『感染地図』疫学の父が立ち向かった、見えない敵

峰尾 健一2017年12月29日 印刷向け表示
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感染地図: 歴史を変えた未知の病原体 (河出文庫)
作者:スティーヴン・ジョンソン 翻訳:矢野真千子
出版社:河出書房新社
発売日:2017-12-05
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『世界をつくった6つの革命の物語』(朝日新聞出版)、『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語』(同前)、『ピア PEER』などで知られるスティーヴン・ジョンソン。彼の過去作が10年越しに文庫化された1冊である。

舞台は19世紀のロンドン。劣悪な衛生環境の中で、人びとは繰り返されるコレラの流行に苦しめられていた。本書は中でも集中的な被害をもたらした、1854年晩夏のコレラ禍についてさまざまな角度から検証した1冊だ。

1854年のコレラ禍は、悪臭こそが病気の原因だという「瘴気説」が転覆する契機でもあった。コレラの感染経路を突き止め、当時主流だった瘴気説の誤りを指摘した人物として知られているのが、麻酔医ジョン・スノーである。

ロベルト・コッホによってコレラ菌の存在が広く知れ渡るようになったのは1884年(第一発見者は別の人物)。スノーはその30年前に被害区域の多くの家庭を訪問し、掴んだ感染傾向を死者数統計と突き合わせることでコレラの飲料水媒介説の正しさを示した。感染症の流行に疫学的手法を始めて用いた実績から、「疫学の父」と呼ばれることも多い。

ジョン・スノーの物語は「一介の麻酔医が孤軍奮闘の末に、圧倒的多数派の瘴気説を覆した」という単純な英雄譚ではない。そこにはヴィクトリア時代においては特異なスノーの生い立ちが関わり、数年前から続けていた準備があり、頼れる同志も存在した。そうした文脈が徐々に忘れ去られ、疫学の父の名はいつしかひとり歩きするようになったと語る著者は、見過ごされてきた背景の部分に光を当てていく。

当時の医師にはめずらしく、スノーは地方の労働者階級の生まれだった。外科医の徒弟として修行を始め、後に都会へ出て医学校で学ぶ。そこで薬剤師と外科医の免状を得てからは開業医としての道を歩み出し、激しい競争環境の中で自分の店をすぐに軌道にのせた。

ヴィクトリア女王の第8子出産時に、陣痛緩和のためのクロロホルム処方を担当したというエピソードが、スノーの麻酔医としての評判を物語っている。当時彼が関わっていた手術の数は年数百件に及ぶ。

その出自や医師としてのキャリアからして、彼が瘴気説へ疑問を抱いたのは必然だった。瘴気論者は当時、同じ部屋で同じ空気を吸ったのにコレラに罹る人とそうでない人がいることを、属する階級や個々の人格のせいにしていた。労働者階級が置かれる衛生環境が相対的に劣悪なことや、麻酔薬を吸いこんだ時の患者の反応が人となりに左右されることはないと知っているスノーが、こんなデタラメに騙されるはずはない。

1849年の時点で飲料水媒介説の証拠集めは終わっていたものの、その主張に耳を傾ける者がいなかった。そこでスノーは平行して、飲料水媒介説を医学面ではなくロンドン市民の都市生活パターンから間接的に明らかにする方法を模索し始める。1854年のコレラ禍は期せずして、彼にその調査の機会を与えた。

スノーが具体的にどのような手順で感染経路を突き止めたのか、現場で進行した出来事の詳細についてはぜひ本書をあたってほしい。ひとつだけポイントを挙げるとすれば、証拠は「例外」の中にある、という部分。瘴気説のロジックでは「死者がいないはずの場所で出た死者」と、「死者が出るはずの場所で生き残った人たち」に着目することから、展望が開けていった。

重要な日付は1日につき1章を割り当てるほどの密度なので、登場人物が何を考えどう動いたのかを、その場に居合わせているかのような濃さで知ることができるだろう。

「なぜ瘴気説はこれほど人びとの間で根強かったのか?」。読んでいる最中、最も脳内を占めていたのがこの問いだった。単純な答えはないが、瘴気説を生む原因は多様であり、説を支持するにも色々なケースがあることだけは確かだ。

悪臭が呼び起こす反射的嫌悪は、瘴気説を直感的に正しいと思わせる大きな要因となった。本能に根ざした感情ほど強いものはない。コレラ流行の「震源」となったブロード・ストリートの井戸水は、地元民の間ではきれいだと評判だった。肉眼で見えない微小な細菌が身体に悪さをしている、という発想を人びとが持ちえない時代である。街を覆う悪臭が放つ負の存在感に死の香りを感じてしまうのは、ある意味仕方がなかったのかもしれない。

因果関係と相関関係の取り違えも混乱を招いた。たとえば、高地に住む人の方がコレラに侵されにくいのは空気がより澄んでいるから、といった主張がそれに当たる。瘴気説の論理では一応つながる説明だが、真に明暗を分けていたのは、上流と下流での水源の違いだった。

医学は未熟なのにマスコミだけが成熟しているというギャップなど、他にも多様な原因が指摘されている。そもそも、身近な人が次々に倒れていく状況に放り込まれたとして、冷静な思考を保てる人がどれほどいるだろうか。本書を読むと、瘴気説のない時代に生きる自分がいかに巨人の肩に乗っているに過ぎない存在か、よくよく思い知らされる。

とはいえ、理論のほころびを探そうと思えばいくらでも見つかったはずなのも事実。当時のロンドンでは、「下水狩り」と呼ばれる人びとが地下道や街路をさまよい、汚水の中から動物の骨や犬の糞などを集めて生計を立てていた。悪臭へのまみれ方では右に出る者のない彼らでさえ、別段コレラに罹りやすいわけではなかったのだ。

一番の問題は、「もしかしたら自分は間違っているかも」という意識の欠如にあったのかもれない。スノーの行く手を最後まで阻んだのは、前提に合わないパターンが出てきても、それを既存の概念に合わせることしか頭にない行政人だった。彼らの頭の中では、飲料水媒介説を裏付ける事例の数々は、瘴気説を説明する証拠にことごとくすり替わる。「ああ、それは大気の毒素があまりに強かったので、水にまで病気が感染したんです」という具合に。

結局、1854年のコレラ禍の後も、瘴気説の退場には10年以上の月日を要した。実際に社会が動き出すまでのプロセスは本書に譲るが、その過程では行政の説得に決定的な役割を果たした同志の存在が光る。スノーの力だけでは歴史は動かなかったことが、読めばわかるだろう。

これだけは強調しておきたいが、本書は瘴気説の終焉までを時系列通りにまとめるだけの本ではない。なぜこの時代にコレラの流行が起きたのか? なぜロンドンだったのか? そもそも人間にとって都市とは何か? など俯瞰的な視点も随所に挿まれる。現場の描写と著者の分析とを行き来することで、歴史小説と科学ノンフィクションを混ぜ合わせたような作りになっているのだ。

飲料水媒介説が広く受け入れられる瞬間を、スノー自身が目の当たりにすることは叶わなかった。コレラ禍からわずか5年後、45歳で彼はこの世を去る。本書を通してジョン・スノーの足跡を辿ると、「ちゃんと自分の頭で考えてるか?」と問われているような気分になるだろう。疫学の父が遺した真の遺産は、単なる理論や分析手法を超えたところにある。

医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎
作者:サンドラ ヘンペル 翻訳:杉森 裕樹
出版社:日本評論社
発売日:2009-07-15
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