の魅力である。

その歴史がスタートするのは紀元前とかそういうレベルではなく、原初の「交換」、生物が行う「共生行為」にまでさかのぼってしまう。たとえばミツバチが花に蜜を集めにくることで花粉をあっちこっちへ運んで受粉してくれるのはエネルギーの「交換」にあたるように。進化経済学者のハイム・オフェクは『Second Nature』にて交換を行う生物は繁殖可能性が高く、「交換に関わる特性」を持つ生物が生存上有利だった可能性について述べているが、そうだと仮定すればそもそも貨幣を掘り下げていくと生物史そのものと密接に関係しているといえなくもない。

お金の起源

「そもそも貨幣はどのような経緯で生まれたのか」とは、お金の歴史を語る上では避けては通れない疑問であるが、答えもだいたいお決まりのものが存在する。「人々は物々交換によって経済活動をしていたが、物々交換はお互いがお互いの欲しいものを必ず持っているわけではないなど、常に満足な形で成立するとは限らず何とでも交換できるお金が発明されました」説だ。

たしかに交換の一手段として物々交換を行ってきた部族は多いし、理屈としてもわかりやすく説得力がある。とはいえそれは「一手段として」であって、純粋でシンプルな形での「物々交換経済」の事例は少ないという調査研究もある(どこにもないと主張する学者もいる。)。

そこで、本書では「貨幣」以前(少なくとも同時期)に「債務」が存在しており、それこそがお金の起源であるとする説も紹介される。「債務」の原始的な形はたとえばコミュニティ内で行われる贈与経済──「贈り物をもらってしまったら、何らかのお返しをしないと社会的な制裁(村八分とか)を受け、名誉名声を失う」システムのことだ。これは現代でも存在するが(お歳暮とか、隣人からのお裾分けなど)、つけ払いや部族間によって行われる大規模な贈与経済システムの解説を通して、いかに貨幣の起源となりうるのかと「債務」のさまざまな側面を照らしだしてくれる。

神経経済学について

この他、個人的におもしろかったのが神経経済学という分野。人間はどうやらいつも合理的な行動をとるわけではないということが知れ渡り、そこに焦点をあてた行動経済学分野の研究/発展が著しい。神経経済学とは、そうした貨幣錯覚、あるいはお金に関する決断をする時に脳でどんな現象が起こっているのかを脳のスキャンによって測定し研究しようとする試みである。

たとえばお金を獲得できる可能性と失う可能性のいずれかが被験者に提供され、その時の脳の変化をスキャンすると、『側坐核に存在する興奮性の神経伝達物質ドーパミンのレベルが、現金が手に入るチャンスがありそうなときは上昇した。実際、現金が手に入ることを期待するだけで、側坐核の活動は大きく促された。』と出た。これのおもしろいところは「手に入りそう」と期待している時のほうが神経を刺激し、実際に手に入れた時にはそれほどの勢いは存在していない、というところである。このような結果には状況証拠としてわかっていたことも多いが、実際に脳の活動を観測することであらためてみえてくるものも多い。

この分野の研究が進めば、金融に関する意思決定において、人間が合理性から逸脱するとき、どのようなメカニズムによってそれが起こるのかもさらに理解が進むだろう。応用可能性が非常に幅広い分野なだけに、今後の展開が楽しみである。

おわりに

とまあ、このような事例は本書の広大な内容のうちのごく一部だ。お金とは何かを解き明かし、ハンムラビ法典からビットコイン、この先何十年も経った時に、お金はどのような形態をとりえるのかと過去から未来に向かって変化し続けるお金の形態について考察する。最後にはさまざまな宗教がお金の使い方にどのような教義を持っているのかを調べあげ、その法則性と原因について注目し我々はお金をどのように使うべきなのか? とまで問いかけてみせる。

著者自身が『本書は一般的な理論を深く掘り下げるわけではないし、従来と異なるユニークな見解を紹介するわけでもない』と断っているようにユニークさには欠けているものの、その分幅広く、丁寧に整理された形で貨幣のおもしろさを教えてくれる一冊である。読了後に参考文献をみると、ビットコインから行動経済学まで、さまざまな本に手を伸ばしてみたくなるはずだ。

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