側近の書いた「信長」 『信長公記(全)』

足立 真穂2017年04月13日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
現代語訳 信長公記(全) (ちくま学芸文庫)
作者:太田 牛一 翻訳:榊山 潤
出版社:筑摩書房
発売日:2017-02-08
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

家臣が同時代に書いた、織田信長の一代記『信長公記』。これを歴史小説家が現代語で訳したのが本書だ。本能寺の変で自害するまでの15年間がつぶさに記された、歴史資料としても、読み物としても第一級の一冊。これがまあ、おもしろくて一気読み! 時には歴史の海へ身を投げ出して、戦国時代にタイムトリップをしてみるのもいいぞ。

著者の太田牛一は、尾張の田舎(といっても、現在の名古屋市北区・春日井市界隈らしい)に1527年に生まれた。信長の家臣に仕える足軽から始まり、弓の腕を認められて弓3人、槍3人の信長の親衛隊に選ばれ、側に仕える身に。信長の家臣の与力だったとも言われ、正確には立場がはっきりしないところがあるものの、信長の生身を知る人物と思ってまちがいなさそうだ。
無学だったが、独学で学問を修めるほどの努力家で、日々見聞きしたことをメモしておき、それを80歳を過ぎてから編集して本書をまとめたとか。信長が自害した後は、秀吉にも仕えたそうで、仕事のできる有能な人だったのだろう。なにしろ、引退していた牛一を秀吉が自ら頼んで復帰させたらしい。
また、秀吉についても、家臣として仕える間に『大かうさまくんきのうち』という伝記を記しており、信長についての記録が途中から正確を期している点も含めて、記録係を自任していたようだ。もしかすると晩年は、「社史編纂室長」のような存在だったのか、などと私は想像している。
ちなみに、秀吉の没後は秀頼に仕えており、1613年、87歳で没した。当時を考えたらそうとうな長寿だ。

にしても、ついつい寝ずに一気読みしてしまった。それというのも、大河ドラマや時代劇で見た信長や戦国時代の武将の話が、映像でアタマに浮かんでくるからだ。
とはいっても実はそれは逆の話で、この本が大きなベースとなってドラマのシナリオができているのだから、当たり前といえば当たり前だ。

たとえば、「人間五十年」を信長が唸るように謡いながら舞うシーンを映像で見たことがないだろうか。これについても記述がある。なんと、武田信玄公、ここで登場だ!
甲斐の国を旅で通りかかった尾張出身の僧侶に、武田信玄は挨拶に来させて、信長の趣味について問う。「舞と小歌が趣味でございます」という答えにも満足せず、続けてしつこく幸若大夫(幸若舞の師匠)が教えに行っているのか、と聞いての僧侶の返事がこうだ。

清州の町人で松井友閑と申すものをしばしばお召しになり、ご自身でお舞いになります。けれども、敦盛(あつもり)一番の外はお舞いになりません。『人間五十年、下天の内をくらぶれば夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり』、この節をうたいなれた口つきで舞われます。また小歌を好んでおうたいになります。

ライバルの情報収集に余念がない武田信玄もまたさすがで、最後にはどんな歌なのか歌え、と固辞する僧侶に無理矢理歌わせる始末。武将の間の緊張関係も伝わってくる。

その信玄の息子、武田勝頼の最期も描かれている。NHK大河ドラマ『真田丸』では、平岳大が演じていたのが記憶に新しいが、記述を読むと、実際は映像以上に壮絶だったことがわかって、切ない。

(追われた勝頼は、険しい山中に簡易の陣を敷いていたが)のがれがたいと知って、あわれ花を折るにひとしく、美しい一門の夫人・子供たちを一人一人引き寄せ、四十余人をことごとく刺し殺し、その他の者はちりぢりとなって切って出て討ち死にをした。

他にも、桶狭間の戦いで今川義元を討ったときの戦況、味方の陣内の様子や、上洛後に足利義昭と敵対していく様、安土城の築城や部下との関係性など、史実がドキュメンタリー映像になるかのごとくだ。
相撲大会や踊り、能の上演、茶の湯でのもてなしの詳細も、具体的で場面が浮かぶ。
残酷な一面も多いのだが、戦に勝ったときの貢物の配分では意外に気を遣っていたり、詐欺を働く悪僧を罰したり、あまり知られていない面も読める。
支配地域から駿馬を集めて「お馬ぞろえ」と称した天覧お馬ショーに興じる様子なんぞもまた、圧巻だ。明治神宮外苑前で時々やっている名車フェスタをイメージしてしまった。馬や有名な茶道具を駆け引きの材料に使ったり、伊勢神宮の遷宮にお金を出したり、器の大きさを感じさせるエピソードも多い。

もちろんひいき目もあったのかもしれないが、この『信長公記』(しんちょうこうき・のぶながこうき)は、信長の伝記として最も信頼できる史料と言われている。読み物としても、信長が生き生きとよみがえり、歴史の醍醐味を刺激してくれるので、ページをめくる手が止まらなかった。

なお、少しだけ補足。現代語に訳した歴史小説家の榊山潤は、1980年に亡くなって久しいので、ノンフィクション好きのHONZな人にはなじみのない名前かもしれないが、小説執筆の過程で調べるうちに、おもしろさを読者にも伝えたくなったのだろうか。過去には他にも現代語訳本が出ており、今回紹介したちくま文庫版は最新の復刊と言える。元の本の刊行は1980年、当時の歴史研究やご本人の考え方が投影された翻訳なので、その後の研究が進んでいる点はご注意を。
また、1568年に上洛してから本能寺の変までの15年を、1年に1巻ペース、計15巻にまとめた構成で、15巻については、自筆本(自らの手による)が2点伝来しており、どちらも重要文化財指定となっているが、俗に「首巻」と呼ばれる上洛前の記録は別に書かれたものだ。底本についても、史料としては注意が必要なので、興味を持った人は、東京大学史料編纂所の金子拓さんの末尾の文庫解説(こちらの「webちくま」で読めます)で、その辺りを補ってから入るとよいかもしれない。

「そうだったのか」の連続となる、信長の一大スペクタクル伝記。現代のノンフィクション作品が好きな人は、きっと堪能できるはずだ。

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら

人気記事