どこまでを人に任せるべきか──『デジタルアポロ ―月を目指せ 人と機械の挑戦―』

冬木 糸一2017年01月28日 印刷向け表示
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デジタルアポロ ―月を目指せ 人と機械の挑戦―
作者:デビッド・ミンデル 翻訳:岩澤 ありあ
出版社:東京電機大学出版局
発売日:2017-01-20
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本書は「人と機械がアポロ計画においてどう役割分担をしたのか(そもそも人に役割はあるのか)」という観点から、計算機開発を中心に、人間と機械の協働を分析した一冊になる。アポロ計画に関する本は歴史を辿る物からマネジメントを分析する物まで山ほど存在するだけに、今更新しいものが読めるのかなあ? と疑問に思っていたのだが、これが滅茶苦茶おもしろい!

アポロ計画の技術者は機械設計にどのように人を組み込んだのか? 重大な月面着陸で人を制御にどのように介在させたのか? 人はいつスキルを持った賢い操縦士として働き、いつ飛行規定書に沿って機械のように動いたのか? この"人と機械"の境界線は、無味乾燥とした技術計算だけで成り立っているようにみえるアポロ宇宙船の人間的側面を映し出す。

原書は2008年刊行なので10年近く時間が経っているが、その価値はいささかも減じることがない。それどころか、自動運転車や人工知能との協働など人と機械の役割分担がより重要になり、民間の宇宙開発も進む現在、「どこまでを人がやるべきで、どこからを機械に任せるべきなのか」を考えることの価値はより増している。『読者は『Digital Apollo』が有人宇宙飛行のみならず、操縦士とコンピューター、自動制御、ネットワーク、そして現代の技術システムを設計する技術者との関連性を説いた本であることに気が付いてくれた。』とは著者による序文の弁だが、まさにこの言葉通りに普遍性のある一冊なのだ。

人は"貨物"か"パイロット"か

そもそも人と機械の協働がなんだとうんたら議論する前に考えておくべきなのは、"そこに人は必要なのか"という問いである。たとえばアメリカ合衆国初の有人宇宙飛行計画であるマーキュリー計画では、機械とパイロットの明確な対立が生まれている。ロケットの打ち上げ時にパイロットにできることは何もなく、安定後も自動操縦が主体である。機械が故障し最悪な事態が起こった場合も自動化されている。つまりパイロットは"ただの貨物である"という批判が相次いだのだ。

一方でアポロ計画を率いるスレイトンは、「もし操縦をなくしたら、それは宇宙に人類の居場所はないと言っていることと同じだ」と反論した。パイロットは自分が貨物であるなどとは認めないから、自分たちが操縦することには意味があると主張する。そんな対立が続く中、実際に宇宙船が飛び始めると、宇宙飛行士は数々の故障や失敗に臨機応変に対応し、その力を示した。スラスター漏れが原因で宇宙船カプセルがロール軸まわりを一定に回転し始めた時、シェパード宇宙飛行士はフライ・バイ・ワイヤ制御を使って動きを修正し大気圏突入の振動を減衰させた。

結果的にマーキュリー計画は人の存在を正当化し、公文書にも「宇宙飛行士が宇宙船に座る乗客から、宇宙飛行に積極的に貢献する者へと進化した姿を見せてくれた」と総括が記載されている。積極的な操縦者とはいえないが、"究極のバックアップシステム"としての役割を示したのだ。

月までのプログラミング

アポロ計画開始時、当然ながらNASAから各所へとシステムの設計依頼が飛ぶ。その最初期段階においては、"ソフトウェア"という言葉は記載されていなかった。この言葉が流行り始めたのは1950年代の後半で、オックスフォード英語辞典ではじめて"ソフトウェア"という言葉が用いられたのは1960年だという(アポロ計画始動は1961年)。当時アポロ宇宙船のソフトウェアを担当すると奥さんに伝えた技術者の奥さんは、"ソフト"という言葉が男らしくないと思ったそうだ。

プログラミングという言葉さえほとんど使われていない時代で月への自動航行を制御しようというのだからその道程はあまりにも険しい。だが、それだけに未知の領域を開拓していく興奮に満ちている。ある技術者はミッションの目標と要求仕様がまだ白紙だった、計画初期当時のことをこう述懐している。『「自動化を検討し始めた……開拓者が自分たちだった……かつての構想が実現するすぐそこまできていた……この段階では私たちは概念設計に集中することができた」』もちろん前人未到の有人月探査なのだから、開拓するのはソフトウェアばかりではない。

ネヴィンズは、アポロ宇宙船システムの"宇宙飛行士と計算機関のやり取り"を説明した。広い意味でとらえ、自身の構想を"操縦技能の遷移(A Transiton in the Art of Piloting)"と名づけた。この考え方は、宇宙飛行士が計算機と管制官とやり取りすることを意味し、飛行の定義を一生変えてしまった。"アポロのフライトマネジメントシステムは、自立ではなく、飛行装置と地上装置が統合されたシステムとなった。"

フライトの要所で、宇宙飛行士はどんな情報を必要とするか? そのデータはどこに表示されるか? データ表示画面の大きさはどれだけが必要で、どうやって表示するのが間違いが少ないのか。そうした一つ一つの疑問に新たな答えが生み出され、シンプルかつ冗長性の高い統合システムが生み出されていく。本稿では詳しく踏み込まないが、本書では宇宙飛行士がどのようなコマンドをディスプレイとキーボードに打ち込んだのかまでが事細かく描写されていく。そのどれもが思考の粋を凝らして失敗と手間を減らそうとした結果であり、食い入るように読んでしまう。

立派だが不完全な機械を、スキルは持っているが過ちを犯しがちな人間が操縦した。

最終的にアポロ計画における宇宙飛行士の役割はどこにおさまったのか? 打ち上げは自動である。ロケット分離、エンジン点火の逐次制御実行時にはミッション中止の判断を担った。月への道中では、システム監視や船内整理整頓を。月面着陸時、着陸船を適正な場所に誘導し、着地点を評価するための10分間のうちの1分か2分だけが(セミオートマチック制御で)手動操作だった。

有名な話だが、アポロ11号のミッションは月降下時に計算機が発する謎の警告で危うく中止になりかけた。エンジニアが慌てふためき原因を追求する中、アームストロングは自動制御のスイッチを切り月着陸船を操縦した。結局、警告の原因となったのは何年も前から知られていたが公に問題提起されることはなく見過ごされた問題で、コミュニケーション上の失敗だったといえる。『立派だが不完全な機械を、スキルは持っているが過ちを犯しがちな人間が操縦した。』

アームストロングが操作を担って着陸した瞬間は人の勝利であると言われることが多い。しかし、その背景には膨大な技術的な達成による支援があった。最後の瞬間は、いわば人と機械の勝利の時だったといえるだろう。本書はその複雑な実態を見事に描き出している。

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