『兵士を救え! マル珍軍事研究』戦場での赤い下着に効果はあるのか?

首藤 淳哉2017年10月06日 印刷向け表示
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兵士を救え! マル珍軍事研究
作者:メアリー・ローチ 翻訳:村井 理子
出版社:亜紀書房
発売日:2017-09-22
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長さ18メートルの砲身から時速650キロで放たれた砲弾がジェット機に撃ち込まれる。“砲弾”の重さは約1.8キロ。なにやら物騒だが、この砲弾の正体が「鶏肉」だと聞いたら、ほとんどの人がなにそれ?と首を傾げるに違いない。

アメリカ空軍のジェット機は年間3千回程度、バードストライクに見舞われるという。被害総額は年に5千万ドルから8千万ドルに及び、数年にいちどパイロットの命が奪われる。チキン砲は、バードストライクに機体がどれだけ耐えうるかの実験のために撃ち込まれていたのである。

実験なら鴨や雁のような飛べる鳥のほうがいいのでは?とツッコミを入れたくなるが、ニワトリは、湿地帯上空を飛ぶ鳥と比較しても肉の密度が高いのだそうだ。しかも入手しやすく規格化も容易。まさに実験の素材としてはうってつけというわけだ。

それにしても機体に向けて繰り返しチキン砲が放たれる光景にはなんだか脱力させられる。だがアメリカ空軍の研究チームは大真面目だ。鳥は学習能力が高く、滑走路に近づけまいとして人間が流す警報音や小さな爆破音、捕食者の鳴き声などに、あっという間に順応してしまうという。そうした鳥の利口さに対して、彼らは鳥類学や統計学、工学など学際的な知見を総動員して立ち向かった。

その結果、発信器をつけたヒメコンドルの飛行データをもとに「鳥類迂回モデル」を生み出し、バードストライクのリスクの高い時間と空間を避けるフライトスケジュールを組み立てたり、鳥が特定の周波数に反応するというデータをもとに、飛行機のレーダービームに信号を加え、前方を飛ぶ鳥に危険を知らせることができるようにしたりといった対策を立てることに成功したのである。

軍事サイエンスの分野では、敵を攻撃するだけでなく、このような味方を守るための研究も熱心に行われている。本書には最新の殺傷兵器に関する研究は出てこない。本書が扱うのは、酷暑や疲労、大きな騒音や突然の下痢など、一見すると我々も日常生活で馴染みのある問題、けれど戦場の兵士にとっては死活問題となりかねない難問の数々だ。

たとえば衣服ひとつとっても「戦場で何を身に着けるか」は極めて重要な問題である。炎や爆発、銃弾、レーザー、びらん剤や炭疽菌などなど、あらゆるものから身を守ってくれる制服でなければならない。こうした研究を行っているのが「ネイティック」の通称で知られるアメリカ陸軍の研究所だ。ネイティックが開発したもののひとつに、蓮の葉の表面の構造をヒントにつくられ、あらゆる汚れをはねのける「スーパー撥水コーティング」がある。用途はもちろん化学兵器や生物兵器から布地を保護するためだが、著者の取材に対して研究者がふと口にした「自分できれいになる下着」という言葉のほうが、むしろ私のような素人には響く。軍事テクノロジーによって生まれ一般の日用品になったモノは多いが、「汚れないパンツ」も将来は当たり前のように使われるようになるかもしれない(というか個人的にぜひ欲しい)。

このような最先端の研究の紹介もさることながら、本書の魅力はなによりも研究者たちの試行錯誤にスポットを当てているところにある。一見くだらないと思われるようなテーマであっても彼らはクソ真面目に格闘するのだ。だからこそ、その悪戦苦闘ぶりに読者はくすりと笑ってしまうのである。

「戦場で何を身に着けるか問題」でいえば、赤い下着伝説が傑作だ。芸能界では藤原紀香が愛用し、ストリートではおばあちゃんの原宿こと巣鴨を代表するセレクトショップ「マルジ」が年中推している、あの赤パンツである。20世紀のはじめ、インドに駐留していたイギリス軍将校たちが、赤い布を帽子の内側に縫いたところ、灼熱の太陽から解放されたように感じたらしいという報告が、アメリカ軍の幹部のもとにもたらされた。

果たして赤い下着には超自然的な効果があるのか、すぐさま研究が開始され、フィリピンに駐留するアメリカ軍兵士が調査対象となった。結果は惨憺たるものだった。硬いダンガリーのコットンで織られたパンツのせいで、兵士たちはもっとも汗をかきたくない部分に汗をかき、イライラを倍増させた。そのうえ汗でひどく色落ちし、赤いパンツはいつしか黄色となり、最終的には「汚いクリーム色」になったという……。また帽子の内側に縫い付けられた赤い布も、汗をかくと顔に赤い色の汁が滴り落ちるという有様だったらしい。

イライラを募らせてブチ切れた兵士が顔から赤い液体を滴らせながら向かってきたら、それはそれで向かうところ敵なしだとは思うが、もちろんこの研究の目的はそんなところにはなかった。「赤い下着の実験」は誰が見ても失敗に終わったのである。

第二次大戦中に開発されていた「悪臭爆弾」の話も面白い。敵を殺したり、傷つけたりするのではなく、「辱める」という目的でつくられたものすごく臭い武器の話である。この研究は現在も続けられており、研究者たちはさまざまな臭いサンプルを持って世界各地に飛んでは、いろんな民族に同じ匂いをかがせてみるという実験を行っている。

匂いについての感じ方は民族ごとに異なるにもかかわらず、どの民族からも悪臭不快ランキングのトップに選ばれたのが「アメリカ政府の標準的なトイレの悪臭」だったというオチには思わず吹き出してしまった。その瞬間、研究者たちが「遠い目」になっているのが目に浮かぶようだ。

本書にはこの他にも、死体からのペニス移植、スナイパーを襲う下痢、ウジ虫を用いた傷治療、潜水艦乗組員の不眠など、興味深い研究が多数取り上げられている。

ボケやツッコミめいた独り言を多用する愉快な文体に釣られて、楽しんで読めるだろう。その一方で、著者は死者への敬意も忘れない。兵士の安全を守るのに貢献したいと車両爆破実験のために献体された遺体に向けられる著者のまなざしは、とても優しく好感が持てる。

なお本書の訳者は村井理子さんである。私は「考える人」Web版の連載「村井さんちの生活」の愛読者だ。思春期を目前にした男の子ふたりの子育てに奮闘するかたわら、こんな特殊ジャンルの本を訳されていたのかと思うと、それもなんだか微笑ましくて思わずくすりと笑ってしまうのである。

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