『1984年のUWF』 最強という幻想

村上 浩2017年03月02日 印刷向け表示
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1984年のUWF
作者:柳澤 健
出版社:文藝春秋
発売日:2017-01-27
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  プロレスラーは本当は強いんです


総合格闘技黎明期の1997年、今や世界最大の格闘技団体となったUFCが初めて日本で開催した大会アルティメット・ジャパンで優勝した桜庭和志は、日本人選手の勝利に熱狂する観客にこう語りかけた。恵まれた体躯を厳しいトレーニングに晒し、筋肉の鎧をまとったプロレスラーが弱いはずがない、何を当たり前のことを、と思うかもしれない。ところが90年代には、プロレスラーの“強さ”に大きな疑問符が突き付けられていた。

プロレスラーは真剣勝負では弱いのではないか、ショーの世界にどっぷり浸かった彼らの技は格闘技の世界では通用しないのではないか。力道山に始まりアントニオ猪木が幾多の異種格闘技戦で最大限にまで膨張させたプロレス最強論は風前の灯火だった。だからこそ、タイガーマスクに憧れ、プロレスラーとしてそのキャリアをスタートさせた桜庭はプロレスラーは本当は強いのだと宣言した。

その後の桜庭は海外の強豪を次々と撃破し、大晦日の民放テレビ局が揃って格闘技を放映するまでの格闘技ブームの火付け役となる。しかし、桜庭の快進撃が証明したのはあくまで「桜庭和志」個人としての強さであり、プロレスラーの強さではない。K-1やPRIDEを筆頭とした格闘技が一大ムーブメントとなったときには、プロレスから最強という看板は完全に剥がれ落ちていた。なぜプロレスが最強の座から陥落し、日本で格闘技が一時とはいえ国民的な年末の風物詩となったのかを知るためには、プロレス団体・UWF(ユニバーサル・レスリング・フェデレーション)について知らなければならない。すべては、UWFから始まった。

『1984年のUWF』は、真剣勝負たる“シューティング・プロレス”を謳ったUWFがどのように誕生し、多くのファンを魅了し、そして崩壊していったのかという歴史を当時の選手たちのインタビューや関係者たちの証言によって生々しく再構築している。あまりの臨場感に、プロレス・格闘技ファンはもちろん、UWFという名前を聞いたことがないという読者でも、ページをめくるたびに体温が上がり、物語の結末まで本書を手放すことはできないはずだ。

最強をひたむきに追いかける男、その強さで手に入れた金と名誉を無邪気にむさぼる男、強力な言葉でUWFの最強幻想を日本中にばらまいた男など、どの男たちもとにかく濃厚で、胃もたれを起こしそうなほどのエネルギーに満ち満ちている。著者・柳沢健は『ゴング格闘技2017年4月号』の本書にまつわるインタビューで、自身の紡ぎだすUWFの物語が当時のファンにとっての苦い現実を明らかにするものであることを踏まえて、自身の歴史との向き合い方を以下のように語っている。

人間とは物語です。個人の物語の集積が歴史です。自分の過去を知らなければ、永遠に現在を彷徨い続けることしかできません。いま自分がいる場所を知るためには、過去を知る必要があるんです。


UWFといううねりを生み出した多くの個性的な男たちの中心にいる2人は、とりわけ強い輝きを放つ。一人は、甘いマスクと大きな身体に恵まれながらも新日本プロレスでは芽が出ず、UWFに全てを賭けることを決意した前田日明。もう一人は、天才的な運動センスでタイガーマスクとして絶大な人気を得ながらも、自らの信じる最強を哲学的なレベルで追い求める佐山聡。この2人の交錯がUWFに一瞬の輝きをもたらし、後の総合格闘技へと繋がっていくのである。

本書の物語は、プロレス・格闘技の中心から離れた意外な場所でスタートする。そこは、北海道浜益郡浜益村(現・石狩市浜益区)。札幌から車で1時間以上離れたこの地が物語の起点として選ばれたのは、そこに中井祐樹がいたからだ。ヴァーリ・トゥード・ジャパン・オープン1995で、相手選手の反則攻撃により右目を失明しながらも勝利をもぎ取るという伝説の戦いをすることとなる男も、1984年の時点ではプロレス好きで成績優秀な普通の中学生に過ぎなかった。この中井少年に衝撃を与えたのが、UWFだった。

『週刊ゴング』が伝えるUWFの姿はこれまでのプロレスとは何もかもが異なっていた。UWFでは三角絞めやチキンウィング・フェイスロックなどのこれまで見たことも聞いたこともない技が繰り出され、ロープに振られた選手が予定調和的に対戦相手の元に戻ってくることもないのだという。「ついに真剣勝負のプロレスがUWFで始まったんだ!」という興奮は、徐々に中井を普通の中学生の道から外れさせていく。テレビ放映のないUWFの技を雑誌の写真から必死に想像し、中学生の仲間たちと“シューティング”という真剣勝負のプロレス団体を作ってしまったのだ。その情熱は、柔道部員との異種格闘技戦にまで発展していくこととなる。

シューティング活動によって病院送りの者が出るころには、教師たちも見過ごすわけにはいかなくなっていた。シューティングはスポーツだと言って聞かない中井と学校側の言い分は平行線をたどり、ついには中井と柔道部顧問の一騎打ちで決着をつけることとなった。中井が勝てばシューティングは存続、負ければ解散である。中学校の生徒と教師の一騎打ちなど今の時代では想像もできないが、中井は自分の信じるものを取り下げることがどうしてもできなかった。しかし、この少年が強烈に憧れたUWFの強さ、真剣勝負という看板は偽りのものだった。UWFの最強は幻想だった。

格闘技ファンが夢中になったUWFは単なるフェイクだったのか。そこには、いくばくかの真実も存在していなかったのか。なぜ、真剣勝負ではないUWFが総合格闘技へと繋がっていくこととなるのか。男たちの熱い物語を知ることで、その全てが明らかになる。最強という2文字は、誰の手にも収まることがないからこそ、いつの時代も多くの男を惹きつける。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) (新潮文庫)
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格闘技ノンフィクションの金字塔。不世出の柔道家である木村政彦はどのように生まれ、最強になったのか、そして力道山に敗れたのか。圧倒的なボリュームと密度にただただ驚くしかない。レビューはこちら。同著者による『VTJ前夜の中井祐樹』もオススメ。

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吉田沙保里や伊調馨に代表されるように、日本女子レスリングは世界を圧倒している。なぜ、日本のレスリングはこれほどまでに強いのか、どのように発展したのか。そこには柔道界との意外な関係があった。『1984年のUWF』著者による日本レスリングの歴史である。

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