『食と健康の一億年史』 世界を食べ、食の過去を知り、ヒトの未来を考える

村上 浩2017年11月02日 印刷向け表示
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食と健康の一億年史
作者:スティーブン・レ 翻訳:大沢 章子
出版社:亜紀書房
発売日:2017-09-29
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自然人類学を専門とする著者が、未だ見ぬ食を求めて世界中を旅し、ヒトの進化を軸に食の歴史を振り返る一冊だ。伝統的な昆虫食を探してタイやベトナムへ飛び、偶然辿り着いたインド西海岸では激辛カレーに火を吐き、学位論文調査のために訪れたパプアニューギニアではオオコオモリをむさぼる。自然体で現地の人々と触れ合う著者の観たもの、感じたこと、何より食べた物が実に軽やかな文章でつづられており心地が良い。明日にでもふらっと知らない街に出かけ、たまたま見つけたレストランに入りたい気持ちにさせてくれる。

著者を食の旅へと誘ったのは、こんな疑問だ。

現代に数多くの健康の問題が浮上してきたのは、祖先が守ってきた食習慣やライフスタイルを変えたことや環境の変化が原因ではないか

この本では、世界中を旅して得られた経験に、食にまつわる最新の科学的な研究成果を織り交ぜることで、ヒトの祖先が何をどのように食べていたのかを明らかにしていく。そして、わたしたちが祖先から何を学び、明日からどのように生きるべきかのヒントを与えてくれる。その過程では、当たり前に受け入れていた食の常識が、誤ったものであることが暴かれていくのだ。

祖先の食事に迫ろうとする本書が最初に取り上げるのは、意外にも昆虫である。旧石器時代の狩猟採集民時代の食生活をすることで健康な肉体が得られる考えるパレオダイエットでも、昆虫を大きく取り上げることは少ない。ところが著者は、「昆虫はかつて人間社会の主要なカロリー源だった」という。昆虫を主食とする霊長類は昆虫の外骨格主成分たるキチン質を消化するための酵素を持っている。我々の祖先も昆虫を追いかけ、その高い栄養価を満喫していたはずだ(昆虫には必須アミノ酸やビタミンB、マグネシウムなどが高濃度でつまっている)。

ところが、現代のヒトの胃液にはキチン質を分解する酵素がわずかしかなく、昆虫から限られた量のエネルギーしか吸収できない。この喪失には、気候の寒冷化が大きな役割を果たしていると考えられる。寒冷化に伴い湿度が高くなると、森林の優占種は大きく変化し、新種の食物を与えてくれる新種の樹木が出現したのだ。この新種の食物とは、果物のことであり、果物がより良い体格と頭を現実のものとするエネルギーをわたしたちの祖先にもたらしたのである。

果物には多様な栄養が含まれ、抜群に健康に良いと考えている人も多いだろう。しかし、現代社会を生きるわたしたち人間は(そしてクマや鳥類も)果物ばかり大量に摂取すると体重が減ってしまう。伝統社会でも果物だけを食べて暮らしていた人々はほとんどいない。この謎を解き明かすためには、ヒトと果物の進化的競争関係を知る必要がある。著者はまず、ヒトがどのような進化的過程でビタミンC合成能力を失ったのかという説明から始めていく。人類の進化を振り返ることで、ヒトの食べ物に対する好き・嫌いの背景もよりくっきりと見えてくる。本書では「進化はなぜうまみの誘惑を好んだのか?」という興味深い問いも問われている。

果物と同様に、魚は一般的に健康に良い食材だと考えられている。サラダ油や加工食品に含まれるオメガ6脂肪酸が自己免疫疾患や心臓病、肥満などを悪化させている可能性を明らかとした研究が発表されてから、オメガ3脂肪酸やビタミンDを含む魚への健康食品としての注目度は著しく増加した。一方、伝統社会に目をやれば、魚を食べることをタブー視する傾向を見つけるのは難しくはない。北米、インド、イギリスやフィジーなど様々な地理に位置する地域で、魚嫌いの伝統を持つ人々が多く存在していた。

伝統社会の人々は迷信から魚を避けていたのではない。実は、現代人メリットであると考えているオメガ3脂肪酸には、伝統社会を生きる彼らにとっては大きなデメリットをもたらしていた。オメガ3脂肪酸が出血を長引かせる効果を持っているのだ。事実、イヌイットはこの問題に苦労していた。また、魚に含まれる豊富なビタミンDはビタミンD中毒(腎結石や悪心、便秘などの症状をもたらす)を引き起こす恐れもある。

本書を読み進めるうちに、全面的に健康に良い食品や健康にい悪い食品などほとんどないことが痛感される。そして、自分がどのような種類の健康を望むのかについて考えさせられる。健康にも短期的なものと長期的なものがあり、どちらを望むかは各人の価値観によって選ばれるべきものだ。You are what you eat(あなたは、あなたが食べたものからできている)と言われるように、何を食べるかとう選択は、どのような人生を望むかという選択に繋がっている。 

ダイエットの科学―「これを食べれば健康になる」のウソを暴く
作者:ティム・スペクター 翻訳:熊谷 玲美
出版社:白揚社
発売日:2017-04-28
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ダイエットにまつわる神話を科学の力で次々に暴いていく。『食と健康の一億年史』と合わせて読めば、明日からの食事が一変してしまうかもしれない。レビューはこちら

サルなりに思い出す事など ―― 神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々
作者:ロバート・M・サポルスキー 翻訳:大沢 章子
出版社:みすず書房
発売日:2014-05-23
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『食と健康の一億年史』と同じ大沢章子さんによる翻訳の大傑作。ゴリラになりたかった著者がアフリカでヒヒと暮らした愉快で哀しい、人生を楽しくさせてくれる一冊。レビューはこちら

赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
作者:マット・リドレー 翻訳:長谷川眞理子
出版社:早川書房
発売日:2014-10-24
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進化がどのような競争において実現されているかを考察する一冊。レビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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