『中国 虫の奇聞録』

出口 治明2016年07月24日 印刷向け表示
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中国 虫の奇聞録 (あじあブックス)
作者:瀬川千秋
出版社:大修館書店
発売日:2016-06-03
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大修館書店の「あじあブックス」にはキラリと光る好著が少なくないが、虫と人とが織りなすめくるめく物語を論じた本書もその1冊である。

古来、虫は生き物の総称で、万物が五つの元素からなるとする五行説に従い、中国では全ての生き物が五虫に分類されていた。羽虫(長は鳳凰)、毛虫(長は麒麟)、甲虫(長は霊亀)、鱗虫(長は龍)、倮虫(倮は裸に同じ。長は人間、特に聖人)である。昆虫はこの枠外に置かれていたのだが、次第に虫は昆虫を指すようになった。

著者は人間の生活と関わりの深い6つの昆虫(セミ、チョウ、アリ、ホタル、ハチ、バッタ)を取り上げ、それにまつわる珍聞、異聞を通して、古代中国の精神世界を鮮やかに切り取ってみせる。その手腕は大したものだ。

テーマが珍聞、異聞であるから、220ページの中に面白い話がギュッと詰め込まれているのだが、その中からとりわけ興味深いエピソードをいくつか紹介してみよう。

セミは再生や権力のシンボルと看做されており、死者の口には含蝉(玉石)を入れて埋葬した。また、仙人になることを羽化登仙と呼んだのはセミの羽化からきているという。皇帝の冠正面にはセミ飾りがつけられ、宮女は無聊を慰めるためセミ捕りに勤しんだ。

たましいがチョウになると信じられていた中国では、中国版ロミオとジュリエット(梁山伯と祝英台)もチョウになって冥土へ向かう。畑の野菜がチョウになるという伝承は、万物はめぐるという宇宙観がもたらしたものであろう。

南柯の夢に描かれたアリのユートピア(王国)。中国人はアリの巣穴に深い関心を持っていた。また、アリを調教する大道芸人が、辛亥革命の頃までいた。

康熙帝はホタルの光では本は読めないと実証し、煬帝は空前絶後のホタル狩りを楽しんだ。ハチは王さまの珍味で、蜂蜜よりも蜜ロウが貴重だった。

董仲舒による天人感応説以来、バッタは天罰だと考えられてきた。そこで、唐の太宗は、天災の原因が自らの政治にあるとする「罪己詔」を出しバッタを呑み込んだのである。その一方で、後漢の大学者、王充は「論衡」を著し、特に「商虫」篇で虫害の迷信や虚妄を反駁した。玄宗の時代、名宰相姚崇は天誅説を退け、バッタ駆除に精力的に取り組んだ。

もちろん、医食同源の中国のことであるから、すべての虫は食材となり薬剤となる。その描写もまた楽しい。中国ではともすれば、自然観察より古典に書かれていることが重要視された。例えば、「腐草、蛍となる」という謬説は2000年、正されることはなかったのである。

万物流転という生命観があったにせよ、「自然に学ばず文字に学ぶ」結果となったのは、儒教の尚古主義(述べて作らず、信じて古を好む。古いものこそが尊い)の呪縛であろうと著者は指摘する。こうして虫の文化誌が、見事に中国史の一面を映し出すのだ。 

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。 
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