『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』 訳者あとがき

小林 啓倫2017年11月01日 印刷向け表示
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テトリス・エフェクト―世界を惑わせたゲーム
作者:ダン・アッカーマン 翻訳:小林啓倫
出版社:白揚社
発売日:2017-11-01
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本書は2016年9月に発表された、ジャーナリストのダン・アッカーマンによるノンフィクションThe Tetris Effect: The Game that Hypnotized the World(テトリス効果――世界を惑わせたゲーム)の邦訳である。「Hypnotize」は「魅了する」という意味もあるが、「催眠術をかける、洗脳する」という意味の言葉であり、世界的に大ヒットしたゲームを形容する表現としては、少々違和感を覚えるかもしれない。たとえばパックマンやドンキーコングを「世界を惑わせたゲーム」と表現したら、ファンからの納得は得られないだろう。これらのゲームが流行した当時、子供たちが勉強しなくて困った、という親世代の人々ならば話は別だが。

しかし本書を読んだ後であれば、テトリスはまぎれもなく「世界を惑わせたゲーム」であると首肯してもらえるのではないだろうか。4つの正方形で構成されたピースが織りなす幾何学模様。多くのバージョンで採用された、ロシア風のBGM。しかしそれ以外は何らストーリー性のないゲーム内容――本書でも語られている通り、1980年代に登場した他のビデオゲームと比べても、テトリスはまったく異質な存在だ。訳者は最初にアーケードゲームとしてテトリスをプレイした世代なのだが、敵キャラクターを追う・追われるといった内容のゲームが一般的だった時代に、テトリスの筐体が他にはない、謎めいた雰囲気を感じさせていたことをよく覚えている。

ところがいちどプレイすれば、テトリスが持つ魅力に誰もがはまっていった。その後のテトリスの成功はご存知の通りだ。すっかりスタンダードなゲームとして定着し、上から落ちてくるものを上手く積み重ねていくという、いわゆる「落ちゲー(落ちものゲーム)」と呼ばれるジャンルも創造してしまった。本書によれば、公式版だけで、これまで10億ドル近い売上を得ているそうである。

そしてテトリスは、ゲームのプレーヤーだけでなく、その開発やビジネスに関わった多くの人々も惑わせた。中には文字通り、運命を狂わされた人々もいる。テトリスを生み出した人物でありながら、長くその成功を享受できなかったアレクセイ・パジトノフ。日本初とされるファンタジーRPG『ザ・ブラックオニキス』の作者で、数奇な運命をたどりながら、テトリスを日本にもたらすことになるヘンク・ロジャース。本書はこの2人の物語を軸に、ロバート・スタインやケヴィン・マックスウェルといった、テトリスのライセンスをヘンクと争うことになる人々を登場させ、テトリスをめぐってさまざまな駆け引きが行われたことを描いている。さらに本書は「テトリスというゲームの性質」についても、「ボーナスレベル」と称された3つの章で整理しており、テトリスについて総合的に解説した一冊となっている。しかしテトリスに惑わされた人々の物語も、ゲームそのものと同じくらい魅力的であり、特にパジトノフとロジャースについては、彼らのサクセスストーリーとして本書を楽しむこともできるだろう。

また本書のもうひとつの魅力は、テトリスが登場したころの時代背景や、ゲーム史を解説してくれる点である。前述の通り、主人公のひとりであるヘンク・ロジャースは日本のRPGの先駆けとなった『ザ・ブラックオニキス』の作者であり、彼がこのゲームを生み出した経緯について触れられている。彼がはまっていたというテーブルトーク型のRPG、『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(D&D)』に関する言及も、懐かしさを覚える読者が少なくないだろう。訳者もまさにこれらのゲームに没頭したひとりであり、当時の熱狂を思い出すことができた。

そして日本の読者にとっては、任天堂についても多くの言及がなされている点が嬉しいところだろう。まさにゲームボーイ版のテトリスをプレイして、その両方の魅力を存分に堪能したという読者も多いはずだ。そんな当時を知る方々であれば、任天堂とヘンクとの関係や、荒川實やハワード・リンカーンといった任天堂関係者の奔走、彼らとライバルとの争いといったエピソードを、より楽しむことができたのではないだろうか。任天堂関係者以外で、初めてゲームボーイで遊んだ一般人が、アレクセイ・パジトノフの子供たちだったかもしれないとは!

このように本書は、テトリスに関する一級の資料でありながら、さまざまな角度から楽しむことのできる一冊だ。まるで映画のような逆転劇を楽しむもよし、テトリスの豆知識を得るのもよし。読者の皆さんが、それぞれ自分の楽しみ方を見つけていただければ幸いである。

最後に、主人公の2人であるアレクセイ・パジトノフとヘンク・ロジャースのその後について、簡単に補足しておこう。

アレクセイ・パジトノフは、エピローグで語られている通り、1991年に家族を連れて米国へと移住した。その後、ヘンクと共にテトリスの権利関係を扱う会社「ザ・テトリス・カンパニー」を設立。現在は米シアトルに住み、ゲームデザインを続けると共に、テトリスの展開についてヘンクを支えている。ただもともと穏やかな性格のためか、隠居と言っては失礼かもしれないが、米国で悠々自適な生活を送っているようだ。

ヘンク・ロジャースはハワイに住み、パジトノフとは対照的に、テトリスやゲーム以外にもさまざまな領域に関心を広げている。そのひとつが、エピローグでも触れられているエネルギー分野で、2007年に立ち上げた非営利団体「ブルー・プラネット・ファウンデーション」を通じて、風力や地熱といった再生可能エネルギーの利用をハワイで進める事業を行っている。さらには宇宙にまで目を向けており、ハワイに実験施設を設置して、月面基地の設計や火星居住体験をシミュレーションするプロジェクトを支援している。彼がこうした分野での先駆者として認知されるのも、そう遠くないかもしれない。

パジトノフとロジャース、2人の物語がまだまだ続いているように、テトリスをめぐる展開にも終わりはない。本書でも解説されている通り、テトリスは新たに登場してくるさまざまなプラットフォームに対応しており、スマートフォンなどのモバイル機器でも既におなじみの存在だ。また最近流行りの「VR(仮想現実)」についても、既に取り組みが始まっているそうである。さらにはいくつか映画化の話も出ており、そのひとつでは、テトリスの開発と権利をめぐる物語という、まさに本書で語られたような内容が映像化されるようだ。まるで空から無限に降ってくるテトリミノのように、テトリスの物語も続いていくのだろう。

小林 啓倫

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