『世界天才紀行 ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで』 訳者あとがき by 関根 光宏

早川書房2016年10月21日 印刷向け表示
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世界天才紀行――ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで
作者:エリック・ワイナー 翻訳:関根 光宏
出版社:早川書房
発売日:2016-10-21
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天才たちはどこからやってくるのか。一説によると、たとえば3歳でヴァイオリンを弾きこなしていたというモーツァルトのように、天才は「生まれつく」。別の説によると、少なくとも一万時間の努力の結果として、天才は「つくられる」。たとえばトーマス・エジソンのように。だがじつは、天才は「(時代や土地に)育てられる」と、本書の著者エリック・ワイナーは考える。

歴史を振り返ると、天才たちはランダムに現れるのではなく、特定の時代や場所に集中して現れる傾向があることがわかる。古代アテナイは、ソクラテスやプラトン、アリストテレス、トゥキュディデスなど多くの天才を生んだ。彼らはいずれも、ほぼ同時期(紀元前400年前後)に同じ場所に存在していた。1500年のフィレンツェでは、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ・ブオナローティ、ボッティチェリなどが活躍し、1800年ごろのウィーンでは、ベートーヴェンやハイドン、シューベルト、さらにはモーツァルトが作曲に励んでいた。

では、多くの天才を輩出した時代や土地には、いったい何が隠されているのか。どうしたら天才を生みだせるのか。そうした問いの答えを見つけるべく、ワイナーは世界各地をめぐる旅に出る。

本書は、Eric Weiner, The Geography of Genius: A Search for the World’s Most Creative Places from Ancient Athens to Silicon Valley, 2016, Simon & Schuster の邦訳版である。原書はアメリカで刊行されるとすぐさま話題にのぼり、『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラー・リストにランクイン。さまざまなメディアで取り上げられ、書評も多数掲載された。たとえば『ワシントン・ポスト』紙では、次のように紹介されている。「エリック・ワイナーは無類の旅行ガイドだ。愉快で、物知りで、自嘲ぎみの......。[彼の]個性あふれる文章を読むと、一風変わった、満ち足りた世界旅行に自分も出かけた気分になれる」

エリック・ワイナーは、1963年生まれのアメリカのジャーナリスト。『ニューヨーク・タイムズ』紙から全米公共ラジオ(NPR)に転じ、長きにわたってニューデリー、エルサレム、東京などで海外特派員として活躍した経歴をもつ。現在は、妻と娘、飼い猫とともにワシントンDCを拠点とする。これまでに本書を含めて三冊の著作がある。幸福をテーマとする The Geography of Bliss(2008年)、宗教をテーマとする Man Seeks God(2011年)、そして本作である。デビュー作の The Geography of Bliss は、日本でも『世界しあわせ紀行』というタイトルで早川書房から刊行され、新聞書評で取り上げられるなど大きく話題となって版を重ねている(2016年には文庫版が刊行された)。

ワイナーは自身のホームページで、次のように自身を紹介する。「わたしは自分を”哲学的旅人”だと思っている。わたしの関心の中心は、場所とアイデアの”出会い”にある。なぜならそれらが交差するところに、幸福であれ精神的充足であれ、創造的表現であれ、人生の最も興味深い側面が現れるからだ」そして幸福の探求、宗教の探求に続く3つめの旅のテーマとして選んだのが天才の探求である。ワイナーの著作は過去の作品も含めるとすでに20以上の言語で翻訳出版され、人気作家としての地位を築いている。

さて、『世界しあわせ紀行』で「幸せはどこにあるのか」と問いかけたワイナーは、本作では「天才はどこにいるのか」と問いかける。今回の旅の目的地に選んだのは、7つの街(アテネ、杭州、フィレンツェ、エディンバラ、カルカッタ、ウィーン、シリコンバレー)である。天才の地としてなじみのあるアテネやフィレンツェといった街のほかに、エディンバラやカルカッタといった街が選ばれているのがおもしろい。古今東西の文献を参照しながら、行く先々で地元の研究者や個性あふれる人物と交流し、ときに街を歩き回りながら、ときにカフェでコーヒーをすすりながら思索を深めていくのが、ワイナーの旅のスタイルだ。

ワイナーの著作を読んでいると、自分がミクロな存在になって彼の頭のなかに入り込み、その脳のなかでくつろぎながら、そして同時に、海外旅行に出かけるときの高揚感と緊張感を感じながら、いっしょに世界各地を旅しているような気分になれる。それが大きな魅力だ。たとえば本作では、アテネの光あふれるカフェを、杭州の湖畔を、エディンバラの丘を、フィレンツェの路地を、カルカッタの猥雑な路上を......実際に訪れているような気分になる。

ただし、不平家を自任するこのジャーナリストの頭のなかは少々複雑だ。読み進めていくと、ときにラビリンス(迷宮、迷路)に迷い込んだような気分になることがある。そう、ギリシア神話で、クレタ王ミノスが牛頭人身の怪物ミノタウロスを閉じ込めるためにダイダロスに造らせた、あのクノッソス宮殿のラビュリントスに。でも安心してほしい。アリアドネの手渡した糸の導きでミノタウロスを倒し、迷宮から帰還する英雄テセウスよろしく、読者はいつでも自由に現実世界に帰還できる。

もちろん、このラビリンスは、はなから読者を道に迷わせるために造られたものではない。それどころか、新たな世界を見て、知り、感じるためにある。そこで最後に、本書を読み進めるための簡単な道案内を記しておきたい。

まず、「天才」という共通のテーマのもとに各章で触れられている話題を、思いつくままに列記してみる(ただし、実際に取り上げられているテーマはこれらに限られるわけではない)。

1章(アテネ)──ギリシア、哲学、考古学、歴史、観光
2章(杭州)──中国、技術、絵画、詩、歴史、教育、政治、起業家
3章(フィレンツェ)──イタリア、美術、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、メディチ家、宗教
4章(エディンバラ)──スコットランド、道徳、医学、化学、工学、経済学、地質学、酒場
5章(カルカッタ)──インド、大英帝国、植民地、文学、科学
6章(ウィーン)──オーストリア、音楽、とくにモーツァルトとベートーヴェン
7章(ウィーン)──オーストリア、カフェ、フロイト、精神分析学、アインシュタイン
8章(シリコンバレー)──アメリカ、情報技術、スティーブ・ジョブズ、起業、教育

おすすめしたいのは、中国が好きなら2章から、美術が好きなら3章から、音楽が好きなら6章からというように、最も興味のもてそうな章から読み進めてみる読み方だ。もちろん、どこから読み始めようとも自由だが、まずは関心のある話題に触れられている章から読めば、むやみにラビリンスに 迷い込むことなく、ページを繰る楽しみがいっそう増すような気がする。

天才をめぐるこの旅には、パスポートも、ビザも、航空券も必要ない。さあ、天才という混沌の世界を思う存分楽しんでみよう。本文中でさかんに触れられているように、混沌のなかに天才の秘密の一つが隠されているのだから。

2016年9月 関根 光宏

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