『誰が音楽をタダにした?』ストリーミング・サービスがもたらした「音楽シーン」の変化と現状 文庫解説 by 宇野 維正

早川書房2018年03月07日 印刷向け表示
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誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち (ハヤカワ文庫 NF)
作者:スティーヴン ウィット 翻訳:関 美和
出版社:早川書房
発売日:2018-03-06
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自分も含め、音楽ジャーナリストやライターがよく用いる便利で安易な言葉の一つに「音楽シーン」という言葉がある。同時代のミュージシャンや作品の傾向だったり、音楽業界やマーケットの動向だったりを表す言葉。実際のところ、そのうちのどれを指しているのかが 曖昧な言葉で、そこを曖昧にしたまま論を先に進める際に用いられがちな言葉だ。

スティーヴン・ウィットが本書で明らかにしていく「シーン」は、いわゆる「音楽シーン」のことではない。それは明確に「発売前のコンテンツをインターネットで流しているグループ」のことを意味している。その音楽作品や映画作品がそれぞれの歴史や同時代においてどのような価値があるのか、そしてその作品のどこを個人的に評価するか。そのようなアートやカルチャーの本質には目を向けず、その作品を裏から入手するスピードと、その作品がマーケットに及ぼすインパクトにしか興味を示さない「シーン」の人々の行動原理は、その「シーン」と対立する存在として本書に登場するダグ・モリスに代表される「音楽業界のエグゼクティブ」の行動原理と相似形を成している。彼らもまた、有望な新人と契約を交わすスピードと、彼らの作品がマーケットに及ぼすインパクトにしか興味を示さない。

実は同じ穴の狢である「シーン」と「音楽業界のエグゼクティブ」。その最も大きな違いは、前者の大半が経済的には慎ましい生活を送っているのに対して、後者が信じられないほど莫大な報酬を得ていることだ。「シーン」のキーマンとして本書に登場するデル・グローバーもそれなりに私欲を持ち合わせてはいるが、それはようやく2万4000ドルのリンカーン・ナビゲーターの中古車を手に入れてそこに改造を加えることができる程度の私欲である。

デル・グローバーをはじめとする「シーン」のメンバー、及び類似グループのメンバーの多くが重罪を免れた理由も、彼らの行為が私欲に突き動かされたものというより、インターネット普及以降の「シェアの精神」に基づいていたもの、あるいは少なくとも重罪には値しない「いたずら行為」であったと陪審員から解釈されたからだ。本書では、ネット上の流出問題やコピー問題に悩まされる音楽業界に手を差し伸べようとしないアメリカ政府(とその背景)についても触れられているが、商業主義に徹してきた音楽業界を嫌っているのは、 政府だけではなかったのだ。

本書の大きな特徴は、「シーン」と「音楽業界」、普通ならばどちらかの主義主張に重心が傾きそうなところで、著者が一貫して慎重にバランスをとっているところだ。それは、双方の取材対象とコミュニケーションをとっていく上で最初の段階から必要とされたスタンスであったのだろうし、もしかしたら取材対象と密なコミュニケーションをとってきたことで、最終的にどちらにも肩入れすることができなくなっていったのかもしれない。それでいて、音楽業界や音楽関連のテクノロジーについて書かれた類書にありがちな無味乾燥な本になっていない理由の一つは、(文章や構成がとても巧いという点に加えて)著者が音楽ジャーナリスト的な感性を持ち合わせていて、それを隠していないところにある。

著者のフーティー・アンド・ザ・ブロウフィッシュやリンプ・ビズキットに対する容赦ない筆致には思わず笑ってしまうし、リル・ウェインに代表されるラップ・シーンのミックステープ文化にも深い理解があることがうかがえる。音楽のアートとしての側面、カルチャーとしての側面を置き去りにして暴走していった「シーン」や「音楽エグゼクティブ」とは違って、スティーヴン・ウィットは自分の目と耳で音楽をジャッジしている。音楽について書かれた本で、そのジャッジをあえて回避したもの、あるいはジャッジするだけの感性を持ち合わせていない書き手の文章は退屈でつまらないということを、本書は逆説的に証明している。

これまで誰もやってこなかった核心に迫る調査と取材をもとに本書がまとめあげた、1995年以降の音楽関連テクノロジー、音楽業界、そしてインターネット上でやりとりされる 音源をめぐる激動の年月。もちろん日本で生活している音楽ファンの多くも、ゼロ年代前半以降は携帯電話やiPodでデータが圧縮された音源を聴くようになり、世の中でCDが売れていないことも肌で感じるようになり、YouTubeでミュージックビデオを見たり、 違法合法問わずネット上で音源をダウンロードすることが当たり前のことになった。しかし、海外と比べると、ほんの数年前まではまだ牧歌的な時代を生きていたと言わざるを得ない。

本書のエピローグで記されている「『軍事作戦並み』の厳密さで取り扱われるハードドライブに保存された音源」には、何度か見覚えがある。音楽ジャーナリストの仕事をしていて、 これまでずっとレコード会社からCD-Rに焼かれて送られてきた発売前の洋楽アルバムのサンプル音源が、ある時期から本国から直送された宛名入りのウォーターマークCD(ネット上にアップロードされると身元が一発で割れる仕様のCD。ネットに接続されたPCのディスクドライブで再生すると意図的でなくてもアップロードされてしまう恐れがあるため、 音楽ライターの多くは今もCDプレイヤーを手離すことができないでいる)に取って代わり、ビッグネームの新作になるとレコード会社の会議室に行かないと事前に聴くことができなくなった。まるで現金輸送車から運び入れるかのようにボディガードをともなって会議室に持ち込まれた、試聴用音源の入ったハードドライブと初めて対面した時は、その物々しさに苦笑してしまったが(日本のレコード会社の担当者さえ戸惑っているように見えた)、その違和感は、当時の音楽業界が抱えていた流出音源問題の海外と日本との温度差からきていたわけだ(ちなみに、邦楽に関しては今でもCD-Rのサンプル音源が普通に出回っている)。

2018年の現在、そうした奇妙な儀式めいた「洋楽作品のレコード会社での試聴会」も習慣的にまだ一部で残ってはいるものの、何か特別な理由(たとえば日本盤のライナーノーツの執筆を依頼されるとか)でもない限り、自分はそこに参加することはない。現在、ほとんどの海外アーティストの最初のリリース告知はレコード会社ではなく、アーティストのソーシャル・メディアのアカウントでされる。アーティストによってはリリースの前日、ある いは事前告知が一切ないサプライズで突然作品がリリースされる。そこでいう「リリース」 とは、SpotifyやApple Musicといったストリーミング・サービス上に音源が供給されるタイミングを意味する(そしてミュージックビデオがある作品は、その仕組みを整備したダグ・モリスの貢献が本書に綴られている、YouTubeのVevoにアップされる)。フィジカル(CD、及びアナログレコード)はリリース当日から販売されることもあるが、しばらく経ってから販売されることが多く、フィジカルそのものが存在しないことも珍しくなくなった。そして、フィジカルを手に入れるのもネットを通じて、通販サイトかアーティストのホームページの物販ページから購入することになる。

日本以外の国において、その過程でほぼ絶滅したものは二つ。CDショップ(都市部には アナログレコードを中心に扱うショップは存在する)と違法音源がアップロードされたサイトだ。音楽ファンは月10ドル程度のサブスクリプション料金を支払って、SpotifyかApple Music(あるいはその両方)で聴きたい音楽をすべて聴けるようになった。 いや、実際には「すべて」ではないのだが、利益分配の構造を理由に抵抗していたレディオヘッドや、音質上の技術的理由から抵抗していたニール・ヤングといった一部のバンドやアーティストが2016年までに相次いで現状を受け入れた(受け入れざるを得なかった)ことで、もはやストリーミング・サービス上にない音源は「存在しない」こととほぼ同義とな った。

その手軽さによって、音楽は再びユース・カルチャー全体を牽引するクールな存在となった。現在、世界的にラップ・ミュージックを中心とするブラック・ミュージックが全盛となっているのも、本書に綴られている時代からさらに輪をかけて、若者の多くが熱心に支持しているのがラップ・ミュージックであり、それが合法的なストリーミング・サービスの普及によって顕在化するようになったからだ。そして、ケンドリック・ラマー、リル・ウージー ・ヴァート、ポスト・マローン、レイ・シュリマー、フューチャー、ミーゴス、ザ・ウィークエンド、チャンス・ザ・ラッパーらがストリーミング・サービスやVevoにもたらす億単位の再生数は、薄利多売ならぬ「薄利多配信」に舵を切った音楽業界を再び潤すようになった。

もちろん、そこには新たな問題もある。本書でも触れられているように、一部の売れっ子プロデューサーや売れっ子ソングライターらの分業制によるヒット曲製造のシステム化は、そのシステム内部でのトレンドの移り変わりこそあるものの、さらに強固なものとなっている。ストリーミング・サービスがもたらしたリスナー嗜好の平準化によって、カナダを含む北米の英語圏アーティストの市場独占力は増すばかりだ。本書はレコード会社とラジオ局の癒着や賄賂の実態も暴露しているが、現在、Spotifyの代表的なプレイリストの影響力は(権利者にダイレクトに収益をもたらすという点も含めて)あらゆる時代のあらゆるラジオ局よりも絶大なものとなっている。アルゴリズム、ビッグデータ、ディープラーニングといった言葉が飛び交うブラックボックスに隠されたストリーミング・サービス企業と音楽業界の結びつきを、いつか誰かが本書のような優れた著書で明らかにする日が来るかもしれ ない。

音楽はタダになって、やがて月10ドルになった。それがこの先どこに行き着くのかは、まだ誰にもわからない。

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