性欲は関係ない?『男が痴漢になる理由』

栗下 直也2017年09月20日 印刷向け表示
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男が痴漢になる理由
作者:斉藤章佳
出版社:イースト・プレス
発売日:2017-08-18
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都市部で電車を使って通勤している男性ならば誰もが思ったことがあるはずだろう。いつか、痴漢に間違われるんじゃないか。両手はつり革が基本ポジションで、なるべく、手を上げた状態を保っていても、一時たりとも安心できない。思わぬ揺れでその手が人混みの中に潜り込んでしまったときに、「キャー」とか言われたらどうしようなどと妄想は絶えない。頼むよ、さっさと車内に監視カメラでも導入してくれよ。JR埼京線に採用されたっていうから、他の路線でも設置すれば、痴漢も減るし、間違われることもなくなるはず-

そんなことを願う男性諸君には悲報だが、残念ながら、車内に監視カメラが導入されようが、痴漢は簡単に減りそうもないのだ。取り締まりを厳しくしてリスクが高くなろうと痴漢加害者の行為は止まらない。むしろ、「乗り越えるべきハードルがひとつ高くなった」と痴漢心を焚きつけかねない現実を本書は浮き彫りにしている。

著者は依存症のカウンセリングに関わり、12年間で1000人以上の痴漢経験者と接してきた。「日本で最も痴漢を知る男」と言っても過言ではなく、日本初の痴漢専門書という触れ込みに偽りはないだろう。

多くの痴漢と接してきた体験をもとに書かれているだけに、読み進めるにつれ、いかに我々は痴漢を間違って捉えていたかを認識する。

「痴漢」と聞くと、どのような想像をするだろうか。小汚いオジサンがハアハアしながら、破廉恥な行為に手を染めていると思う人も多いのではないか。ところが、統計から浮かび上がってくる、痴漢は全く違うのである。

著者の勤務するクリニックに通う痴漢加害者の属性では、四大卒の家庭持ちの会社員が多いという。四大卒、院卒が5割超を占め、これは痴漢加害者全体の統計と照らし合わせても大きな乖離はないと推測できるという。クリニックへの通院者は4割超が既婚者。警察から家族に電話があると「冤罪かも」と家族が思うケースも多いとか。つまり、それだけ属性や見た目は平凡な社会人が大半なのだ。

痴漢する動機も我々の予想を大きく裏切ってくれる。痴漢加害者は痴漢行為によって性的興奮を得ていると考えがちだ。私も小さい頃、日活ロマンポルノにそう習った。ところが、著者が勤務するクリニックでは痴漢加害者の内、行為に及んでいる時に勃起している人は3割程度という。

大半が興奮していないのだ。犯行後に興奮冷めやらぬまま、駅のトイレなどに駆け込み自慰にふける人もいるらしいが、決してマジョリティではない。痴漢が興奮状態にあるというのは完全にアダルトビデオなどメディアの影響のようだ。ちなみにアダルト動画(AV)配信サイトDMMで「痴漢」と検索すると4874タイトルがヒットする。1日1作品見ても10年以上かかる。痴漢が痴漢行為に興奮しないとなると、どういう需要なのか気になってしまう。見るのは別物なのだろうか。

脱線してしまったが、性的興奮を覚えない彼らはなぜ痴漢に走るのか。それはストレスの対処行動として「なんとなく」始まるというのがひとつの解だ。

もちろん、ストレスがたまって痴漢に走っていたら世の中、痴漢だらけになる。彼らの問題は、ストレスとの付き合い方が下手な上に、認知の歪みが大きい点にある。

ストレスがたまったから痴漢くらいして良い、仕事が忙しいから痴漢くらい許されるはずだ、嫌よ嫌よも好きのうちで、女性も実は喜んでいるはずだ。冗談かと思うだろうが、痴漢のメンタリティはこのように歪んでいる。そして、回数を重ねるごとに「バレない」、「女性も嫌がっていない」、「大して悪い行為ではない」と歪みが強化されていく。なんとも病的に映るだろう。その通りだ。病気なのだ。

病気であるから、電車内の監視機能を強化しようと性犯罪者をGPSで把握しようと、厳罰化しようと、痴漢常習者に対しては大きな効果を持たないのではというのが著者の主張だ。

当たり前だが、病気であることを痴漢の逃げ道にはしてはいけない。著者の加害者への視線は厳しく、治療プログラムの徹底を訴える。病気であるならば治療が必要になるが、日本では適切に機能していないことを本書を読むとわかる。

一方、果たして痴漢だけが歪んでいるのか、認知が歪みやすい土壌が日本にはあるのではと著者は問題提起する。例えば性犯罪防止のキャンペーンなどでは「気を付けよう」と女性側に注意喚起がされる。これは家庭や学校、警察でもなんの疑問もなく「女性に落ち度があれば、被害に遭う」という考えが案に認めているのではと問いかけているが尤もだろう。

実際、露出度が高い服を着た女性や派手な交友関係を持った女性が性被害に遭うと「そんな格好をしているからだ」と自己責任に帰結する傾向は強い。どんな格好をしていようが被害者は被害者である。こうした土壌もあるから、痴漢加害者は「痴漢くらい」という意識が自然に肥大していく。日本では捕まったところで認めてしまえば数回はそれまでと同じ日常生活が送れるのだから、その間に狂った認知はますますおかしくなる。痴漢加害者の治療はもちろんだが、男尊女卑の概念に縛られた未成熟な視線が痴漢を再生産し続けていることにも我々はそろそろ目を向けるべきだろう。

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