『WAYFINDING 道を見つける力 人類はナビゲーションで進化した』
編集部解説

インターシフト2021年01月17日 印刷向け表示
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WAYFINDING 道を見つける力: 人類はナビゲーションで進化した
作者:M・R・オコナー
出版社:インターシフト (合同出版)
発売日:2021-01-06
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いまやGPSのおかげで道に迷うことも少なくなった。とはいえ、こうした利便性と引き換えにわたしたちは大切なものを失いつつあるのではないか? 本書はそんな問いかけからはじまる。

ナビゲーションは、「海馬」という脳の領域が主に担っている。海馬にある場所細胞・頭方位細胞・格子細胞などが、脳のなかに認知地図をつくり出しているのだ。

興味深いのは、海馬は記憶の構築にもたずさわっていることだ。探索行動と記憶は、海馬によって繋がっている。幼少期のエピソード記憶(個人が経験した出来事の記憶)が大人になると失われるのも、海馬が未発達なためであり、また探索する時間の長かった子どもほど高い空間記憶能力・流動性知能を持つという研究もある。

わたしたちの祖先による狩猟採集生活では、ウェイファインディングは生死に関わる技能だった。獲物を捕らえるためには、その行動を予測し、痕跡を読み、追跡し、道を記憶する・・・などの能力が求められる。

獲物という他者視点になり、作業仮説を立て、絶えず予測・修正して問題を解決していく。こうした思考は、「人類最古の科学」とも言える。そんなウェイファインディングに関わる思考や、その情報を記憶し伝えることなどのために、言語や物語が生まれ発達する。ヒトの海馬はサルなどよりはるかに大きいが、それはこのような複雑な認知地図のためかもしれない。なぜヒトの脳の容量が数十万年前に頂点に達して止まったのかも、狩猟採集時代にすでに高度な思考が発達していたとすれば納得がいく。

もともと人類はGPSはおろか地図さえない世界で、複雑なナビゲーションを駆使してきた。本書は伝統的なナビゲーション技術をいまなお用いている世界各地の先住民を訪ね、その見事な技を明らかにする。

オセアニアの船乗りたちが、カヌーに寝転び腹で波の微妙な動きを感じ取って長距離航海をしていることなど、まさに驚きである。こうした伝統的な航海術は、いまでは気候変動への対抗策や先住民族復興の象徴として注目を集めている。一方で、道具も使わずに地球を旅する動物たちのナビゲーションの謎にも迫っていく。量子生物学の鍵となるバイオコンパスの探究など、刺激的なレポートが続く。

面白いのは、わたしたちの使う言語表現にも、ナビゲーションが大いに関係していることだ。世界には「前後左右」ではなく、「東西南北」の方位によって位置関係を示す言語も少なくない。たとえば、「その皿を右に置いて」というところを、「その皿を西に置いて」などと表す。こうした言語を使うひとびとは、常に基本方位を意識する世界に生きており、実際のナビゲーション能力にも長けている。 

生態心理学によれば、精神と環境、知覚と認識は分離されていない。ウェイファインディングとは、その直接的な結びつきを動きとともに感じとる方法でもある。それは脳のなかの地図というより「音楽」のようなものだ。また、海馬は未来を想像し、計画立案や目標達成のためにも欠かせない。どんな人生のルートを選び、たどるのかという意思決定や自己調節に深く関わっているのだ。

そんな根源的な道を見つける力が、今日、GPSや移動・遊びの制限などによって失われようとしている。海馬は使わなければ、縮小していく。海馬の萎縮は、PTSD、アルツハイマー病、統合失調症、鬱になるリスクを高める。現代ではすでに青年期から海馬が相対的に小さくなり、そのため認知・感情面での障害や問題行動、依存症を起こしやすくなるという知見もある。

集団的なウェイファインディング能力の衰退は、人類の進むべき道や社会の方向すら見えにくくしているのでは? スマホでのGPSや写真撮影をしばらく止めて、場所そのものを身体で感じ、慈しみ、ときに迷いながら道を歩む。そんな振る舞いが、あるいは人類の開かれた未来への道探しにつながるのかもしれない。

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