『わたしと統合失調症 26人の当事者が語る発症のトリガー』リカバリーを生きるということ

小松 聰子2017年01月11日 印刷向け表示
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わたしと統合失調症: 26人の当事者が語る発症のトリガー
作者:佐竹 直子
出版社:中央法規出版
発売日:2016-12-06
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私たち当事者は、人として破綻しているわけではなく、ただ「見えない病気になっているだけ」なのです。私は、当事者がこれほどまで無理解な状況におかれている現状に強い憤りを覚えます。

自分のことを言われているような気がして胸がチクチクする。いや、まさに自分のことだ。正直に書いておくが、統合失調症をもっと理解しようと思う自分 vs ちょっと遠慮したいと思う自分のせめぎ合いがいまだ脳内で継続中である。

本書は26人の統合失調症当事者=「リカバリーを生きる人々」の体験談と、編者の精神科医・佐竹直子氏の解説により構成されている。

巻頭で編者は、

発症の頃のエピソードは、どんなことが統合失調症のトリガーになるのかだけでなく、発症当時の混沌とした状態と同じ感覚を今まさに抱えている人に、自らに起こっているかもしれない問題を気づかせてくれるかもしれません。また、その人にとってのトリガーとなる出来事は発症後の症状の再燃にも深くかかわり、発症へと至らせたその出来事への向き合い方を皆が考えるきっかけにもなってくれるでしょう。

と述べている。当事者による語りからこそ得られるものがあるという示唆である。本書の体験談は発症時のトリガー、そしてその後本人がリカバリーし、どのように病と向き合って生きているのかを中心に書かれている。

統合失調症の原因はまだはっきりとはわかっていないが、元々本人が持っている「発症のしやすさ」が何らかのトリガーによって発症するというメカニズムではないかと考えられているという。

実際のトリガーはどのようなものなのだろうか。大きくは環境によるストレス、変化によるストレスに分けられるが、いずれにせよ本人が対処しきれないレベルのストレスによって統合失調症の発症につながっていくのだという。

本書の中で紹介されているトリガーで会社員の自分として1番怖かったのはFile15 山根耕平氏が自動車メーカー勤務時に発症したエピソードである。

何しろ、会社の不正をあらためるべく、やるべき事をやろうとしたらどんどん追い詰められていくのである。不正への協力を拒んだことをきっかけに彼は孤立し、洗脳とも言える研修に送り込まれ、最終的に統合失調症を発症していく。

会社という組織が病気をもたらしてしまうというのは、闇としか言いようがない。もちろん、元々本人が持っている性質も大きく影響するので、同じ状況にさらされたからといって必ず発症する訳ではない。

しかし、何でそうなる前に辞めることができなかったのか? あるいは同じように組織の圧力があったとしても、方向が「洗脳」ではなくて「排除(辞めさせる)」だったらこの人は発症を回避できたのではないだろうか? と何とも言えない後味の悪さが残った。(本書は当事者の側からの証言のみなので会社側からどのように映っていたかは分からないと言うことは補足しておく。)

同じような後味の悪さは他のエピソードのトリガーの部分でもいたる所に見られる。それこそがトリガーのトリガーたるゆえんだとは分かっているものの読みながら辛くなってくる部分である。

もう1つの柱が著書名にもなっている「リカバリーを生きる」ことであるが、リカバリーの体験がなくトリガー体験だけでエピソードが終わっていたとしたらなんの救いももたらさない、しんどいだけの本になってしまっただろう。トリガー体験を「リカバリーを生きる」人が語っているから希望が見いだせるし、それぞれのエピソードを読み終えて前向きな気持ちになることができる。

リカバリーとは、"目標を持ちながら自分らしく生きること"である。誰かがそれでいいと言ったから選んだのではない、自分の力で考えて道を選び取ることだ。

26人はそれぞれに発症からの、いや、発症前からの苦しい時期を経て、自分がどう生きるべきかを見直して今に至っている。容易にできていた事ができなくなり、人間関係が変わり、仕事を辞め…発症したことにより向き合いたくない辛い事実が横たわっている。しかし向き合わなければ真の意味でのリカバリーは実現しない。

File26のナツメヤシ氏のエピソードは、漫画の体裁だ。発症してからも転職を繰り返しながらなんとか会社員を続けようと頑張って、母親の介護のために仕事を辞めた後も生活保護等の支援を受けずにいたナツメヤシ氏に主治医がこう告げるシーンが出てくる。

仕事を生きがいにする生き方とは別の生き方もあるのでは

彼はこの言葉にはっとして、生き方を見直していく。ここが彼にとってのリカバリーの出発点となる。

それまでの彼にとって人生は仕事なしには考えられないものだった。とはいえ、病気を隠して無理やり働くがためにすぐに辞めざるを得なくなり転職を繰り返す。そのたびにどんどん悪くなる就労環境…それでも歯を食いしばって耐えてきたのは、人生と仕事をする(会社員でいる)という事がイコールになってしまっていたからだったのだろう。

その後、彼はデイケアや作業所に通いながら漫画の執筆を続け、とうとう出版にこぎつける。そして伴侶を得て結婚もし、病と「和解」する。この言葉は、1度発症すると現在のところ完治の方法は無いという統合失調症との付き合い方をとてもよく言い表しているのではないだろうか。

ナツメヤシ氏だけではなく、どのエピソードもその人なりの向かい合い方を示して締めくくられている。File12紅葉の夫・イエロー氏はリカバリーを生きる日々をこう表現している。

未来に希望があるのか? と問われたなら、今はぼんやりとした灯火のようなものを自分の中に感じることができる。消えてしまいそうな火かもしれない。でも暗闇ではない、弱いが光がある。

26人の著者はそれぞれに自分らしく病気と付き合う方法を見つけ出している。それはまさに"灯火"のように思える。

本書を手に取って私は知人のAさんを思い出した。もう随分前に疎遠になってしまったAさんは、ちょっと面倒臭い人物だった。引き起こす日々の騒動や理解しがたい数々の言動のせいである。私はAさんのごたごたに巻き込まれないようにと徐々に離れていった。

しばらく経ってからAさんが統合失調症を発症したと人づてに知って、あぁ、あの面倒臭い様々な出来事は発症の一歩手前だったからなのかと納得した。納得はしたものの、もう関係は破綻してしまっていたし、実際に掛けられた迷惑を考えるとまた交流を復活させたいとは正直なところ思えなくなってしまっていた。

もしかしたらAさんはあの頃辛くてしんどくて仕方がなかったのかもしれない。その頃私が本書に出会っていたら…と考えずにはいられない。

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