『経営者 日本経済生き残りをかけた闘い』経営者から日本の資本主義を考える

下山 進2018年05月30日 印刷向け表示
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経営者:日本経済生き残りをかけた闘い
作者:永野 健二
出版社:新潮社
発売日:2018-05-25
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「この紙切れをさ、みんなが価値があると信じているから流通しているって不思議だと思わないか? それが貨幣論の始まりなんだよ」

私が永野健二さんに会ったのは、1992年のニューヨークだった。週刊誌の記者、月刊誌の編集者を6年やった私は、一年休職してコロンビア大学のジャーナリズムスクールに留学していた。永野さんは、少し遅れて同大学の東アジア研究所にフェローとして滞在していたのである。

それまで週刊誌取材できったはったをやってきた私が、経済というものから世の中を見るとまったく違って見えることを知ったのは、永野さんとの交流を通じてだった。

ジャーナリズムスクールでのプロジェクトは、ピューリッツアー賞を受賞したにもかかわらず、その調査報道班を解散してしまった中西部の新聞「インディアナポリス・スター」を追いかけることなったが、SECに登録されている親会社の経理資料「10-K」を見ることになったのも、永野さんの「企業はディスクロージャーされている経理資料をまずみなくっちゃ」というアドバイスがきっかけだった。

つきあいは四半世紀以上に及ぶが、その永野さんが2冊目の著書『経営者』を上梓した。最初に知り合ったニューヨークの時代から、永野さんは、起こっていることの意味づけを考えるのが得意だったが、この本でも理論家として永野健二は冴えに冴えている。

『自動車の社会的費用』は、宇沢(弘文)みずからが属する近代経済学の世界に対して投げかけた本質的な批判だった。外部経済として除外される社会的費用を綿密に計算し、資本主義の矛盾と自動車の存在に警鐘を鳴らした

あるいはヤマト運輸の小倉昌男との対話がいつも資本主義について議論することになったことに触れてこんな小倉の言葉を記している。

「いま考えているのは、資本主義における在庫の問題です」「セブン・イレブンとヤマト運輸が究極の在庫管理を突き詰めていった時に、在庫というのはいったい最終的にどうなるのだろう」「経営者は在庫圧縮のことばかり考えて行動するが、資本主義にとっては在庫こそ、在庫の循環こそ命綱ではないのか」

永野さんと話をしていると、自分が今取材していること、考えていることをもっと大きなコンテクストの中で位置づけるような話をしてくれて、はっとするのだが、この本に登場する中内功、鈴木敏文、出井伸之、豊田章男、孫正義、柳井正らも同じ思いだったのだろう。

現在の日本経済新聞の形をつくった名経営者円城寺次郎は、「記者はただ取材をするだけでは駄目、日々のニュースから時には離れて学者と同じように研究をすることが必要だ」、と説いた。それを円城寺は「重武装記者」と表現していたが、まさに、永野さんは、その「重武装記者」だった。

その「重武装記者」が経営者を軸に、日本の資本主義について考察しているのがこの本『経営者』である。しかも、「重武装記者」でなくては引き出せない経営者の意外な実像を提示しながら。

たとえば、カネボウの伊藤淳二。私は山崎豊子の「沈まぬ太陽」の会長室篇で描かれた伊藤淳二像があまりに色鮮やかであるので、その彫像にずっと引きずられていた。それまで社内で徹底的に差別されてきた共産党系組合とも等分に接して、アフリカに飛ばされていた主人公を呼び戻し、魔物巣くう日本航空の改革を志した清廉潔白な経営者というイメージだ。なにせ、学生時代、私はカネボウに内定をもらっていたぐらいなのだ。

ところが、永野はのっけから、かけだし時代、財務と取材について教わった先輩記者のこんな言葉を引いている。

「カネボウは粉飾体質の会社だ」「いずれ、カネボウは粉飾決算で倒れることになる」

カネボウはその言葉どおり、粉飾決算で訴追され、2004年には消滅することになる。しかも、この先輩記者の言葉は1970年代のことだ。

伊藤淳二が推進したペンタゴン経営という多角化戦略が、化粧品部門の利益に乗っかった赤字垂れ流しの経営であることを吉村(先輩記者)は精緻な財務分析で説明してくれた

このようにして、名だたる経営者を次々に俎上にあげ、恐れず評価をしていく。その筆は時に厳しく痛快だ。

奥田 碩は、財界人としては、少なくともマスメディアの世界で、豊田章一郎を上回る存在感を示した。それをダメだという権利と責任は、創業家嫡流の豊田章一郎にも、「ない」と言わざるをえない

長くつきあってきた私も初めて知るエピソードも多く、巻を措く能わず。経営者から日本の資本主義を考える名著として長く読み継がれること間違いなし。

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