みんな”フベンエキ”に生きようぜ!とは思うものの、『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか? ~不便益という発想』って、なんぼなんでもタイトル長すぎるやろ

仲野 徹2017年04月14日 印刷向け表示
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不便益と書いてフベンエキ、聞き慣れない言葉である。便をしなかったら御利益がある、という話ではない。あたりまえか。便利は益をもたらすが、反対に「不便であるからこそ得られる益」もあるのではないか、という発想だ。なんじゃそれは、と思われるかもしれんが、著者の川上浩司さんは歴とした京都大学教授で、専門はデザインユニット学。あの、何に使ったらいいのかようわからん『京都大学限定 素数ものさし』の仕掛け人であり、『不便益システム研究所』の代表者でもある。

「〇〇〇〇を持っていません」と答えます。こう答えると、「さぞや不便でしょう」と言われたのは一年前まで。最近では、古代人を見るかのように無言で遠い目をされます。 

さて、〇〇〇〇にはどんな四文字熟語はいると思われるだろう?そう、携帯電話だ。川上先生はもちろん不便益の実践者である。誰だって、携帯電話を持っていなかったら不便だ。しかし、その不便のおかげで、人と連絡をとることに頭を使う楽しみを得ることができる、さらに、人と連絡をとれることの大切さを感じることができる、という。

ホンマですか?でも、携帯電話を持たないというのは極端すぎるわなぁ、と思うのは当然だ。もっと腑に落ちる例として、登山があげられている。たとえば、富士山の頂上までエレベーターがつけられたらどうだろう。確かに便利で、頂上での体験も歩いて行くのとかわらない。しかし、それっておもろいんか、と言われると、全然おもろないやろ。

金額に制限がつけられているが故の、遠足でのおやつ選びの楽しみ。電子辞書の時代に、わざわざ紙の辞書を引いて、目的以外の言葉のおもろい意味を知る喜び。ウォーリーを見つけたところで何も得られないのに、『ウォーリーを探せ!』が売れ続ける理由。雨の日は傘をささないと部屋の間の移動ができない、安藤忠雄初期の名作『住吉の長屋』などが例示されていく。ふむふむ、そうかそうか、不便益っておもろいやん。そんな感じなら覚えがあるぞ。

ドイツの最高峰、ツークシュピッツェへ行ったことがある。歩いても登れるのだが、ロープウェイでも行くことができる。しかし、頂上でのロープウェイ客と登山者の居場所は隔てられている。不便をいとわず歩いてきた人には、特権的な場所があたえられているのである。なかなか優れたシステムである。不便益には、こういった「俺だけ感」からくる自己肯定感や喜びを得られるという大きなメリットがあるのだ。

逆のケース、「便利であることの不益」もたくさんあげられている。たとえば最近のJRだ。かつては乗り換えなければならなかった路線が、乗り換えなしでいけるようになっている。確かに便利である。しかし、そのために、ちょっとしたトラブルであっても、うんと遠方にまで影響が及んでしまう。AIが発達して、自分が考えようと思っていることを、つぎつぎと先回りして提案された日にゃぁ、腹が立って仕方ないだろう。

すでに、不便益を積極的に楽しむたくらみもおこなわれている。観光といえば、言うまでもなく、目的地があって、そこへ行く効率が優先されがちだ。しかし、真逆の観光イベントが京都にある。『ことぶら』では、『どこに行くか分からない100%アドリブガイド!ルーレットを回して京都の碁盤の目を練り歩きましょう!』というツアーがあって、好評を博している。

京都の街中は、ご存じのように碁盤の目のようになっている。このツアー、交差点でルーレットを回して、東西南北どちらへ行くかを決めるのだ。当然、どこへ行くかわからない。常識的には運が悪ければ、同時に、不便益的には運が良ければ、同じところをぐるぐる回ることになる。HPを見ると、どうやらスタート地点は前回のツアー終了場所になってるようだ。そこまでやりますか…。ぜんぜんしょうもないような気もするが、むっちゃおもろいような気もする。

ことぶらでは『田中さんツアー』なるものも企画されている。そのツアー、企画が田中さんで、苗字が田中でないと参加できない。さらに、ガイドも田中さんで、行き先も田中にちなんで田中神社とか。こうなると、便利とか不便とかより、訳わかりませんけど。

最近は、便利で親切な機器に甘やかされすぎてないだろうか。たとえばカーナビだ。いまや、知らない場所ではカーナビなしで運転する気がしない。情けない話だが、地図を見る能力は著しく退化し、地図を読む楽しみもなくしつつある。カーナビ、ずっと進行方向を上にしていたのだが、これではアホになるのではないかと思い、数ヶ月前から、北が上になる表示に変えた。やっぱりちょっと不便である。しかし、なんとなくホッとしながら運転できるようになった。なんと、知らん間に不便益をしておったわ。

さすが工学系の出身だけあって、さらに進んで『かすれるナビ』なるものを開発しておられる。そのナビ、通った道がすこしずつかすれていって、ゆっくり三回も通ると、その道と周辺が真っ白になる、というすぐれものだ。考えてみれば、ナビができる前の時代は、そうやって頭にいれこみ、同じ場所に行く時には、次第に地図を見ないようになっていたのだ。このソフトだと、経験を脳に蓄積せざるをえないんだから、ボケ防止にも絶対いい。

不便益をめぐる具体的な例をいくつか紹介したが、この本では、その背後にある理論的考察も十分におこなわれている。その説明は不便などではなく、とてもしなやかでわかりやすい。なので、読み進めるほどに、なるほどと納得させられていく。

この本、ところどころ、わざと薄い印字にするとか、誤植をいれるとか、乱丁をかますとかにしてあったらおもろかったのに。で、クレームがついたら、版元のミシマ社の社員が、いやぁ、不便益のコンセプトを理解してもらおうと思ったんですよぉ、とか言い訳する。そうしたら、読み手も作り手も不便益をしみじみ実感できて最高だったかも。

不便は手間だが役にたつ

なんとなくパクリっぽいが、おもろい本やからまけといたる。

『楽だけど楽しくない』から『楽じゃないけど楽しい』へ

この本をつらぬくひとつのコンセプトだ。みんながこういう気持ちで生きていくようになれたら、世の中がもっとおおらかになって、住みよくなるに違いない。みんな、今日から不便益に生きようぜ!
 

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