うつに殺されないために──『#生きていく理由 うつヌケの道を、見つけよう』

冬木 糸一2018年04月25日 印刷向け表示
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#生きていく理由 うつヌケの道を、見つけよう
作者:マット ヘイグ 翻訳:那波 かおり
出版社:早川書房
発売日:2018-04-18
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はたしてうつとはどのような状態なのだろうか。

幸いにしてこれまであまり憂鬱な気分に陥いったことすらない僕は、それが実感としてはよくわかっていないのだが、うつから抜けた人たちの語る言葉を読んでいると、少なくともその恐ろしさはよくわかる。職場や自分のポジションの変動によってうつというのは一瞬で発生し得るのだから、明日は我が身である。できることならば、うつになる前に回避したいと思う。

本書『#生きていく理由 うつヌケの道を、見つけよう』は、小説『今日から地球人』などの著作もある作家のマット・ヘイグが、自身が陥ったうつ病と不安神経症。そこからどうやって生き延びてきたのかを綴った自伝的エッセイである。そもそもどのようにしてうつ病へと落ちていったのか。発症前はどう過ごしていたのか。うつ病のまま日々を過ごすとはどういう状態なのか。なぜうつは理解されにくいのか。どのように回復していき、何が支えになったのか。

恐怖と不安が巧みに描写されていく。

そうした、うつ持ち以外には伝わりづらい、うつとはどういう状態なのかが小説家らしい描写力で綴られていくのがまず第一の読みどころだ。『うつ病の身体的症状としてずっしりと体にのしかかる重さがある。ただし僕の場合、重さよりもさらにぴったりなたとえがある。低気圧だ。(……)僕は低気圧にすっぽりはまっていた。外側から見れば、つまり周囲の目に、それから数ヶ月間の間の僕は普通より動きが少し緩慢で、少し元気のない人に見えたことだろう。でも、僕の頭のなかでは、あらゆることがつねに激しく容赦なく、飛ぶように動いていた。』

マット・ヘイグが描写していくうつ病と不安神経症の症状は読んでいるだけでゾッとする。うつに加えてパニック障害が併存していた時期には、自分の影にさえおびえる。アルコールに溺れ、不眠、空気が薄くて息苦しいような感覚が続く。自分が死ぬ、もしくは気が狂う兆しを探し続ける、ひとりで行動することが難しくなり、幸福に対してすらも強い不安を覚えるようになる。不安や恐怖は頭の中で生じているだけなのだが、当時は全てが肉体的に感じられるようだったという『つまり、頭のなかで起こることさえ、すべて僕を襲う衝撃として知覚されるのだ。』

合間合間に取り混ぜられていくユーモア

そうしたうつの体験記の合間合間に取り混ぜられていくユーモアが、またおもしろい。『”うつ”という言葉から僕が思い浮かべるのは、パンクしてぺちゃんこになって動かなくなったタイヤだ』など、的確な表現で笑わせてくるし、「うつは命をおびやかす病」の章では、うつ病のあまりの過酷さゆえに自ら死を選ぼうとする人々や、統計をあげて自殺者の数が胃がん、肝硬変、大腸がんの患者とくらべても多いことを述べ、うつが持つ深刻性を描写してみせる。

その直後に続く、「うつ持ちには言うが、ほかの理由で命が危ない人にはぜったい言わないひと言」の章では、『「へえ、結核にかかった? でも、よかったよ。結核では死なないからね」』『「きみ、どうして胃がんになったと思う?」』『「わかるわよ。大腸がんはきつい。でも、立場が逆なら、この病気の人と暮らしてみたいと思う? ほらね、悪夢よ」』といったように、別の病気になぞらえて「うつ持ちの人にたいして何気なく発せられる言葉」が列挙されていく。

たしかに、きみ、どうして胃がんになったと思う? なんて言われたらキレてしまいそうだと納得しつつ、あまりにひどい物言いなので笑ってしまった。と、同時に、うつ持ち、あるいは不安神経症をかかえる人との過ごし方などの章を読みながら、これまでそんなひどいことを言ったりやったりしたつもりもないのだが、周囲には大勢いたうつ持ちの友人・同僚たち、これから出会うだろう人々に大して再度気をつけるきっかけにもなった。何しろ、五人に一人がうつを経験するという時代である。明日、自分がそうなってもおかしくはないのだ。

たとえ人生のどん底にいても、未来が見えないわけじゃない

マット・ヘイグ(1975年生まれ)がうつと不安神経症にかかったのは24歳の頃で、今の彼はそこから抜け出し(うつは何度も再発するものだが)今は平穏な生活を送っているようだ。

本書は、そうやって「生き延びた」彼から、希望をなくし、死を思っていた「かつての彼」、今まさに現在進行中でうつで苦しんでいるすべての人々へのメッセージというか、対話的な本でもある。深刻なうつの症状は悲惨そのもので、渦中にいる時には希望なんて持てないままだが、しかしその先には──彼自身がそうであったように、生きていく楽しみを見出すこともできる。きっとその先には可能性があると信じるのだと、本書は切々と訴えかけてくる。対話の果てに辿り着く、最終章「もう何も楽しめないと思ったあのとき以来、僕が楽しんだこと」には、思わずぐっときてしまった。これは、ひとりの男が、うつを抜けて、希望に至るまでの一冊である。

ちなみに、本書のタイトルであるハッシュタグの #生きていく理由 は著者が自身のツイッタで、うつの経験を持つ人達に向かって「あなたの生きていく理由を教えてください」と呼びかけた #reasonstostayalive というタグの日本語版。日本語タグでも活発に投稿されている。

帯文を寄せている田中圭一さんの『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』も幾人ものウツ経験者との対話を通してうつヌケの方法、うつ期の堪え方について、うつ持ちの人々に寄り添った温かな視点で描かれていく漫画で、合わせてオススメしたい。

うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち
作者:田中 圭一
出版社:KADOKAWA
発売日:2017-01-19
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