『全裸監督 村西とおる伝』真珠湾でAVを撮ったビジネスマン

栗下 直也2016年12月28日 印刷向け表示
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全裸監督 村西とおる伝
作者:本橋信宏
出版社:太田出版
発売日:2016-10-18
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安倍晋三首相が28日に米・ハワイの真珠湾を訪問した。当初は、今回が現職首相として初の真珠湾訪問とされていたが、吉田茂、鳩山一郎、岸信介も首相在職時に訪れていたとの報道も出てきた。突如、過去に3首相の訪問が浮上してきたわけだが、真珠湾上空で男女の情事を撮った男は日本どころか世界でも一人であろう。

村西とおる。もはや過去の人かもしれない。十数年前に息子が超有名難関私立小学校に入学したことで、「あの村西とおるの子が!」と話題になったが、全盛期のパンツ一丁で業務用カメラを抱えて、「ナイスですね」とハスキーボイスで発する姿は多くの人にとって、忘却の彼方だろう。

とはいえ、この男、一時代を築いたのは間違いない。80年代末には、5つの会社を経営、年商100億円のAV王国をつくりあげた。『SMっぽいのが好き』でデビューさせた専属女優の黒木香は知的な語り口とお下劣なキャラクターのアンバランスさと「腋毛」で、一躍マスコミの寵児となった。AVを世間に知らしめた立役者の膨張は股間も事業もとどまるところを知らず、「空からスケベが降ってくる」と衛星放送事業に進出したが、残ったのは膨大な借金だった。最近は雑誌やバラエティ番組で、「前科7犯、借金50億円」の身で再起を目指した姿が取り上げられたこともあるが、30代以下が思い浮かべる村西像はまさにこれだろう。

本書はこうした「きわもの扱いされながらもAV黎明期に拡大路線をひた走った『AVの帝王』の評伝」として村西の大文字の歴史も当然ながら詳細に描かれている。AV監督だけにエロの描写はあるし、そうしたシーンも楽しめる。だが、それらをすっ飛ばして読んでも、実に興味深い一冊だ。公私で30年以上の付き合いがある著者があくまでも冷静な視点での緻密な取材と一気読みさせる筆致で、類い希なるビジネスセンスと行動力を浮き彫りにしているからだ。

村西はAV監督になる前にいくつかの職業を経ている。例えば、英語教材セールス。全30巻の英英辞典で価格は20万円、今の貨幣価値なら100万円前後か。

1970年、村西は月に4セット売れれば営業のトップになれる状況で、少ないときに週5セット、多いときに1週間で20セット売り、日本一になったという。100万円の腕時計をして、必ず5000円のランチを食べた。それもそのはず。大卒初任給が2万5000円の時に最高月収は驚くべきことに150万円だ。

本書ではトップ営業マンに登り詰めた振る舞いを惜しみなく披露している。「今、眼の前にある烏龍茶を五百円とか千円で売れと言われたら売れる」という話術と街頭セールスで間違ってヤクザに声をかけてしまっても、「右手に拳銃、左手に英語辞書、これがこれからの日本の極道の理想像ではないでしょうか」と開き直れる胆力。詳細は本書を読んで欲しいが、村西は日々、イメージトレーニングしていたことを述懐する。

信号待ちで眼の前にセドリックが止まればいかに売れるかをシュミレーションし、青信号になって横断歩道を渡るときには横断歩道の必要性をいかに説明するか、言語化を試み続けた。英会話セールスマン時代の話など英英辞典など全く必要の無い私まで、「買います」と言いかねない説得力にあふれている。実際、村西は女優の出演交渉や借金取りに拉致されたときも、この話法で瀬戸際をしのぐことになる。

行動も素早い。「イケる」と思えば、後先考えずに一気に勝負に出る。英語教材で成功を収めつつも、二転三転して、78年に北海道で業務用ゲーム機の設置事業を手がけていた。インベーダーゲームのブームに乗り、1年で3億の現金と、2億の機材を手元に得たが、村西は次なる「金の卵」を見つける。成人向け写真集、いわゆる「ビニ本」だ。ゲーム事業を惜しげも無く売り払い、ビニ本の商売に経営資源を投入する。広告を新聞に打ち、大工を募集して、正味75日で全道に48店舗を開業させる突貫工事で。「ビニ本の帝王」と呼ばれ、市場シェアの7割を握る。

抜け目もない。村西はその後、違法である無修正の「裏本」の製作にまで手を広げるが、当初は捕まらない自信があったという。台湾でどんちゃん騒ぎをして仕事関係者一同で帰国した際も、羽田空港に捕まったのは関連会社の社長だった。なぜか。警視庁の裏本を取締る4チームに金をばらまいていたのだ。著者とのやり取りから、時代が違うとはいえ、想像を絶する警察とのズブズブぶりがうかがえる。

「あっち行ったりこっち行ったりして取締り側にカネを渡して歩くの。酒の飲み食いしてお付き合いしたら、その後で封筒渡すの」
「年間六百万も渡すのは大変でしたね」
「毎月ですよ、毎月」
「毎月六百万!?」

本書は発売から2カ月弱経ったが、全国紙、専門誌、スポーツ紙、ビジネス誌の書評は沈黙を続けている。自腹で記事検索サービスで調べてみたが、書評として取り上げられた回数はゼロである。

確かに、刑務所に入ったことはないとはいえ、前科7犯はまずいかもしれない。安倍晋三総理が真珠湾を訪れようとしているこの時期に、約30年前に真珠湾上空にセスナ機をぶっと飛ばし、『スカイファック』という作品を撮り、ミカンの皮と情事の処理に使ったティッシュを上空からばらまいたAV監督の評伝を大メディアが絶賛するのもまずいかもしれない。

だが、戦後の困窮も高度経済成長もバブルもその崩壊も、IT革命も、体現して所持金1万4000円になってもくじけない不屈の男の一代記は一人でも多くの現代の日本のビジネスマンの目に触れてほしいものである。

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