『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語』 本気の遊びが世界を変える

村上 浩2017年11月22日 印刷向け表示
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世界を変えた6つの「気晴らし」の物語【新・人類進化史】
作者:スティーブン・ジョンソン 翻訳:大田直子
出版社:朝日新聞出版
発売日:2017-11-20
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現代の世界は数え切れないほどのイノベーションが連鎖することでかたちづくられた。本書の著者スティーブン・ジョンソンが前著『世界をつくった6つの革命の物語』で示したように、ある分野のイノベーションは全く別領域でのイノベーションを誘発し、ときに想像すらできない変化をもたらしうる。印刷機の発明はインターネットを、衛生観念の発達はマイクロプロセッサを生み出した。著者はこのような予測できないが因果関係の明確なイノベーションの連鎖を「ハチドリ効果」と呼ぶ。

それでは、このようなイノベーションを駆動しているものは何だろうか。それは、より長く生き多くの子孫を残したいという生存本能だろうか、はたまた自由・平等・自立を求める高尚な思想だろうか、それともより効率的な生活を求める改善思考だろうか。もちろん、明確な効用をもたらす必需品を人類は強く求め続け、ワクチンのように有用なイノベーションをもたらした。しかし、必需品だけでなく贅沢品の歴史も、現代世界の成り立ちを知るためには重要だと著者は主張する。

近代的なものには、別の種類の活動、すなわち手品やおもちゃやゲームなど、一見ふまじめな気晴らしに戯れることに端を発しているものが、驚くほどたくさんある。

本書『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語』では、「ファッションとショッピング」、「音楽」、「味」、「イリュージョン」、「ゲーム」、「パブリックスペース」に端を発するハチドリ効果が巧みに語られる。この6つ分野は、生きていくことだけを考えれば絶対に必要とはいえないかもしれないが、現代社会を支える必需品を生み出すためのイノベーションの端緒となっているのである。

わたしたちはつい、最初に切実なニーズに基づく必需品が生まれ、その後にその必需品を活用した贅沢品が生まれると考えがちだ。歴史もそのような順番で描かれることが多い。例えば最近まで多くの歴史家が、産業革命による大量生産能力の実現が19世紀末に百貨店を誕生させ、店舗ディスプレイの過剰な芸術性をもたらしたと説明してきた。しかし、時系列に事実をつぶさに見つめてみれば、因果の矢印が反対を向いていることが明らかとなる。17世紀の終わりにはロンドンの高級ブロックで、様々な商品を豪華に飾り付ける店舗が続々と誕生し、買い物は手段から娯楽へと変化し始めていた。つまり、「ショッピングというささやかな気晴らし」は産業革命の帰結ではなく、産業革命を引き起こすきっかけの1つであったのだ。

ショッピングと産業革命の関係を読み解くカギは、木綿にある。木綿の織物は15世紀の終わりに初めてインドからヨーロッパに持ち込まれ、その柔らかな手触りと洗濯してもあせることのない発色で1600年代にはロンドンの富裕層の間で大人気となり、社交界で欠かせないアイテムとなっていた。インドからの輸入超過がイギリス経済をむしばむのではないかという不安まで巻き起こったが、綿織物の莫大な取引額はイギリスにいる発明家を大きく刺激し、紡績機、綿織り機、そして蒸気機関の発明へと至る。

木綿への旺盛なニーズが世界を変えたことは間違いないが、そもそも木綿の何が人々を惹きつけたのか。これまでは、その機能性と低価格にあると説明されることが多かった。ところが、当時の木綿は競合品であるウールやリネンより高価で、大衆市場には浸透していなかった。木綿の真の魅力は、そのファッション性にあったのだ。そして、木綿ファッションの流行を、過剰に彩られた高級店が加速させた。ファッションやショッピングという一見くだらない気晴らしが、産業化の連鎖を生み出した可能性が高いと著者は説明する。木綿がもたらしたハチドリ効果は正の面ばかりではない。木綿へのとどまることを知らない欲求は、アメリカ南部のプランテーションではアフリカ系アメリカ人の強制労働を深化させ、現代にもその負の影響を残している。

本書では他にも音楽とプログラムとの密接な関係性やコショウの味がグローバル経済にもたらした影響などの気晴らしをきっかけとしたハチドリ効果が魅力的なエピソードとともに、一貫性のあるストーリーとして構築されている。その過程で著者は幾度も、世界を変える発明のきっかかげがいつも真面目なものばかりではないことを強調する。

意図的に産業の再発明を目指し、その過程でひと財産築く英雄的な人物によって、世界が変わることもある。しかし、跳ね返るボールを追いかけることで、世界が変わることもあるのだ。

本書を読めば、遊びや気晴らしが人類の歴史の中でどれほど大きな変革をもたらしてきたかを痛感できる。それでは、人類はなぜ遊びや気晴らしにこれほど駆り立てられるだろうか。著者は本書の最後で人類に植え付けられた「驚きを探す本能」という仮説を提示する。跳ね返るボールを追いかけることやめてしまってはいけない。もっと真剣に、もっと楽しく、思いっきり遊んでやろうと思わせる一冊だ。

世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史
作者:スティーブン・ジョンソン 翻訳:大田直子
出版社:朝日新聞出版
発売日:2016-08-05
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『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語』と合わせて読めば、現代の世界がどのように形成されたのかがよりクリアに見えてくる。イノベーションの連鎖がもたらす影響の大きさに驚くばかり。レビューはこちら

天然ゴムの歴史: ヘベア樹の世界一周オデッセイから「交通化社会」へ (学術選書)
作者:こうじや 信三
出版社:京都大学学術出版会
発売日:2013-05-13
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天然ゴムの歴史は興味深いエピソードとともに教えてくれる。そこには現代の感覚では計り知れない異常冒険者がいる。レビューはこちら

1493――世界を変えた大陸間の「交換」
作者:チャールズ・C. マン 翻訳:布施 由紀子
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2016-02-25
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世界をかえた旧大陸と新大陸の間の交換の歴史をドラマチックに描き出す。レビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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