その昔。今の20歳以下の人たちには理解できないかもしれないけれど、人はおカネを払って楽曲を買っていた。しかもCDというメディアに入ったアルバムというものを買っていた。アルバムの中には12曲くらい入っていて、2枚組なんていうものもあった。その前にはレコードなんていうものもあったし、私が生まれて初めて買ったのはユーミンのLPだったけど、そんなことはどうでもいい。重要なのは、そう遠くない昔、音楽は有料だったということだ。
いつから音楽は無料になったんだろう? おそらくナップスター以降と答える人がほとんどかもしれない。実際、レコード業界を破壊した犯人としてもっとも名前があがるのは、ナップスターを立ち上げたショーン・ファニングとショーン・パーカーだ。
でも、ナップスターが立ち上がる前から、音楽ファイルはインターネットのどこかにあった。ナップスターはそれを見つけやすくして、普通の人が共有できるようにしただけだ。ナップスターをきっかけに世界中に拡散された音楽ファイルは、もともとどこから来ていたんだろう? 世界中のどこかのだれかが、ばらばらに手に入れてた音源をmp3ファイルに変えて、適当にアップロードしていたんだろうか? その音源はどこから手に入れたんだろう? CDを買っていた? それなら発売前のアルバム、お蔵入りしてしまったアルバムの音源さえもネットで手に入っていたのはなぜだろう?
著者のスティーヴン・ウィットはナップスター世代のど真ん中で、何万曲という楽曲でハードディスクをいっぱいにしていた。曲をブラウズしているとき、その疑問が頭に浮かんだ。この無数のファイルはどこから来てるんだろう? 好奇心に駆られて調査していくうちに、だれも知らなかった事実を突き止めることになる。インターネットの中に、発売前のアルバムをリークする秘密の組織があったのだ。その厳密に組織された秘密グループにいたあるひとりが、ほとんどすべての話題のアルバムの流出源になっていた。いくつかの偶然が重なって、その男が史上最強のリーク源になり、それがインターネットで拡散されたことで、音楽はタダになっていく。
いくつかの偶然のひとつは、もとをたどれば音楽の圧縮技術が成熟したことだ。mp3という圧縮技術がなければ、CDというフォーマットはなくならず、音楽は物理的に流通されていたはずだ。
もうひとつの偶然は、ラップがひとつのジャンルとして確立し、それがデジタルネイティブのミレニアル世代にもっとも人気のあるジャンルのひとつになり、そのジャンルをある大手レーベルが独占するようになったことだ。それがユニバーサル・ミュージックだ。
この本の縦糸は、その3本だ。ひとつ目はmp3の生みの親でその後の優位を築いたあるドイツ人技術者の物語。ふたつ目は、鋭い嗅覚で音楽の新しいジャンルを作り、次々とヒット曲を生み出し、世界的な音楽市場を独占するようになったあるエグゼクティブの物語。そして、3つ目が、「シーン」と呼ばれるインターネットの海賊界を支配した音楽リークグループの中で、史上最強の流出源となった、ある工場労働者の物語だ。
この3つの縦糸が別々の場所で独立して紡がれる中、横糸にはインターネットの普及、海賊犯を追う捜査官、音楽レーベルによる著作権保護訴訟が絡み合う。3人のメインキャラクターに加えて、リークグループの首謀者、それを追うFBIのやり手捜査官、ジェイ・Zやジミー・アイオヴィンといったこの年でもっともヒットを生み出した音楽プロデューサー(今や既得権益側になってしまった!)が登場し、謎解きと冒険を足して2で割ったような群像活劇が繰り広げられる。
ネタバレになってしまうので、これ以上は控えるけれど、実話とは思えないような、リークする側とされる側のハラハラドキドキの攻防が、この本には描かれている。音楽ファンはもちろんだけれど、そうでなくても充分に楽しめる、エンタテイニングなノンフィクションだ。すでに映画化も決まったという。それぞれの人物をどの俳優が演じるか、想像しながら読んでみると、ますます面白くなるはずだ。
2016年夏 関 美和