『万引き依存症』ダメだとわかっていても、やめられない

峰尾 健一2018年10月01日 印刷向け表示
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万引き依存症
作者:斉藤章佳
出版社:イースト・プレス
発売日:2018-09-12
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物を買うお金がない、10代の子どもの非行の入り口、転売目的のプロによる犯行、認知症の影響……。そんなありふれたイメージとは違った角度から万引きについて書かれた一冊だ。

なぜやったのか、常に分かりやすい動機があるとは限らない。周囲から真面目な人だと言われている。経済的に困っているわけでもない。にもかかわらず、繰り返し万引きに手を染める人々が一部に存在する。そのことをどう理解すればいいのだろうか。

本書はそこに「依存症としての万引き」という視点を持ち込む。そもそも、「万引き行為に依存している状態」を、どれほどの人が想像できるだろうか。女子マラソン元日本代表選手の常習がニュースになり、摂食障害との関連が一時期話題になった。「クレプトマニア」という言葉を耳にした人も少なくないだろう。だが冒頭で挙げたような一般的イメージに比べると、依存症としての万引きについては知らないことだらけだ。いったい何を思って盗んでいるのか、そもそもどんな状況に置かれているのか、いまいちピンとこないのである。

著者はアジア最大規模といわれる依存症施設のソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・DVなどさまざまな依存症に関わってきた人物だ。話題になった前著『男が痴漢になる理由』でご存知の方も少なくないだろう。

著者の所属するクリニックでは、2年前から万引き依存の専門診療が行われている。その経験を元に書かれたケースを手引きにしながら、想像以上に複雑で根深い万引き依存の実態について迫っていくのが本書である。

貧困に原因がある場合や職業的な盗みのプロなど、専門治療と別のアプローチが必要な場合を除くと、万引き常習者は大きく次のように分けられるという。①摂食障害が発展して万引きを繰り返す人、②65歳以上の高齢者(特に認知症が疑われる人)、③万引き行為そのものに依存している人。本書が特にフォーカスするのは、③にあたる人々である。たとえば以下のような状態を指す。

 

Gメンに取り押さえられ、警察に逮捕され、家族に泣かれ、大切な仕事を失い、貯金を投げ打って多くの裁判費用を使い、刑務所に服役し、もうここには戻りたくない、二度と万引きはしない、金輪際盗むもんか……と思っているのに、気づけば万引きしている。

 

万引きさえしなければ、彼らはいたって普通の人だ。生活の中で「だらしない」、「意思が弱い」、「善悪の判断がついていない」といった様子はない。だからこそ不可解で、人ごとではない恐ろしさがある。

「盗まない」と決めていても、自分を止められない。そのわかりやすい例として挙げられているケースが強烈だ。

 

(50代女性 Aさんのケース)

Aさんは20年以上ずっと万引きを続けてきました。彼女が万引きをしていることを、夫も娘も知っていました。逮捕歴がありますが、刑務所に服役したことはありません。

5回目の逮捕ののち、裁判で執行猶予判決が出たのを機に、私たちのクリニックを受診しました。治療態度は非常に真面目で、万引きも止まりました。

そうこうしているうちに、娘の結婚が決まり、披露宴を行うことになりました。(中略)

当日、披露宴会場に向かう途中、たまたまあいた待ち時間でAさんはスーパーに立ち寄り、万引きをしてしまいました。着替えなどが入った大きなバッグに、芳香剤や歯ブラシを入れ、レジを通らずにお店を出たところを、Gメンによって捕捉されました。どれも、いますぐには要らないものです。そのまま警察を呼ばれて逮捕され、披露宴会場に向かうことはできませんでした。 

絶対にやってはいけない状況にもかかわらず、手を出してしまう。何の得にもならないのに繰り返してしまう、つじつまの合わなさ。家族や恋人、友人、同僚と、身近にいる人たちが疲弊していく様子が目に浮かぶ。紹介されるケースの数々は深刻度も置かれた環境も様々だが、それぞれに根深さがあり、治療も一筋縄ではいかない。万引きに対してこれまで持っていたイメージを塗り替えられるようなエピソードが、いくつも登場する。

何がトリガーになるかは人によって異なるが、一度手を出してから徐々にエスカレートしていくプロセスの中に共通点がないわけではない。さらにいくつかケースを引いてみよう。

40代女性のEさん。「俺たちも早めに家を建てないとな」、「毎日の出費をしっかり引き締めていこう」「頼んだぞ」。夫にそう言われた日から、Eさんの頭から「節約」の2文字が消えることはなかった。チラシを見比べ、気晴らしの買い物も控えて倹約に徹していたある日、無意識にカバンの中に商品のペットボトルが入ってしまい、それだけ会計せず店を出てしまう。以来、「これだけ買っているんだから、少しくらい」という気持ちが抜けなくなり、商品の一部を買わずに店を出ることを繰り返すようになった。

30代男性のLさん。はじめて万引きをしたのは10代半ば頃で、20歳になる前にはすでに依存といっていい状態に。母親との関係が悪化すると家出し、そこで万引きをするのがLさんの決まったパターンである。家出の原因は、母親の過保護への反発にあった。息子の部屋に無断で入って机の引き出しやクローゼットをチェックし、「あたなのためを思って」と言って行動範囲や交友関係を監視する。捕捉されると必ず迎えにいくのは母親で、店舗へ謝罪し、罰金の支払いも肩代わりしていた。

どちらのケースも共通するのは、身近な人との関係が影響している点だ。面と向かって不満を訴えるわけではない。万引きに走ること自体がメッセージであり、復讐心も絡んでいる。ここで再発を防ぐために最も必要なのは、周囲の人々との関係改善なのは言うまでもない。「人間関係の中で進行する病」として万引きを考えるのが、本書の重要なスタンスだ。

常に忘れてはいけない基準は、それが加害者の「行動変容」にどう影響したのかということ。意思の弱さや倫理観のなさを責めたてるだけでは、解決の糸口は見えてこない。罪の意識を押しのけてでもせり上がってくる、盗みの衝動の根本にあるものに向き合うことではじめて、依存のスパイラルから抜け出す道が拓けてくる。

自分たちの生活に関係のない話では決してない。小売店の中には、最初から万引きロスを見込んでその分を商品に上乗せしているところもある。見つけてもいっさい通報しないルールになっている場合もあるそうだ。著者は、依存症の中でもアルコール・薬物などへの「物質依存」に対して、今後は万引きなどの特定の行為に対する「行為プロセス依存」が増えていくとも予想している。一部のエピソードだけ見ると特殊な話に感じてしまうかもしれないが、自分や身近な人が当事者にならない保障はどこにもないのだ。

万引きがいかに見えにくい犯罪か、どれほど社会的関心が低いのかについても多くのページが割かれている。一読して、関心の低さが問題の遠因になっているようにも感じた。これくらいコンパクトで、とっつきやすい表紙でなければ、自分も手に取っていなかったはずだ。店舗の被害の深刻さ、常習者の立ち直りの難しさ、周囲の人が巻き込まれる災厄の大きさ。万引きという犯罪が持つ想像以上の「重さ」を知るきっかけとして、本書がもっと広まってほしいと思う。

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