『世界の不思議な音 奇妙な音の謎を科学で解き明かす』 訳者あとがき

白揚社2016年06月01日 印刷向け表示
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世界の不思議な音-奇妙な音の謎を科学で解き明かす
作者:トレヴァー・コックス 翻訳:田沢 恭子
出版社:白揚社
発売日:2016-05-31
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ラジオ番組の取材で地下の下水道に入ったら、不思議な音響に遭遇した。それがきっかけで、本書の著者トレヴァー・コックスは”音の驚異”のコレクターとなった。マンチェスターのソルフォード大学に勤務するコックス教授は、本来は室内音響学を専門としている。インドア派かと思いきや、世界各地から音に関する情報が寄せられると、自ら体験するために機材を抱えてフットワークも軽やかに現地へ赴く。

行き先は人工の建造物のこともあれば、自然の造形物のこともある。ふだんは建築音響学者として、理想的な音を生み出すために音を制御する方法を考えている著者が、”音の驚異”の収集家としては対照的に、音を征服するのではなく、驚異的な音に耳をゆだねる。あるときは世界最長の残響に包まれながら、そこへの道のりに思いを馳せて探検家の気分に浸る。またあるときは人の居住地から遠く離れた砂漠で、砂の歌声に胸を高鳴らせる。こんなふうに音を求めて、スケールの大きな探索を繰り広げる。

しかしそうした音をめぐる冒険を経て、著者はそれまで意識していなかった身近な音の魅力にも気づくようになる。携帯電話など身のまわりにあるものが気持ちを揺さぶる音を出すこともあるし、見慣れた鳥たちも、じつは日常的な光景の中で心に響く鳴き声を聞かせてくれる。著者とともに各地の壮大な”音の驚異”をめぐった読者も、音に対する意識が研ぎ澄まされ、宝物のような音が自分のそばにあふれていることに気づいて、はっとするのではないだろうか。

私自身、本書の翻訳に取り組んだ数カ月で、音に対する認識がずいぶん変わった。何気なく聞き流していた環境音が、じつは気持ちに大きく影響していることを知った。著者が随所で披露してくれる音響学の知見のおかげで、自分の周囲で生じるさまざまな音響効果の仕組みが理解できた。土砂降りの雨音や道路を走る車の音、電線にとまったカラスの鳴き声さえ、ときには心をとらえる響きとなった。耳を澄ませば、”音の驚異”はいたるところに存在する。

自分の暮らす街でどんな音が好きか、市民に答えてもらう「好きな音プロジェクト」が本書で紹介されている。私ならどんな音を挙げるだろう。そう考えたら、〈夏色〉が心に浮かんだ。フォークデュオ「ゆず」の曲である。ただし私の頭に流れるのは、歌詞のないインストルメンタルの、短い一節だ。南関東の某私鉄駅では、列車が近づくとホームにこのメロディーが流れる。仕事に向かうとき、各駅停車から特急に乗り換えるためにホームで待っていると、上りホームでこの曲のサビの部分が流れる。帰宅時に特急を降りて各駅停車の列車を待つ下りホームでは、出だしの部分が流れる。出かけていくときにはこのメロディーで仕事に向けたスイッチが入り、帰ってきたときにはほっとした気分になる。

人にはそれぞれこんなふうに、特別な意味をもつ音がある。個人だけでなく社会にも、やはり特別な音がある。そのような音の存在に気づき、必要ならばそれを守る手段を考えるべき、と著者は本書で呼びかけている。こうして音を大切に扱うことが、心地よく豊かな暮らしへの一歩になるのだと。

2016年早春 田沢 恭子

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