伝説の編集者に会ってきた! ――出版に、希望を探して

2020年2月17日 印刷向け表示
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ミライの授業

作者:瀧本 哲史
出版社:講談社
発売日:2016-07-01
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「とりあえず加藤さんに会うことかな」

右肩下がりの出版業界。同業他社の友人たちと話していても、明るい話題は聞こえてこない。器用でもなければ体力もない自分が仕事の質を落とさずにこの業界でやっていくのは、もう無理なんじゃないか……と落ち込んでいたとき、HONZの成毛代表がかけてくれた言葉が、上記のものだった。

加藤さん――加藤晴之さんは、講談社で数々の話題作を世に送り出した敏腕編集者。週刊誌編集長時代には、自宅に銃弾を送りつけられたという逸話もある。現在は個人事務所を構えて変わらず精力的な出版活動を行っている。

でも、なぜ加藤さんなのか? 成毛代表にはあえて聞かずに、私は加藤さんに会ってきた。

「迷える子羊」というには薹(とう)の立った中年クライシスな泡沫会社員が、コワモテ伝説の編集者と闘って勝てるのか?と3日間ほど悩み、「いや、べつに闘わなくてもいいのか……!」とやっと気がつき、加藤さんとお話してきたことを、せっかくなので記事にしました!(行き当たりばったりでスミマセン……)

書籍はチームをつくる時代

塩田:お忙しいなか、今日はありがとうございます。加藤さんにしてみれば、いきなりの成毛さんからのご指名で、「流れ弾に当たった!」って感じのご災難だと思いますが……。

加藤:流れ弾……(笑)

塩田:そもそも、なんで成毛さんは加藤さんをご指名されたと思われますか?

加藤:塩田さんと僕では立場が違うけど……、僕は定年退職していて、あ、信じられないかもしれないけど、いちおう円満退社ね(笑)。第2の人生をどうしようかと考えたとき、雑誌は「やりつくした」感もあるし、裁判起こされたり、失敗もたくさんした。でも書籍はまだやり残し感があったんだよね。

今は、フリーランスでいろんな出版社と仕事をしている。編プロでもないフリー編集者がノンフィクションや小説の編集という仕事をするために出版社各社と交渉するって、あんまり前例がないんじゃないかな。成毛さんはそれを珍しがってるんじゃないかと。

あと、35年くらい仕事してきたし……。古巣では悪名が轟いてますが(苦笑)、なにか参考になることを言えるんじゃないか、と。

塩田:仕事のスタイルで参考になる、というのはあったと思います。あと、「お前のその豆腐メンタルに、カツを入れてもらえ!」ってことなのかな、と。

加藤:豆腐? なにそれ、鋼メンタルの逆?(笑)

塩田:いやー……「本日校了!」でもお話されてますけど、加藤さんは百戦錬磨というか、それだけ裁判起こされたりしたら、私はとてもメンタル的に無理というか……。胆力が全然違うと思い知らされて、「加藤さんからそのへん見習えよ」ということかと。

加藤:(笑)塩田さんは、人がいいんだよ。たとえばひどいパワハラとか受けても、殴られて1年くらいしてから「痛い!」って時間差でくるタイプでしょ? 

塩田:……(うっ、当たってる。「きっと自分が悪いんだ」って、まず思う)

加藤:僕はキャパがないから、即反応するんだよ。ダメな構成案とか、見たとたんに相手を殴り倒したくなるくらいカッとなる。実際、昔はそれで脊髄反射してたというか、独り相撲を取ってたというか……。

塩田さんの得意なジャンルでいえば、研究者なのに、一般の人に科学のことを正確かつおもしろく伝えるポピュラー・サイエンスが書ける、たとえば福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』みたいな名著が書ける人は、1000人に1人とか1万人に1人くらいじゃない。でも、得意ジャンルの違う編集者やブレイン、デザイナーにも加わってもらってチームをつくって取り組めば……。

書籍も、今はチームをつくる時代。1人じゃ本はつくれない。毎回、プロジェクトチームをつくるかんじ。それぞれバックグラウンドや文化が違う人が集まらないと、いい本はできないと思うんだ。

僕はいま、いろんな出版社の編集者と一緒に本をつくっているわけだけど、風景や文化が違う人たちで、基本はみんな「いい本つくろう」ってやる気があって根性があって、そういう人たちが集まってつくるのが、これからの書籍のテーマだと思う。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

作者:福岡 伸一
出版社:講談社
発売日:2007-05-18
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読まれないと意味がない

加藤:いまは本がなかなか売れない時代ですよね。ノンフィクションの世界なんて、著者のジャーナリストやノンフィクション作家はほとんど「ボランティア」。だって、ノンフィクションは仮に2万部売れたらすごい!ってなるけど、それでも1800円の本だったら印税10%として、360万円でしょ。何年もかけて取材して、しかも取材費は持ち出し。もうちょっと報われてもいいんじゃないか、と。

僕らにできることは、なるべくおもしろくして、読まれるように間口を広げて、1万部売れる本を2万部に伸ばし、5万部の本は10万部になるように編集することなんじゃないかと。

本文の中身から、ビジュアルの工夫とか装幀とか。一冊入魂。場合によっては、ノンフィクションで伝わりにくいなら、小説のかたちにするとか。昨年末刊行した、『トヨトミの逆襲』という企業小説を編集したけど……これは、メディアが事実を伝えられないこと、タブーになっていることをエンタメ化、小説にして広く届ける、という工夫ですよね。

トヨトミの逆襲: 小説・巨大自動車企業

作者:梶山 三郎
出版社:小学館
発売日:2019-11-27
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宇宙船の落ちた町 (ハルキ文庫)

作者:根本聡一郎
出版社:角川春樹事務所
発売日:2019-11-15
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塩田:タブーの、エンタメ化?

加藤:たとえば、いわき市出身で仙台在住の作家、根本聡一郎さんの『宇宙船の落ちた町』は、「本のかたち」は青春SF小説なんですよ。宇宙船が落ちて少年の運命が変わるんだけど、じつは東日本大震災の時に起きた福島原発事故がモチーフ。

原発問題をノンフィクションで描くと、あの3.11の事故のことはあまりにも辛すぎるというか、重すぎて、その問題からつい目を背けたくなるじゃないですか。それを小説に窯変させる、デフォルメしてエンタメにすることで、まんまの形じゃなくて、苦い薬をカプセルに入れるように、そういう工夫で、大切なテーマを広く読者に届けようとする試みだと思うんです。

ストーリーは、なるべくたくさんのいろんな人に読まれないと意味がない。僕たちの立場では、書いていただいた努力を、最大限化するのが大事。

ファースト・ペンギンは気持ちがいい

塩田:たとえば『昆虫はすごい!』とか『ざんねんないきもの事典』とかベストセラーが出たら、「○○はすごい!」とか「ざんねんな○○」みたいな本が、何冊も出ますよね。テーマも売れ筋の後追いが多いというか。それも「読まれる工夫」なんでしょうか……?

加藤:二番煎じというか柳の下って、戦術としては否定できないと思うんです。樹木希林さんの『一切なりゆき』なんて、柳の下にドジョウが5匹くらいいたでしょう? 「二番煎じ」でも、売れれば勝ちは勝ち。

でも、ね、最初に樹木さんの本を出した文春の編集者は、絶対に気持ちよかったはずなんです。なんといっても、ファースト・ペンギンだし。

ファースト・ペンギンというのは、勇気もいるし成功率は低いけど、2匹目に飛び込む奴よりも、絶対に気持ちがいいはずなんです。飛び込んだところにサメがいて食べられちゃうかもしれないけど。

僕も亡くなるずっと前に樹木さんにエッセイをお願いしたことがあるんだけど、そのときはダメだった。でも灯台下暗しというか、『一切なりゆき』はこれまでの発言を集めただけだけど、おもしろい。誰でもできそうで誰も思いつかなかったし、誰もやらなかった。編集者は見事だと思う。

一切なりゆき 樹木希林のことば (文春新書)

作者:樹木 希林
出版社:文藝春秋
発売日:2018-12-20
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加藤: 大ヒットして、「柳の下のドジョウ」が何匹もでてくる、後追いが出てくるのって、名誉なことなんじゃないかと。「なにか新しいもの=something new」、これまでになかったものを作ったんです。

誰でもできそうで誰も思いつかなかったといえば、塩田武士さんの小説『罪の声』もそう。関西の事件記者や事件や犯罪をもとにクライムノベルを書く才能のある作家がたくさんいるなかで、あの事件の脅迫テープに子供の声がつかわれていたことに着眼したのがすごい。

売れる本にはちゃんとその理由があるんだと思います。

罪の声 (講談社文庫)

作者:塩田 武士
出版社:講談社
発売日:2019-05-15
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加藤:でも、「柳の下作戦」、僕もやりたくなるけどそれをやらないのは、後追いはつらいから。たとえば誰も注目していないベンチャー企業のばか安い株を買ってガッと上がるのが気持ちいいわけじゃないですか? みんなの注目を集めてすでに株価の上がった会社の株を買っても、あんまりおもしろみはない。

「後追いがつらい」というのは、週刊誌時代に、他誌のスクープの後追いがつらかったんですよ。スクープした週刊誌は、ネタ元はもちろん有力な情報源は抑えてるから、こっちが押っ取り刀でかけつけても現場になんにも落ちてないし、ぺんぺん草も生えてない、最初から負け戦をやっているかんじ。いきなり5点差くらいつけられて試合スタートするみたいで。

塩田:試合といえば「本日校了!」のインタビューで、著者をボクサー、編集者をセコンドにたとえて、「(著者=ボクサーには見えていて、編集者=セコンドには)見えなかった景色が見えたときの方が当たる」と話しておられたところ、頷きながら読みました。

でも、今のように業界全体の景気が悪くなると――出版に限らず、研究者への研究費の配分などもそうですが、突飛な企画は通らないとか、ホームラン狙いの空振りは許されないからはじめから無難な路線をというか、冒険しづらくなっているんじゃないかという気がします。

加藤:ホームラン狙い、か。よく「みんなが賛成する企画はダメ、10人のうち9人が反対する企画がじつはヒットする」っていわれますよね。でも、大勢が反対するのはいい企画なのかというと、やっぱりダメなのがほとんど(笑)。

でもなんとなくすごい書籍になるニオイというか、ひょっとしたら大化けするかも?っていうのは、ぜったいある。それを企画段階で嗅ぎ分けられるかどうかが、難しいところなんだけど、ホームラン狙いをしないかぎりホームランはでない。

 

ラット・レースはなぜ起きる?

加藤:「冒険できなくなってる感」はたしかにある。ヒットを打てというサインが出るならまだいいけど、バッターボックスにたってもベンチからはバントのサインしかでないと、ヒットは打てない。つまり、上から現場に降りてくるのは、無難な企画というか前例を踏襲する企画、二番煎じ企画みたいなバントばっかりだと、得点は入らないでしょ。

もっとも、バッターもバッターで、ヒットが打てない人が多いのもある。プロ野球にたとえたら、再販制・委託販売制度のおかげで、出版社=球団の数は多いわ、選手=編集者も多すぎるのかもしれない。セ・パ両リーグで100チームくらいあって、1軍登録選手以外に、2軍以下10軍ぐらいあるかんじ。

今、年間に本は8万点くらいでてるはずだけど、1日の刊行点数は、単純計算8万÷365日で、220点。こんなに本が出てるって異常でしょ。一昔前、3万点でも多いといわれてたのに。そのなかで、版を重ねる本はいったい何冊あるのか。

なかには、セールス成績が悪かろうが、出版されるべき価値のある本はあると思います。でも、8万点すべてが、世の中に出るべき、少なくとも編集者や出版社が死にものぐるいで寝食も忘れて本気でだしたって本が、8万点の中にいったい何点あるのか。

二番煎じモノがたくさん出ていて、一見「それなりの本」に見えるけど、じつは守りに入っていて、まったくsomething newがない、つまり出す意味のない、出して即不良在庫になるクソおもしろくない本がたくさん出ているのではないか、という気がするんですよね。

塩田:それ、私もずっと考えていました。結局、業界全体が自転車操業で無理な予算や進行で質の低い本を量産してきたことが、身から出た錆というか、出版をつまらなくしてしまっているのかなと……。

最初に読んだ本がつまらなかったら、その人がそのジャンルの本を読まなくなってしまうのは無理もないと思います。

加藤:そうなんですよ。委託販売+再販価格維持制度のこの業界、出版社がなんでそんなに本をいっぱい出すのかというと、怖いから、ですよね。返品圧力と出荷圧力があって、戻ってくるまでの差が、いったん売り上げになる。ラット・レースだよね、車輪の中をぐるぐる回っているだけの。みんなわかってるけど、やるんですよ。

ヘタな鉄砲も昔は撃てた。それが、ネットが普及したりして雑誌の売り上げがこれだけ落ちてくると……取次のトラック配送、あれは雑誌を全国津々浦々まで届けるための鉄壁システムだったわけだけど、その雑誌の流通網の上に書籍をのせていたから、安価な形で全国の書店さんに書籍も行き届いていた。それが、成り立たなくなってきた。

原点にかえると、納得いくものをちゃんとつくろうと。どんなジャンルの本であろうと「この本出てよかったよね」というものにこだわらないと。そういうつくり方をした本だったら、読む人はいるんですよ。

それ以外のテキトーなものって、たいていのものはネットで済んじゃうし。そこに文句を言ってもしょうがない。僕はもう、雑誌はネットに移行せざるを得ないと思っています。ネットのほうが便利なんだもん。

塩田:そうですね。……ただ、みんな本当は丁寧な本づくりをしたいけど予算も時間もなくて、やることはたくさんあるし、というのが今の多くの現場なんじゃないか、とも思います。業界自体も過渡期というか、書店が文具や雑貨を多く扱ったり、ブックカフェになったりするのも、本を売るだけでは成り立たちにくくなっているのかなと。

加藤:……難しいけど、根本的に「本」という商品の原価構造を変えるべきだよな。少なくとも、書店の「取り分」というか、1冊売って2割は、利が薄すぎる。ネットのない時代は、返品できる商品で、しかも売れていたからよかったんだけど。

情報を扱う商品の中で、本という商品の位置が変わったから、流通構造、原価構造もこれまでのようにはいかないような気がする。

塩田:冷静に考えると、誰かの一生分の研究成果を3000円で知ることができたらめちゃくちゃ安いと思うんですけど、「本で3000円は高い」という感覚があるように思います。

加藤:1964年(昭和39年)のオリンピックの年、新宿の紀伊国屋書店の本店ビルが竣工したのもその年なんですが、当時の書店はもうかっていた。本が売れていたのもあるけど、当時の2割の利幅は大きかったんじゃないか、と。遠藤周作さんとか小説がみんな函入りのハードカバーだったけど、函入りの本が、たぶん500円前後くらい。当時の500円って高かった。ラーメンは当時、60円くらいだから……。

いまラーメンは10倍くらいの値段になってるけど、本はなっていない。ラーメン並みの値段になったとすると、遠藤周作さんの函入りの単行本『沈黙』は、いまの物価でいえば5000円くらい。当時の本屋さんがもうかったのって、本は高かったんです、ちゃんと。

さらに高度成長期は、単価が安くてもロットがどんどん右肩上がりで増えることで出版は成長できた。今は部数もだだ下がり。でも、ライバルのネットがゼロ円だったりするから、雑誌や本の値段は上げにくい。そんな構造上の問題がある。

話がまとまらないけど、塩田さんが手掛けているポピュラー・サイエンスの世界は「勝ち目」があると思うな。……たとえば、朝永振一郎の『物理学とは何だろうか』とか、今年ノーベル賞効果で売れたファラデーの『ロウソクの科学』とか、名著じゃない。

もし講談社が潰れるとか他社と合併になってデューデリジェンスやるとしたら、資産価値が最も高いのはブルーバックスだと僕は思ってる。高校生の頃、『マックスウェルの悪魔』とか『タイムマシンの話』とか読んだな。

物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)

作者:朝永 振一郎
出版社:岩波書店
発売日:1979-05-21
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ロウソクの科学 (岩波文庫)

作者:ファラデー 翻訳:竹内 敬人
出版社:岩波書店
発売日:2010-09-17
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新装版 マックスウェルの悪魔―確率から物理学へ (ブルーバックス)

作者:都筑 卓司
出版社:講談社
発売日:2002-09-20
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タイムマシンの話―超光速粒子とメタ相対論 (ブルーバックス 170)

作者:都筑 卓司
出版社:講談社
発売日:1971-04-24
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目標は虎屋? 

塩田:稼ぐという点では、身も蓋もない話になりますが、大手出版社や新聞社も、じつは本業ではなくて不動産で稼いでいたりしますよね。先ほどのブックカフェの話ではないですが、がんばっていいものをつくったとしても、もう出版社が紙の本の出版だけで稼いでいくのは難しいのかも?と思ってしまうこともあります。

加藤:虎屋がエラいのは、よく考えたらただの小豆や砂糖(和三盆)をかためた菓子だけど、それを高価格で、贈答品としての定番の地位を固めた素晴らしいものをつくっているところ。

福音館とか絵本や児童書の出版は、何十年ものロングセラーになってる定番絵本の重版で手堅くやっているし、医学書も高価格販売して成り立ってるし、虎屋を見習ってさ、そういうシステムをほかの書籍のジャンルでもつくることは、できなくもないような気がするんだよな。みすず書房の開闢以来の大ヒット、『21世紀の資本』って、たしか5000円くらいしたんじゃなかったっけ。

21世紀の資本

作者:トマ・ピケティ 翻訳:山形浩生
出版社:みすず書房
発売日:2014-12-06
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 塩田:『トヨトミの逆襲』を読んで思ったんですが、これに登場するトヨトミ自動車という会社は、愚直にものづくりをする会社。それに対してワールドビジョンという会社は、ライドシェアや自動運転など、まったく別次元で未来をつくりかえるようなビジョンをもっていますよね。すごいなと思って。

今のところ出版業界は、前者の「愚直なものづくり」だと思います。そうでありたいと思う反面、もっとみんなが幸せになるような全然違う出版のあり方もあるんじゃないかと。

加藤:世界的な視野に立つと、日本はアニメやコミックが圧倒的に強くて、長いトレンドで見た場合、講談社とか小学館や集英社は総合出版社の形をとりながら、ディズニーとかマーベル(ディズニー傘下のアメリカの出版社)化していくような気がする。

エンタメとキャラクタービジネスで、日本ではKADOKAWAがやっぱり進んでいるよね。コンテンツメーカーとして角川春樹さんは天才だけど、総合力というかメディア経営者として角川歴彦さんもすごい。未来が見えている気がする。

いろんな会社をM&Aすることって、出版業界以外の産業界ではとっくのとうに常識じゃない。出版界では非常識でもM&Aを戦略的に駆使して、会社を変革して、ダイバーシティを生み出している。dマガジンのプラットフォームだって、KADOKAWAとNTTドコモがつくったわけでしょう? いろんな手を打っていて、変わるスピードも速いですよね。

塩田:でも、変え方を間違えると、会社はつぶれる。そこの舵取りはきっと難しいですよね。出版社は、将来的にマルチビジネス化が必要なんでしょうか?

加藤:いや、そこはデパートじゃなくて、ブティックみたいにさ。たとえば福音館みたいに児童書という特異分野に特化して経営するところとか、単価の高い医学書とか、方法はある。

ただ、出版社も、変わらなきゃ。虎屋だって、羊羹つくってるだけじゃなくて、カフェやってみたり、変化してチャレンジして、高級ブランドの多角化に成功している。出版だって、もっと高い本をいっぱい売るための知恵をしぼるべきなんだよ。

まず、常識を疑う

塩田:手をかけた本には中身に見合った価格設定をしたいですけど、値段を上げることには、怖さというかハードルの高さを感じます。

加藤:瀧本哲史さんと『僕は君たちに武器を配りたい』ってハードカバーの本をつくったとき、同じ瀧本さんの著書で『武器としての決断思考』って星海社新書と同時発売したんですよ。新書の方は、光文社から星海社に移った柿内芳文さん――『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』(光文社新書)とか手がけた天才編集者だけど、彼が「本来の新書をつくろう。高校生とか大学生とか、次世代の人たちの武器になる、つまりリベラルアーツの入門書を配ろう」としたんだよね。

それで、瀧本さんと柿内さんと僕と3人で話して、2冊同時発売することに決めた。でも、営業は猛反対。『僕武器』は定価1800円、新書の『武器決』は820円。そんな安い本と高い本、同じ著者で同時発売したら、高い本が売れるわけがないじゃないかと。

でも、両方売れた。『僕武器』が11万部くらいまでいって、『武器決』は25万部越え。『武器決』があったから、『僕武器』も売れたんだと思う。

塩田:相互作用で、高めあった……。

加藤:そう。『僕武器』はハイエンド商品で、瀧本理論の総論というか、著者デビューした瀧本さんのマニフェストみたいなもの。『武器決』は廉価な新書で、瀧本理論の各論というか実践編。当時、販売畑出身の優秀な講談社の社員が、星海社に出向して社長になっていて、彼が2つの本の販売戦略を俯瞰的に見てくれた。

非常識と言われることをやったわけだけど、戦略というか、勝つ根拠ってあると思うんですよ。それは勝ったから言えることかもしれないけど。もちろん両方とも完成度の高い、いい本だったから。

あと、デザインも大事。『僕は君たちに武器を配りたい』は、吉岡秀典さんって祖父江慎さんのお弟子さんがデザイナーで、これね、その表紙。ヘンでしょう? この小さい方の文字がタイトルですよ。横の大きい字は、本文の書き出しの部分。これ、週刊誌の手法ですよね。週刊誌って、表紙にいっぱい内容の文字をのせるでしょう? 

塩田:たしかにこれは……「どれがタイトルかわからなくて読者が混乱する」とか、反対されそう。

加藤:でも、これは奇をてらったわけじゃない。本文の頭が強いから、これをここにもってきたのは、平済みされたら、まさにそのまんま、ためし読みできるわけで大正解。雑誌みたいに、表紙にためし読みを入れたってこと。

塩田:「書籍はこういうもの」という常識を、まず疑った、と。

加藤:そう。これ、勝負してるんですよ。闘いに行ってるんです。

僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版 (講談社文庫)

作者:瀧本 哲史
出版社:講談社
発売日:2013-11-15
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武器としての決断思考 (星海社新書)

作者:瀧本 哲史
出版社:講談社
発売日:2011-09-22
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 正義は、強くなきゃいけない

塩田:常識といえば……10年以上前ですけど、私もいまの会社に転職してきたとき、理系の本といえば数学や物理が王道というか会社の売れ筋で、私は生物の本をつくりたくてそういう企画を出したんですが、「生物の本は売れない」という見方が社内で一般的でした。

でも、出してみたら売れたんですよね。『クマムシ?!』とか『ハダカデバネズミ』とか。『クマムシ?!』は刊行日前に重版になって、海外で翻訳もされているし。

クマムシ?!―小さな怪物 (岩波 科学ライブラリー)

作者:鈴木 忠
出版社:岩波書店
発売日:2006-08-04
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加藤:それ、なぜ負けなかったと思いますか?

塩田:……「自分はこういうものが読みたい!」に徹底的にこだわって一所懸命つくった、とは思います。ハードルは多かったけど、本来できないことを協力してくれた他部署の人たちもいて。ただ「あちこち巻き込んだ挙句に売れなかったら」ってプレッシャーは、かなりきつくて。でも日和って中途半端にしたら誰にも届かないので、やるなら顔面強打レベルで失敗しても自分で引き受けるしかないと。

加藤:僕は、塩田さんの「こういう内容が大好き」という気持ちが強くて、根性があって、それが本に生きたからだと思いますね。

あと、常識の逆張り。いままでの人から見たら「何やってんの?」になるから、ちょっと勇気がいるけど、「好きだ」っていう情熱は、文章とか構成とかデザインとか、あらゆるところに効いてくる。本づくりって「売れ線だから」というだけで情熱が薄い人がやっても、同じ結果にはならない。

でも「根性があれば勝てるか?」というと、それだけでもない。たとえば、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智さんは、研究者として優秀なのはもちろんですが、根性だけじゃなくて、経営的な戦略を練る頭もあった。アメリカの巨大なメルクって製薬会社を向こうに、体をはって金を引き出して共同開発者としての権利もとった。

そうやって自力でカネを生み出し、それを彼はアフリカに寄付もしている。大村さん、めっちゃカッコイイですよ。やっぱり戦略があった。正義は、強くなきゃいけないんだよ。

塩田:正義は、強くなきゃいけない……!

加藤:そう、大村さんは、いきなり人の薬の開発はめちゃお金もかかるし臨床試験などハードルが高いから、まず家畜の薬を開発して、それを人の薬にステップアップして、結果的に2億人を失明の危機から救った。やっぱりすごいし、彼は勝った。強かったから勝てた。大村さんは、努力と根性と研究者としての頭脳と戦略、それがあった。

大村智 - 2億人を病魔から守った化学者

作者:馬場 錬成
出版社:中央公論新社
発売日:2012-02-09
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塩田:あの、たしかに正義は強くあってほしいんですけど、強くない場合も多いんじゃないかと……。まじめでいい人ほど、体を壊したりメンタルを削られることが多いような気がします。

加藤:……ま、まだ時効じゃないかもなんで、小さな声で言いますが、ぼくはパワハラ前科があるから、あんまりエラそうに言えないんだけど……。会社でパワハラされてるサラリーマンに限らず、アカハラされる研究者とかもそうだと思うんだけど、自分の置かれた環境を当たり前だと思っちゃうんです。

たとえば、某有名な人材派遣の会社、あそこのワンマン社長はセクハラ大魔王で有名なのになぜかいまだに事件にならないから不思議なんだけど、そんなクソ会社でさえ、新入社員で入ると、そのセクハラ地獄が異常と思わない、ってか、「ふつー」なこと、我慢しなきゃダメ、みたいなことになったりする。

だから、組織のなかで一生懸命やっているのに削られ感のある人は、やっぱり外とつながったほうがいいよ。外の人とつながらないと、わからないよ。外の人とつながって、違う世界感、経験をもつと、閉じられた世界のおかしなその現状をどう変えればいいのか、突破すればいいかの助けになると思う。

 

書籍には、未来がある?

塩田:加藤さんご自身は、もう出版無理って思ったことはないんですか? 

加藤:うーん、あるかな。出版無理っていうか、雑誌はもうダメかも、というのはありました。ていうか、日本の比較的大きな出版社は、みんな雑誌で大儲けしていた「雑誌社」なんだよね。講談社、光文社、新潮社、小学館、集英社、文藝春秋、あるいは経済書中心の、東洋経済もダイヤモンド社も、みんな雑誌という紙メディアがドル箱だった。

ということはつまり、経営の土台は雑誌。出版社―取次―書店をむすぶロジにしてもそうでしょ。雑誌が稼いで土台をつくってその上に書籍事業をのせているという構造。だから、雑誌がダメ、ということは、やがて出版社も取次も書店もダメになるということになるから、かなりヤバい。

塩田:「本日校了!」で、雑誌編集者時代は書籍をバカにしていて、そんな自分を「アホだった」と話しておられましたが、「アホだった」と気がついたのは、ご自身が書籍に行ったからですか?

加藤:うん。じつは、さきほどの、「自分の置かれた環境を当たり前だと思っちゃう」という話は自分の体験なんです。職場の空気に染まってしまい、いつのまにか職場の常識は世間の非常識。世間の常識は職場の非常識みたいな、カルト的になってるんですよね。

僕はずっと雑誌畑。なかでも、「雑誌社」の講談社で経営の土台をつくってる雑誌編集者で、しかもめちゃ忙しい週刊誌編集部が長かったから、その下部構造の上で、「のうのうと」「のんびり」仕事してる(としか見えなかった)書籍の編集者にマジ、ムカついてたんですよね。「本日、校了!」でも話したけど、統一教会の脱会信者みたいに、雑誌の「外」にでたら、人でなくなるみたいな気持ちだったって。アホでしょ。

ところが、実際に、書籍の編集部に来たら、これはこれでおもしろい、当たり前ですけど(笑)。じつは、フライデーの編集長をやっているころ(1998年~2000年)から、ネットが台頭してきて、フライデーの記事を勝手にパクって載せられたりとか、「あれ、紙のメディアひょっとしたらこれからかなりヤバいかも?」と思っていたんです。

で、書籍。同じ出版でも、メディアである雑誌は厳しくなるけど、書籍はコンテンツビジネスだから、こっちのゲームはネット時代になっても、勝てるんじゃないかって。

雑誌メディアも、いまや各社各誌がオンラインのメディアを並行させて儲け始めているところもあるけど、かつて紙の雑誌が販売収入と広告収入で会社の屋台骨を支えていた全盛期に比べたら、まだまだ全然、でしょ。サブスクの有料モデルか、広告モデルか試行錯誤中。

なにせ、価格競争の相手がヤフーやグーグルなどポータルサイトの無料との戦いだから、たいへんです。でも、これから、圧倒的な「勝ちパターン」をつくるメディアが必ずでてくると思う。一方で、書籍は定価販売がまだ崩れていないし、まだ未来があると思った。

でも、書籍でやる気になった頃に、また雑誌に戻ることになって。本当は、戻るのはイヤだった。「週刊現代」の編集長はやりがいのある仕事だけど、かなり厳しい戦いになるのはわかってたし。もう14年前のことだけど、すでに週刊誌や総合月刊誌の読者の高齢化が始まってたんです。ようは、新規に読者として入ってきてほしい若い層が、見向きもしなくなってきた。

塩田:雑誌が斜陽になりつつある環境で、火中の栗を拾う、みたいな?

加藤:そう。それで、戦略として読者の年齢層を下げようとした。「週刊現代」でエッチな袋とじを最初につくったのは僕なんだけど、当時は苦しいもんだから袋とじだらけになっちゃっていて、「乱丁じゃん、これ」みたいな。

塩田:(笑)

加藤:若い人はもっと過激なものをネットで死ぬほど見てるし。で、エロ雑誌化してしまっていたのを、袋とじを封印して、もっと記事で読ませるようにと。このままでは高齢化して雑誌も死んでいくと思って。――でも、それは大間違いで、「残存者利益」というか、読者の高齢化にあわせて、紙の雑誌も読者とともに歳をとっていくべきだったんだよな。

塩田:それはいつか必ずダメになるけど、それでも? 

加藤:それしか方法はなかったと思う。その後、週刊誌の高齢化路線は成功したでしょ。長い目で見たらなくなるけど、ポケベルみたいに、必要とする人がいたから思ったよりも長く残る商品、というか。でもそろそろ紙は「終活期」に入ってる。音楽も、パッケージが違ってきているでしょ? レコードからCD、今じゃ配信。

書籍は、電子化とかもあるけど、お金が取れるにことにかわりはない。現にいま、コミックスは読者が大挙して電子書籍に移行して、集英社、小学館、講談社は空前の利益をあげてるし。で、結局、僕は、編集長をクビになりました。

塩田:いったい、何をやらかしたんですか?

加藤:リニューアルの一環として、右トップ(中づり広告でいちばん右に持ってくる第一特集のこと)に硬派なスクープ記事を載せて、極左集団によるJR東日本の経営への介入問題や、大相撲の八百長疑惑記事などでとんでもない訴訟の山を築いて、賠償請求金額が20億円を超えてしまい、えらいこっちゃ状態に。当然、編集長更迭です。

塩田:独立されて、変わったことってありましたか?

加藤:今のほうが、いろんな出版社とつきあうから、前よりも、少しだけ、わかってきたような気がする。

塩田:何を、ですか?

加藤:なんていうか、本をつくる仕事というものが何なのか、みたいな。禅問答っぽいけど、結局35年間サラリーマンだったんだな、と。

塩田:……じつは私、会社員の編集者が「自分は編集者です!ドヤッ」みたいなのに、ちょっと違和感があるというか……。

加藤:出版業界には「編集じゃなきゃ、人じゃない」みたいな意識のヤツ、いるよな。自分もかつてはそうだったんだけど。雑誌から書籍に異動したときも、つらかったし。

塩田:書籍、今は年間何冊くらいつくっているんですか? 

加藤:あんまりつくってないですよ。2019年は『暴君』、新書2冊、『トヨトミの野望』の文庫化とその続編『トヨトミの逆襲』の、5冊。

暴君:新左翼・松崎明に支配されたJR秘史

作者:牧 久
出版社:小学館
発売日:2019-04-23
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トヨトミの野望 (小学館文庫)

作者:梶山 三郎
出版社:小学館
発売日:2019-10-04
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 加藤:でも、書籍は「年間何点以上出せ」じゃなくて、KPIを、売り上げとかにして年間最低「5000万円稼げ」とか部数目標を「トータルで10万部」みたいにしたほうがいい。

塩田:本当は、少ない出版点数で、それぞれがよく売れるほうが……。

加藤:そのほうが、全然いいですよね。点数を目標にするのは、ラットレースを加速するだけだから。

遠回りな正解

ミライの授業

作者:瀧本 哲史
出版社:講談社
発売日:2016-07-01
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 塩田:『ミライの授業』は、内容や言葉も選び抜かれたすごい本だと思うんですけど、企画から出版まで、どれくらい時間がかかりましたか?

加藤:これはかかったよー、まず、はじめに実際に中学校に行って授業からやったし。著者の瀧本さんと、これから日本を変えるには中学生くらいからやらないとダメだよって話になって、じゃあそういう本をつくろうよと。2014年1月からはじめて、2年半くらいですね。

塩田:授業をやって、それを瀧本さんが原稿にして、加藤さんがコメントをつけるようなやり方ですか?

加藤:いや、これもチームをつくりました。構成に『嫌われる勇気』の古賀史健さんに入ってもらって。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

作者:岸見 一郎
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2013-12-13
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塩田:その年代向けに「こういうことを伝えたい」とか、議論したんですか?

加藤:うん。中2って、いちばん微妙な時期というか、俗に「中二病」っていうでしょ。自我がいい意味でも悪い意味でも、万能感にひたるほど膨らむ一方で同じくらい不安も膨らむというか。まだ何者でもないけど何者にでもなれる、ES細胞みたいな時期。

だからこそ、「14歳の君たち」は将来のことを考えて勉強してほしい、学ぶモチベーションを瀧本さん、古賀さんと一緒に思いっ切り、本に込めました。

とくに瀧本さんは、男女格差をすごく問題にしていた。「女の子はかわいそうだ」と。小学校の同級生の女の子たちが、中学校に上がったころから輝きを失う。「女の子はこうでなきゃいけない」みたいなものがあって、才能をへこまされる。瀧本さんは、それを見ていて。

そしたら、ある学校で、瀧本さんの授業のあとで、「私、先生の授業をきいて、いっちょやってやる!って思いました」って、女の子が言いに来たわけ。それ、すごい反応だと思うんだ。

この本、偉人伝のかたちをとっているんですが、定番の徳川家康とかじゃなくて、「チェンジ・ザ・ワールド」に挑戦した人たちの列伝なんですよね。そのなかで、瀧本さんは意識的に女性を多く取り上げたんです。昨年お亡くなりになった緒方貞子さんや、ココ・シャネル、日本国憲法にたずさわったベアテ・シロタ・ゴードン、ハリーポッターの生みの親、J.K.ローリング……。

塩田:どうやったらこんな本をつくれるのかと、読みながらずっと驚いていました。

加藤:やっぱり、瀧本さんがすごいよね。「歴史上有名な人を取り上げるのがいいんじゃないか」となったとき、僕はまず徳川家康とか考えちゃうんだけど、彼は全然違う。

塩田:そこも「常識を疑った」んですね。それで、結果的に成功もしている。

加藤:そう。だってさあ、この本、いきなりフランシス・ベーコンだよ! 瀧本さん、読書量ハンパないし、とんでもない古典から少女マンガまで読んでる。じつは少女マンガって、レベル高いの多いじゃない? 心理描写や登場人物同士の愛憎関係を深く描いたり、ストーリー性も高くて。少年漫画は、友情・努力・勝利という、感動一直線だもの。

塩田:お目にかかったことはないですが、瀧本さんが亡くなられたときは驚きました。まだお若かったですよね?

加藤:47歳。

塩田:この本を遺してくださってありがとうございます、という気持ちですが、本を読んだ子たちの未来も見届けていただけたなら、と……ほんとうに惜しいです。

……『ミライの授業』をつくるとき、いちばん大事にしたものはなんですか?

加藤:彼はまさに、最初から最後まで「武器」がキーワード。日本はこれから大変になっていく、そのなかでどうやって子供たちが生きていくのか。「今日の課題はこれです」と言われてやる仕事は機械(AI)に奪われ、誰でもできるような仕事は買い叩かれていく。搾取される。

それではダメだ、「問題を解決する」のではなく、「問題を発見する」ことから始めないといけない、というのが彼の子供たちへのメッセージ。この本は、そうやって問題を見つけてきた人たちの物語。

僕はプロデューサーとしてライブ感が必要だと思ったから、実際に授業をやってみてもらった。ナマで子供たちの反応が見られるから、どういう言葉が響くかもわかるし、結果的にいきなり本を書いてもらうより、遠回りなようで正しかったと思います。

外圧よりも大事なもの

塩田:ところで加藤さんは、週刊誌時代に何度も裁判で訴えられていますよね。さきほど20億円の賠償金、というお話もありましたが……、どうやってメンタルを保っていたんですか?

加藤:鈍感なんだよ。でも、訴えられたときはさすがに賠償額もすごかったし、日本の司法がヘンだって言ったってしょうがないし、会社に損させた感もすごくあって。それでさっき話したように読者の高齢化が進む「週刊現代」を、働き盛りの30代~40代向けにしようとして、それも失敗して。

裁判って労力もかかるし、負けた額の大きさにショックを受けて、もう会社やめなきゃと思ってたら、『永遠の0』がベストセラーになりつつあった百田尚樹さんと出会って『海賊とよばれた男』をつくったら、420万部(単行本、文庫あわせて)の大ヒットになったからよかったものの、あのまんまじゃ、ほんとえらいことになってました。それでなんとか定年退職できたかなあと。『海賊とよばれた男』がなきゃ、すごく大変だったと思いますよ。気持ちが重くて。

 塩田:……週刊誌は訴訟リスクもありますけど、新聞には書けないことって多分あって、やっぱりメディアとして必要なんじゃないかと。実際、週刊誌のスクープで、政治家の汚職を暴いたりとか。

加藤:週刊誌は、スクープだけじゃなくていろんな記事があっていい。幕の内弁当みたいなものかな。健康記事があったり、性に関する記事があったり。

ただ、たとえば政治家に対していろいろ取材して記事にしてもヘタすると裁判をおこされる。たとえ書いた事実が正しくても、政治家は自らの正当性をアピールする、アリバイ作りみたいな裁判をしてくる。日本の場合、訴えられた側に立証責任がある。そんなリスクはあるし、ポリティカルコレクトだの、コンプライアンスだの、やたら厳しくなっているから現場は大変。

だけど、新聞やテレビとは違う、ゲリラ部隊のような組織で記事をつくることをいったんやめると、取材力というか、人脈もノウハウも失われてしまうし、二度と取り戻せない。

メディアは本来、相手が大スポンサーだろうとなんだろうと、書かなきゃいけないときもあるはずなんだけど、みんなネットに押されて経営が苦しくなっているせいか、「忖度」が横行してるような。一見不都合なことだとしても、その企業にとっても長期的に見たら、報道によって公に突きつけられたほうがいい問題ってあるんですよ。不祥事が表沙汰になった会社を見れば、組織の外からの声が、やっぱり必要だってわかります。

ただ、そういう「外圧」も大事なんだけど、ほんとうは組織の中の人たちが自覚をもって変えようとしない限り、組織は変わらない。郵政の問題なんて、トップがなんども記者会見ひらいて、オレのせいじゃないみたいな顔して頭下げてたけど、かんぽ生命の不正は組織ぐるみの「官製オレオレ詐欺」みたいなものでしょ、魚は頭から腐るといいますが、トップの人とそのトップに諫言できないモラルの崩壊が大きいんですよ。

塩田:出版も、よいものを提供していかないといけないと思いますけど……、ヘイト本もそうですが、そこのモラルも崩れてきているように感じます。

加藤:「恒産なくして恒心なし」というのかな、健全な儲けをつくらないと、会社や業界はブラック化していく。……いま、そんな出版界の状況だからさ、職人として優秀な編集者が、強くならなきゃダメじゃん。やっぱり、粗悪品はつくっちゃダメだよな。

お話を終えて

――と、大先輩に向かって、けっこう失礼なことを言っていたことに今さら気がつきました。が、業界きってのコワモテ編集者(?)は、なんと3時間近くも!何の利害関係もない私に向き合い、真摯にお話してくださいました。

自分とはメンタリティが別次元の加藤さんのお話から思ったのは、この先どこで生きていくにしても「もう少し、強くならなきゃいけないなあ」ということでした。

ここで言う「強さ」とは、自分や他者の弱さを否定するということではなく、「正しいと思うことを貫ける気持ちの強さ」と「実際にそれで結果を出す実力」と「常識を変えていく勇気を持つこと」です。たとえそれがゴマメの歯軋りにしかならなかったとしても、それを諦めないことは、少なくとも自分に納得するためには必要なのだと思います。

ーーところで、この日のお話から私はひとつだけ、加藤さんとの共通点を発見しました。それは、「袋とじ創始者」です! 加藤さんは「週刊現代」に、私は『昆虫の交尾は、味わい深い…。』という本の巻末に会社初の袋とじをつけたのです。

コストもあまりかからないことがわかり「今後は袋とじの本が出しやすくなる!」と期待したのですが、残念ながら誰も私の後には続いてくれず、「乱丁みたいな袋とじ本」が出るほど後継された加藤さんとの力量の差を改めて感じています。はあー……(やっぱり弱いな、私)。

長文を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。己のヘタレっぷりをさらすのは情けないような気もするのですが、同じように悩んでいる方に少しでもご参考になったなら嬉しいです。

加藤さん、どうもありがとうございました! 

ほぼ命がけサメ図鑑

作者:沼口 麻子
出版社:講談社
発売日:2018-05-10
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著者のシャーク・ジャーナリスト、沼口さんとお話させていただいた記事。 じつはこちらの話題作も、偶然、加藤さんがご担当されたものでした。

冬の薔薇 立ち向かうこと 恐れずに

作者:小林 凜
出版社:ブックマン社
発売日:2014-09-19
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加藤さんにはじめてお目にかかったのは、こちらの「小林凛くんと国立科学博物館へ行く」の、国立科学博物館物館の見学会でした。

昆虫の交尾は、味わい深い…。 (岩波科学ライブラリー)

作者:上村 佳孝
出版社:岩波書店
発売日:2017-08-11
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巻末に袋とじがあります。一見開きだけなので、切らなくても上下から覗けます!

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!

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