えっ!ウチと違う!? 『お雑煮マニアックス』

吉村 博光2016年12月09日 印刷向け表示
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お雑煮マニアックス (dancyu特別編集 プレジデントムック)
作者:
出版社:プレジデント社
発売日:2016-11-28
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日本初のお雑煮のムックである。著者の粕谷浩子さんは、お雑煮が好きすぎて、各地の食べ比べレトルトパックの会社を立ち上げた情熱の人だ。その道のりは我々が想像するより、ずっと険しいものだった。お雑煮はレストランなどに無いため、粕谷さんは「地元の人と銭湯で仲良くなる作戦」などを駆使して、奥深いお雑煮の世界を丹念に調べていくしかなかったのだ。47都道府県のお雑煮を一挙に紹介した本書は、そんな努力が結実した日本の食文化史上の記念碑的作品である。

私はイベントや出版企画をまとめる仕事をしていて、その過程で、家でゴキブリを飼育して食べる女性や、古墳が大好きなシンガーソングライターさん、鉄工所を営むかたわらエスカルゴの養殖をされている方など、多くの面白い方々とお会いしてきた。粕谷さんは、その中でも対象物に向けられた情熱のピュアさ加減が、ほんとに、ズバ抜けた人なのだ。初対面で、これは普通じゃないと私は感じた。

まず驚いたのは、「中小企業診断士として創業支援センターで働いていたにもかかわらず、清水の舞台から飛び降りるつもりで会社を立ち上げました」ときいた時だ。世にも稀なるお雑煮のレトルトパックの会社である。さらに驚いたのは、百貨店でデモ販売を重ねる一方、TVなどのメディアに多数出演し、創業2年目で9万個を販売したという実行力である。現在は「岩手くるみ雑煮」など6種類を販売中だが、年内には「筑前あさくら蒸し雑煮」などが加わり10種類になる予定だという。

代表的なものだけで100種類以上あるお雑煮だから、まだまだフロンティアは広大である。本書でも「お雑煮精進中ですから、あなたのお雑煮をぜひともぜひとも、私に教えてくださいませ!」と書いており、その情熱はとどまるところを知らない。ホームページを見ると、その夢はご当地雑煮だけで終わらない。ファーストフード化や、海外展開すら視野に入っているのだ。最初に本の概要を書くのはレビューの鉄則だが、今回は禁を犯して著者の紹介から入らせていただいた。さすがにそろそろ、本書の内容に入りたい。

この本を読んだら、無性に誰かに話しかけたくて仕方なくなってしまうはずです。お雑煮って、同じ日本語の「お雑煮」という言葉を使いながら、それぞれが頭の中に思い描いているイメージは皆バラバラ。それぞれの「自分たちのお雑煮」があって、それが普通だ、と疑いもなく思っていたのに、人と話してみたら、「えっ!ウチと違うよ」とびっくりしてしまうんです。 ~本書「WELCOME! お雑煮ワールド」より

お雑煮がヨソの家庭と違うことに気づく機会といえば、やはり「結婚」だろう。我が家は、私の実家のお雑煮の味を引き継ぐことになった。母方を受け継いだり、両者の良いとこ取りだったり、それぞれだと思う。あるいは子供の頃に田舎で食べた雑煮の味が忘れられず、隔世で遺伝することもあるのかもしれない。その辺りは、私の大好きな競馬の世界に似ていなくもない。「日本の芝には、軽めのアゴだしが合うに違いない」などと、無意味な独り言を吐きながら、ページをめくるのも楽しかった。

本書によると、私の父の実家がある佐賀のお雑煮はスルメだしで、具に蓮根や鶏肉が入っている。我が家のお雑煮にも、確かに蓮根や鶏肉が入っている。しかし、だしは鶏ガラだ。鶏ガラは北海道や秋田に多いと本書にあるが、私が知りうる限り、私の血統にはその地との縁はないはずだ。まさに、ミステリーである。ここにはおそらく、私の知らないファミリーヒストリーが眠っているのだろう。読んでいて、ワクワクさせられた。

私が食べたことがあるお雑煮のなかで、最も意外性があって、美味だったのが香川の白味噌あん餅雑煮である。ご覧のように、餅のなかにあんこが入っていて当然甘い。しかし、そのうえに乗っているアオサの香りが、その甘さと汁を上手につないで、絶妙な味わいを生んでいる雑煮なのである。いまも香川県で老若男女に愛されているこのあん餅雑煮。庶民には高嶺の花だった特産品の和三盆を、正月くらいは何とかして食べたいと、餅の中に隠したのが由来のようだ。

知的好奇心をそそられるお雑煮という文化。本屋さんとの相性がバッチリで、レトルトの販売が好調だ。なかでも最も良く売れるのが、岩手県の「宮古くるみ雑煮」である。お雑煮から餅だけを取り出して、くるみだれにつけて食べる趣向だ。この時期、岩手のスーパーには「くるみだれ」が並んでいるそうだ。しかし、昔からくるみの殻を割るのは子供たちの仕事で、ぜひ後世に残してほしい習慣だと本書には書かれている。現代人の多くがそうであるように、便利さと引きかえに何かを失っているのかもしれない。そんなことまで、考えさせられた。

本書を手にしたら、まずは出身地のページを探すだろう。そこにあるお雑煮は、自分のウチのものとは違うかもしれない。そんなときは、他の都道府県の雑煮をチェックしてみるとよいだろう。もしかしたら、私のようにさらにナゾが深まることもあるかもしれないが、ヒザを打つこともあるだろう。そしてぜひ周囲の人にも、どんなお雑煮を食べているのか訊いてほしい。「ウチは普通だよ」と嘯きながら、本書にすら掲載されてない、意外な答えがかえってくるかもしれない。その場合は、ぜひ粕谷さんにメール(本書にアドレスを掲載)をすることをお薦めする。日本で一番、お雑煮の情報を欲しがっている情熱の人に!お雑煮マニアの一員となる覚悟で。

※画像提供:プレジデント社

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